第10話 勇者の憤怒は誰がため

 


「魔王、お前を倒す!!」



「分かってるから、チョッと待っててくれないか」



「何だとっ!?貴様、その言い方は………!!」






 俺は、冷静に考えなければいけない。




 この部屋に隠された謎を解かなければならない。

 賢者の知っている真実に辿り着かなければならない。


 俺は、この状況がどれだけ狂っているかを分かっていた。

 分かりきったフリをしていた。


 俺の想像している異常に、この場所は、複雑怪奇に狂っている。

 何度死んでも理解できないくらいに。


 そんな中、たった一つだけ推測し、確信したことがある。


 それは、賢者が俺を、何度も殺そうとしていること。


 それに何の意味があるのか分からない。

 けれども彼女が決まって俺を殺す。そして、同じ時間をループさせている。


 一度目は、俺が勇者たちに降伏し、「魔封じの手枷」とやら付けたとき。

 二度目は、捕虜となって、この部屋から出ようとしたとき。


 どちらの死ぬ瞬間も、勇者たちに俺が殺さないと決まったときのことだった。




 そう、発見とはつまり、


 俺がどう足掻こうとも、死は避けられない、ということだ。



 納得はしない。

 俺はそんな運命を受け入れることはできない。

 この先に、絶望しかないなんて、信じない。


 けれども、今の俺にはソレが事実。

 この逆境を覆せるような知恵も、大逆転の一手も浮かばない。

 唯一、段々と死に慣れてきているせいからか、死に対して少しばかり余裕を持てるようになった。




 どれくらいかと言うと、勇者たちにを前に、大の字で寝れるほどには。




 そして今、


 俺はその通りに寝っ転がっていた。






「……貴様ッ!!舐めているのかッ!!!」


 勇者の怒鳴る声がする。

 けれども、俺の視線は天井に向いたまま、動かない。


 先ほども言ったように、俺に必要なことは、冷静に考えることだ。

 前回のループで、俺は感情のままに動き、無駄死にをした。

 そのお陰で頭は冷え、賢者に皮肉も言えたのだが、それは置いておこう。

 ともかく、俺は作戦を練る必要がある。そして、そのための時間も必要である。

 殺意を向けた勇者を説得するのも良いが、そうすると俺の意識は説明の方に言ってしまうし、最悪切り捨てられることとなる。

 だったら最初から降参し、1秒でも思考に費やした方が良いだろう。


 どうせ、簡単にはこの死に戻りから出られないのだ。


 ならば一回一回テキトウな行動を取るより、完璧な作戦を一つ成功させた方がいいに決まっている。むしろ、無駄に動いてこちらの思惑を、賢者に晒す方がマズイだろう。

 もちろん下手な鉄砲も数打ちゃ当たる何て言う言葉もある。

 けれども、打っている間に剣で何十回斬られるのかを考えると、やめた方が身のためだろう。

 どうやっても痛みだけは避けられないが。



 ……先程から無視していたが、勇者が俺に向けて怒鳴っている。

 正々堂々戦え……とか、王としての自覚が……みたいな言葉が聞こえるが、聞き流すのが一番だろう。


 というか、このまま暫く怒鳴っててくれると嬉しい。考える時間が増える。


 今までのループでもそうだが、勇者は出花を挫かれると説教をしてくる。

 逆に何もしないと、一撃必殺の打突で死ぬはめになる。


 つまり、先手を取りさえすれば、俺の即死は免れるのだ。

 今の寝っ転がった姿勢を取っているのも、それを狙ってのことだ。効果は抜群であったようである。


 おっと、思考が脱線した。作戦を練らなければ。



 と、手を口元に当てようとした瞬間。





 今までにはなかったことが起こった。












「貴様!!俺の目を見ろっ!!!!!」





 勇者が、俺の胸ぐらを掴んできたのだ。


「ちょっと、勇者!?」


 金髪ちゃんの驚く声が聞こえる。メガネくんが息を呑む音もした。

 が、俺はそれ以上に呆気に取られていた。

 勇者は剣を収め、両手で俺の服を握る。

 そして、俺の上半身を引っ張りながら、顔を近づけてきた。


「貴様は罪を償う義務がある!!それを寝転がって受けようとはおこがましい!!全ての悪逆を自覚し、覚悟し、正義に怯えて倒されろ!!」



 酷い理屈だ。けれども、彼の目は真剣だった。

 彼は、俺のことをより強く掴む。

 落ち着け、俺。ココで感情的になれば、前回の二の舞になるぞ。


「敵と対峙しているというのに!!貴様の態度は、人に慣れきった畜生のするモノだ!!誇りがないのか!!」


 駄目だ。今のままでは、冷静に作戦がたてられない。

 この距離では視線を外すこともできず、勇者に睨みから逃れられない。

 落ち着け。彼の言葉に耳を貸すな。




「貴様には、意志がない!!闘志の一欠片も感じれれない!!」



 冷静になるんだ。



「覚悟もない!!最後まで抗おうとする本能すら、お前の中には存在しない」



 冷静に……




「貴様は、倒す価値もない程に、落ちぶれている!!虫ケラ以下だ!!」




 ……俺は



「運命に!!目の前の壁に立ち向かおうとする気合はないのか!!」



「魔王!!貴様は、圧倒的に覚悟がない!!」




「ただ、死にたいのかっ!!!」










「……うっせーよ」




 それは、思わず口から漏れた言葉だった。





「……誰が、死にたいって?……諦めてるって?………ふざけんなよッ!!!!、」



 気付けば、口が動いていた。



「何も知らないくせにっ!!俺が、どんな思いでココみいるのかも知らねえくせにっ!!!」



「俺だって必死に足掻いてんだよっ!!生きていたいんだよっ!!こんな所で殺されたくないんだよっ!!」



「俺なりに立ち向かった!!俺なりに戦った!!けれど……、見えたのは絶望だけだったッ!!」



「何が魔王だっ!!勇者だっ!!そんなの俺は関係ないんだ!!なのに勝手に巻き込まれて、一人で馬鹿な目に遭っている!!」


「何で俺なんだ!!何で終わらないんだ!!ふざけんなよ!!!一体どうしてだよっ!!!」



「俺だって諦めたくないっ!!最期の最後まで抵抗したいっ!!けれど俺は………、もう……っ!!俺は……っ」


 気付くと、目から涙が流れていた。

 俺は……








「………助けてくれ………」




 最後に小さく、弱音を吐いた。







 勇者は、そんな俺を黙って見ていた。


 そして



「………お前の覚悟………しかと焼き付けた」





 彼は俺からソッと手を放す。



 そして、左腰から、スラリと剣を抜く。



 そして胸の前で剣を構える。



「……聖剣よ、願わくば我が魂に寄り添い、我が望みを聞き受けよ……」


 落ち着いた声で、その言葉を唱える。


 剣は、彼の口が閉じると同時に輝き出す。



 神秘的な黄色の光が剣を包み込み、刃の型が変化していく。


 少しばかり細長くなり、先の尖った形状となって止まった。


 そして勇者は、その光剣を俺に向かって構える。





 俺は、既に覚悟を決めていた。


 その瞬間を待ち、目だけは逸らさないよう、勇者を見据える。





「……行くぞ」




 1秒後、俺の頭に剣の打突が決まった。



 額から血が流れ出る。


 俺は後ろに、そのまま倒れていった。




 そして……

















 俺は死ななかった。











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