第13話 勇者の勘が冴え渡る

「ハァ、しょうがないわね」




 その声は、虹色の髪をした少女のものだった。


 彼女の言葉そして意味。


 俺はそれが何を暗示するのか、知っている。


 今、俺の身体は麻痺している。

 そのおかげで、変に焦り出すこともなかった。

 だが視覚も封じられているため、耳からの情報に頼るしかない。


「……賢者、何かあったの?」


 金髪少女の声。最後が疑問形である。

 どうやら賢者の吐いた台詞を理解していないらしい。

 当然の質問だ。


 ただ、俺はそこに危険が迫っていることを知っている。

 今すぐにでも彼女に、いや勇者たち全員に向かって注意を呼び掛けたい。


 それも俺の状態では不可能である。

 俺は必死に、全身の筋肉を僅かでも動かそうと試みた。


 そんな中で、射手の疑問に対し、賢者と呼ばれた少女は何も言わない。


 代わりに、ドガンッと破壊音が聞こえた。


「何!?」



 近くから勇者の驚く声。


「賢者ッ!!お前、何をしている!!」



「……見てのお通りよ、射手を倒そうとしてるの」



「……ア、アンタ!!急に何するのよッ!!」



 遠くから金髪ちゃんの声。どうやら生きているようだ。

 そしてすぐに、カキンッという金属音が聞こえた。


「……戦士、邪魔しないでくれないかしら?」


「……お前が大人しくしてくれるならな」


 数秒後、鋭い音が幾重にも重なって響く。

 槍を素早く振る音が俺まで届き、同時に戦士に掛け声も聞こえた。


「フンッ!!」


「危ないわね」


「安心していろ、殺しはしない……お前の錯乱を止めるだけだ、ハァッ!!」


「それでも、痛いのは嫌だわ」


 音は槍のものだけではない。

 数秒に一度、壁や床が弾け飛ぶ音が四方から聞こえる。

 これでも、戦士の言い方だと手加減しているのだそうだが、俺にはそう見えない。


「大人しくしていなさい」


「それは僕の台詞だッ!!」


 バチンッ!l


 二つの強い力が違いに反発したような音。その衝撃は、二人の壮絶なバトルを感じさせる。

 そして互いに距離を取ったらしく、ザッと後ずさりをした擦り音がする。

 おそらく、戦士は賢者に妙な呪いか何かが掛かったと思っているのだろう。

 取り敢えずは気絶させようと奮闘しているらしい。

 残念ながら今の姿が本物の彼女なのだが、言った所で信じてもらえるだろうか。


 俺は改めて彼らを見つめ直す。

 どうやら互いに間合いを計っているらしい。

 二人とも数秒間どちらも動かず、相手の動きを見ている。


「これなら、どう?」


 急に金髪ちゃんの声がして、何かが空気を切る音がした。

 彼女は射手だ。

 ならば矢を飛ばしたに違いない。

 その一射は、少女の近くで何かを貫いた。


 ガシャンッ


 ステンドグラスの割れるような音。

 少女が続けて矢を放ち、同じような音が二、三度響く。


「……かなり強力な防御壁だと思ったんだけれど」


「残念ね、貴女の魔法はもう見慣れているのよっ!!」


「ああ、少しばかり荒っぽいが仕方ない。……正気に戻ってもらうぞ!!」


 戦士と射手が声を上げ、賢者と対峙した。


 そして勇者の方も、仕事が終わったらしい。


 彼は俺から魔力を失くすために刺した聖剣を、ズルッと引き抜いた。

 相変わらず俺に痛みはなく、出血も少ない。

 同時に、かなりユックリだが、麻痺していた身体が、元に戻ってくる。

 それは同時に、魔力の抜けた新しい感覚を感じさせた。


 勇者は、そして俺に尋ねる。


「魔王……貴様、こうなることも知っていたのか?」



 俺は肯定したい。目の前にいるであろう、勇者に向かって。

 だが、身体はついてこない。それでも聖剣を抜いたからか、口だけは、少しだけ動かせた。


「……ぁぁ…」


「なるほど……やはりお前には色々と訊きたいことがある!!」


 カチャリと剣を鞘から抜く音。


「けれども!!まずは、賢者の暴走を止めることからにしよう!!」


 勇者は恐らく笑顔で、俺に向かって言った。


「大丈夫!!俺たち三人なら、賢者を抑制することなど容易い!!」



「 俺たちを信じてろッ!!」


 そして、勇者の足音は、激しい戦闘の中へ飛び込んでいった。

 打ち合いの衝撃の中に、聖剣の斬撃音が混ざっていくのが分かった。


 彼の最後の言葉。


 とても温かく、力強かった。


 初めて会ったはずの俺にさえ、希望を与えるほどに。


 彼を信じよう。


 俺は、自分の身体の回復に努めた。







 ……数十分が経った頃だろうか。


 戦いの音は徐々に沈静化し、今は聞こえない。

 俺の身体の麻痺も、足を除いて取れてきていた。

 ようやく開ききった目は、苦心の末にこの部屋を写した。


 俺は顔の向きを扉の方へ向ける。


 その瞳で最初に見たのは、



 ……ボロボロになった勇者たちだった。




 勇者以外は床に倒れ、瀕死の状態。

 呼吸は乱れ、血が辺りに飛び散っている。


 肝心の勇者といえば、手足から血を流しながらも、剣を構えていた。

 肩で息をし、髪の毛は乱れ、無残な姿で立っていた。

 それ以上に酷いことに、彼に付いていたはずの左腕が遠くに転がっていることである。



 対して賢者は、全く変わっていない。


 汚れも、立ち位置も、顔の向きも、手に持つ杖の角度も、最後に見たときから変わってない。

 そしてあの、溜め息をついた表情で勇者を見ている。


 ここで、俺の視線に気づいたのだろう。


 俺を見て、呟いた。




「準備しなさい……もうすぐ、やり直しよ」



 何故だろうか?



 こんな状況であってもまだ、


 俺は、まだ希望を信じていたい。


 そう思えていたのだ。




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