第16話 勇者の絶命に苛まれ
俺は死ぬことがあるのだろうか。
確かに、俺は何度も殺されているし、これからも殺されると思う。
けれども、本当に「死」を受け入れたことはない。
例えば日本には、死ぬと天国か地獄へ送られるという言い伝えがある。
お釈迦様は輪廻転生、つまりまた別の人生を歩むのだと言った。
魂が自然と一体化すると教わった人や、死ねば何も残らないと信じる人もいる。
俺の場合はどれが当てはまるのか。
解る訳ない。
だってまだ、完全に死にきれたことがないからだ。
ゾンビのように、何度も蘇り、同じ時間を繰り返している。もしかしたら永遠に、このループが続くのかもしれない。ならばいっそのこと、怨霊にでもなった方が救われるのではと思ったが、止めておこう。
そもそも魂というものがあるのかどうかすら疑わしい。
最近ではプラズマの見間違いとして扱われることの多い、人の命が篭った入れ物だが、俺はそんなものを信じなかった。ずっと、俺の意識は心臓か脳味噌あたりにあるのだと思っていた。
その少女の言葉を聞くまでは。
「……今、なんて言った?」
最初は、彼女の発言を聞き間違えたのだと思った。
だからもう一度、問いただす。何故、勇者が暴れたのかを。
「……だから、勇者に魔王が取り憑いたせいで、彼は凶暴化したのよ」
今度こそ疑いようもなく、少女の言った言葉を認識できた。
けれども………
どういう意味だ!?
「全然理解できないんだが!?どうして、勇者に魔王が……取り付くんだ!?」
魔王って、俺のことじゃないのか!?
取り付くってなんだ!?
……もしかして、取り「付」くじゃなくて、取り「憑」く?憑依?
俺が、勇者に……憑依する………いやいや、理解できない!!
俺が必死に頭を働かせている中、少女は部屋を見渡しながら、俺に話してきた。
「……特別に教えてあげるわ。勇者の暴走について。……まぁ、貴方が知ったところでどうにもならないのだけれど」
クルクルと回っていた少女の目が、こちらをギロリと捉えた。
俺は睨らまれてはいないのだが、その瞳を見るとゾッとしてしまい、視線を逸らしたくなる。
けれども、今は絶対に逃げてはいけない場面と、思い止まった。
「……かつて、私たちは魔王に戦いを挑んだの。そして彼を後一歩まで追い詰めた」
「おい、魔王ってどういうことだ?俺が魔王なんじゃないのか?」
彼女は俺の質問に答えず、説明を続ける。
「……私たちの使命は、魔王を討ち、首を持って帰ることだった。……勇者は彼に聖剣を突きつけ、その首を切り落とすところまでいった」
頭の中に色々と疑問が出るが、彼女は質問に答える気はないだろうと、俺は黙って聞いていた。
「……けれども、魔王は命乞いをし、勇者はそれを聞きいいれようとしたそして……」
彼女は、勇者の方を物憂げに振り返った。
「……その隙をつかれ、彼は殺された」
彼女の声は、少しだけ震えていた。
俺は……その話を受け入れざるを得ない。
賢者は再びこちらを向いた。
「しかも、殺されただけじゃない……魔王はボロボロになった自分の身体から勇者の身体に……乗り移ったの」
「……乗り、移る……」
「……貴方、肉体と魂の関係は知っているかしら?」
「……」
もちろん、知らない。
「人の身体は、自己という存在を示すエネルギー体である魂と、その魂をこの世界に固定化している肉体で構成されているのよ。……そして、肉体と魂の束縛関係を魔力により、座標をズラすことで……」
少女は長い説明をしようとしたらしいが、一旦口を止めた。
おそらく俺に理解できるよう、表現を言い直そうとしたのだろう。
数秒後、また話し出す。
「……つまり、魔王は魔法により他者に成り代わることができるの。そして勇者は、罠にかかって身体を奪われたのよ。けれども、何とか助け出せたの…」
衝撃。
何がかというと、魔王のことである。
どうやら俺が、何故魔王と呼ばれたのか、その原因が見え出してきた。
「残念ながら、彼の身体には救出できたのだけれども、深刻な問題が起きた。それが……あの暴走よ」
そうして、彼女は一息をついた。
「……彼の身体には、今も魔王の力が一部残っているの。そうして心が弱った時、彼の理性は魔王の意志に乗っ取られ、例の凶暴化を引き起こす。例えば……」
少女は、ユックリとコチラに向かってくる。
「…自分の剣で仲間を殺した時」
あの時の悲劇が蘇る。
それは、勇者が茫然とした後に、彼は化物に代わり叫び始めていた。
もし、彼女の説明が正しいのなら、タイミングは合っているだろう。
幾つか不明瞭な点もあるが、信じるしかない。
そう考えると、今回の暴走は何だったのだろう……、と思おうとしたとき、俺には分かった。
あの決闘のせいだ。
無尽蔵の賢者の攻撃と防御に対し、仲間を倒されながらも、延々と戦い続けるしかない。
その時、勇者の気持ちをハッキリと表現することはできない。
けれども、心の何処かで思ってしまったのだろう。
コイツに勝てるのか、と。
その少しの不安から、凶暴化が起こってしまったのだ。
そう、考えるしかない。
「……全てを理解する必要はないのよ。ただ……貴方は罪を償わないといけないの」
彼女の目は、俺をハッキリと捕まえていた。
「……勇者のために、何度でもね……
さて……質問はあるかしら?」
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