第15話 勇者の背後に潜めるは

 俺と賢者は、このループの知識を持っている、それは確実だった。

 そして賢者の今の発言から、彼女もループ中の記憶を持っていることが断言出来る。

 けれども、一つ引っかかるのは、この言葉の意味。

 今までは彼女の発言なんて、意味が分からないと深く考えはしなかった。

 目先の発想だけに囚われていた、自分の頭の固さには参ってしまう。そのせいで、一人落ち込み、一人苦しみ、一人死んでいった。


 そうじゃない。


 勇者のおかげで気づいた。

 俺は、心の何処かで死なないことを諦めていた、ということを。


 どんなにもがいても、更に深い謎にハマっていくだけだと、挑戦を放棄していた。


 行動は大事だ。思考も大事だ。


 でもそれ以上に、止まらないことが大切なんだ。


 もし俺が、勇者に怒鳴られなかったらどうなっていただろう。

 また性懲りもなく、偏屈な案を立て、少女の溜め息を聞きながらやり直しになっていると思う。作戦が独りよがりになり、下らない嘘をつき、又もや失敗し、そうやって少しずつ絶望に落ちていくと思う。何故、そんなことを言えるのか。

 答えは簡単だ。


 俺一人で、この世界から抜け出すことは不可能だから。


 そんなこと、ずっと前から知っていたけれども、今初めて理解した。

 これは別に、彼らが強いから、とか、俺に能力がないから、とかではない。


 むしろ俺には死に戻って得た知識がある。

 だがそれだけでは、永遠にループを繰り返しても、真に結びつくことはない。


 大切になるのは、他人の知識を知ることだ。他人の行動を知ることだ。

 俺の知らないことを、誰かから、率先して引きづり出すことだ。

 一分一秒も無駄にはできない。

 彼らの頭の中を、一片残らず理解するほどに、彼らについて理解しなければならない。


 俺がするべきことは、この世界の謎を解き明かすことではない。

 彼らが知っている真実を、彼らの口から探り出し、紡ぎ合わせるということだ。


 そう、だから俺は、常に彼らに気を向ける。





 俺がここにいる意味を知るために。










「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!」




 喉が潰れ、声帯に血が溜まり、それを無理に動かすことで出る破裂音。

 膨れ上がる血管がドクンと波打つのが目視出来る。

 そこに本来あるはずの、誇り高き意志はなく、凶悪な破壊衝動が宿っている。




「ッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」




 勇者が響音を出しながら、本能のままに剣を切り返す。

 それに対して賢者は、魔法壁を作成しながら、少し暗い顔をした。


「……やっぱり、影響が残ってしまってるのね」


 俺は今まで勇者の暴走の原因を、賢者のせいかと考えていた。

 というか、大体の異常は全て彼女のせいかと思っていた。


 けれどもそれは単なる思い込みのようだ。

 今の発言はハッキリと聞き取れた。嘘をついた様子もない。

 ならば、どういうことか。


 分かるはずない。


 俺は賢者に向かって叫んだ。


「賢者ッ!!勇者は………コイツは…一体どうなっているんだ!?」



 俺の声が、あの戦闘の中に届いたのかは分からない。


 けれども叫ぶしかなかった。


 恐らくその理由を知っているのは、賢者だけだからだ。


 勇者が初めて暴走したとき、金髪ちゃんは彼を射殺した。

 もし暴走の原因を知っているなら、助けようとしたはずだ。

 けれども少女は瞬時に矢を放ち、その後に俺を非難し始めた。

 だったら暴走をする原因は何なのか。


 それを教えられるのは、賢者のみ。


 俺は彼女に尋ねるしか、道はなかった。


 叫んだ後、俺は少し待つが、少女の返答は聞こえてこない。




 けれども代わりに大きな衝撃が起きた。




「ッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」


「……」



 それは勇者が絶叫しながら剣を大きく振り、少女が杖を構えたと同時だった。

 二つの武器が、それぞれ輝きを増し、俺の視界を光で埋め尽くす。



「ウッ!!」


 思わず顔をしかめ、声を漏らす。


 次の瞬間、部屋を壊すほどの爆音が、俺を包み込んだ。


 身体は吹き飛ばされ、瓦礫と共に壁にぶつかる。

 何とか受け身を取ったが、音は反響し、中々消えずにいた。



 光が収まり、部屋は静まり、俺は閉じていた目を恐る恐る開ける。


 そうして、俺はその光景に目を疑った。



 杖をブラリと下げた少女。

 その足元に、勇者がひび割れた地面に埋まっている。

 聖剣と鎧が形を保っているものの、胴体は潰れかけ、全身に纏っていた光は消え失せていた。

 彼の身体は数秒の痙攣の後に、ピクリとも動かなくなった。



 そうして、部屋には沈黙が戻ってくる。


 倒れる三人の戦士たち。


 汗一つ垂らさない、敵の少女。


 動けるのは俺一人。


 そして動かなければ、その瞬間、横で死が微笑む。



 汗が、俺の背骨に沿って流れていった。




「………さっきの答えはね」




 不意に、少女が呟いた。


「勇者にはね」


 俺は乾ききった喉を鳴らす。




「……勇者には……いえ、勇者の身体には魔王(・・)が取り憑いたのよ」



 彼女の言葉。


 それは、予想外でもあり、全ての核心に迫るような言葉。


 この先、絶対に意味を知らなければならない言葉。




 俺に、理解できるのか。






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