第14話 賢者は静かに呟いた

 



 悲劇。


 ありきたりな悲劇。





 これは何度も繰り返された、よくある悲劇だ。




 仲間が次々と倒れていく。


 希望の光が消えていく。



 やっと信頼できる味方に出会えたかと思うと、死にかけている。




 そんな絶望の中、俺は何もできなかった。


 いや、何かをしようと足掻いてはいた。



 けれども俺の努力が報われることはなく、また死が近づいてくる。





 それでも、俺は信じるしかなかった。








「…………ハァッ、ハァッ……、グハッ!!」



 勇者が消えてしまいそうな呼吸をし、口から血を吐く。

 片方の腕は肘から先がなく、代わりみ真っ黒な血が流れ出してる。

 それでも出血量が少なく見えるのは、魔法のせいだろう。

 彼の身につけている鎧が光を帯び、傷が塞がっていく。同時に、彼の上がっていた息も落ち着いてきた。


 勇者は睨みを効かせながら後ろへ飛び退く。

 そして、そこに落ちている、吹き飛んだ腕へ、切られた肩を差し出す。

 すると、身体を纏っていた光が、肩と腕を繋ぎ、見る間にくっついてしまった。


「フーーーッ……」


 勇者は大きく息を吐く。

 身体は完治し、呼吸も整った。剣と鎧は輝き、溢れんばかりの強さを感じさせる。

 それでも、勇者は相手を威嚇し、警戒をとかなかった。。

 相手とは、もちろん賢者と呼ばれる少女であるが、



 彼女は勇者以上に異常だった。



 一切動いていない。



 俺が最初に見た位置から、一歩も足を動かしていないのだ。

 そうして、いつもの無表情を浮かべている。そこには、勇者との圧倒的な差しか見て取れない。



「賢者………」



 勇者が口を動かす。



「一つ質問しよう…………お前は賢者なのか?」


「……どういう意味かしら?」


「お前は、呪いをかけられていたり、憑依をされているのか?誰かに、操られているのか?」



「いいえ、私は私。貴方たちが賢者と呼ぶその人よ」


「……そうか。だったら………」



 勇者の手に力が篭る。




「貴様は敵だ」






 一閃




 光を纏った勇者の打突。

 それは。正に流星のような一撃だった。

 目に見えたのは残像。それは光の線としか言えなかった。

 速すぎる。


 けれども、その奥義が、少女に届くことはなかった。

 その一歩手前で、何かにぶつかり、勢いが止まる。


 バキンッ



 少女の目の前で、大きな音がした。そして空間に地面と垂直にヒビが入る。

 その裂け目は四方に広がり、砕ける音と共に、巨大な壊れた魔法陣が現れた。

 突然に現れた、その平面的な模様は、光の粒となって消えていく。



「……この魔法壁を壊すなんて、なかなかね」



 もう一閃。

 今度は何が起こったのかすぐにが分かった。

 勇者の斬撃が、少女の胸を切り裂こうとする。

 だが、それも、空間に響く炸裂音と共に、未遂に終わる。


「……殺す」


「やってみなさい」



 そこからは、剣と魔法にぶつかり合い。

 勇者が繰り出す音速を超える技に、賢者の魔法が宙を舞う。

 虹色の光が見えたかと思えば、火柱が上がり、勇者が消えたかと思えば、次の瞬間には三人に分身して見える。血飛沫が舞ったかと思えば、床が深くひび割れた。


 俺には、何も出来ない。入る余地もない。



 俺は、その死闘から目を離し、倒れている二人を見た。


 戦士と弓使いである。


 彼らは。その戦いから少し離れた所に倒れている。

 二人とも、勇者同様出血は少ないようだ。


 俺は、彼らの方に向かっていく。

 二人の意識を取り戻そうと試みる。

 それで、あの戦いの有利のなるかは分からないが、俺に出来ることはそれしかない。


 先ほど麻痺が取れたばかりでフラフラとする足を動かし、先に戦士に声を掛けた。



「おいッ!!起きろ、目を覚ませ!!」



 だが、返ってきたのは無反応。少女にも声をかけるが同じ解答だ。

 ああもう!!どうしたらいい!!


 このまま、勇者と賢者が互角の戦いを繰り広げるならいい。

 だが、俺の考えでは、最後には賢者が勝つ。しかも、かなり前のループのように、勇者が暴走する可能性もある。


 俺は、どうすればいいんだ?


 そんな不安が浮かんだときだった。















「グアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッ!!!!!」







 勇者が、暴走を告げる絶叫を放った。

 ただし、前回のような、ボウっとした姿からではない。

 剣を振るいながら、目が血走り、口が大きく裂けていく。

 そして、より激しい、狂った獣のような連撃を打ち出す。喉を削るような咆哮を上げ、鼓膜が壊れんばかりの音を叫ぶ。顔は自分の血で血だらけになり、先程の正義の味方を表したかのような勇者とは一転、怪物と呼ぶに相応しい形相となった。






 おいおい、マジかよ……


 正気の勇者でさえ、、トドメを刺すに至らなかった賢者。

 それを、あのイカれた状態で倒せるのか?

 いや、できたとしても、その後、俺を殺しにくるんじゃないか?

 ここに来て、勇者と協力できると思ったのに、俺の死亡率は膨れ上がっていく。





 俺に、出来ることはないのか?



 ふと、勇者に向かっていった言葉を思い出す。



 俺は、最後まで抗いたい。



 そうだ、その言葉は俺にとって真実だ。



 何か一つでも、行動を起こしてやる。




 そう思ったときだった。



 少女の呟きが聞こえた。







「……ハァ、また思い出したのね」





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