第9話 戦士は仲間を庇うだけ
「魔王、お前を倒す!!」
「………クソッタレが」
俺は、腸(はらわた)が煮えくり返っていた。
こんなに不愉快な気持ちになったのは、生まれて初めてだ。
拳に力がこもり、眉間に血筋が走る。
「おい、貴様!!聞いているのか!!」
聞き飽きた勇者の声。
「黙ってろ」
「何!?」
「………おい、賢者ぁ」
俺は彼女を睨みつける。視線だけで殺すように、怒りを彼女にぶつける。
向こうも俺を見つめてくる。
「…………何でなんだ?」
彼女は何も言わない。いつもの様に無表情のまま、俺を見ている。
「………答えろよ、何でなんだ?」
「おいっ!!貴様、何を言ってるんだ!?」
「何でなんだよ…………何で俺をっ!!どうしてっ!!こんな目に合わすんだよっ!!」
溢れ出す感情を全てぶち撒け、俺は吠えた。
どうして俺は、
魔王なんて言われて、見知らぬ部屋にいて、、魔力がどうとか言われて、変な格好してて、恨まれて、斬られて、射たれて、殺されて、死に戻りをして、痛くて、怖くて、嫌で、逃げたくて、終わりたくて、頑張って、また殺されて、終われなくて、また殺されて、死に戻りをして、また殺されて、また戻って、殺されて、ループから抜けられなくて、絶望して、葛藤して、殺されて、死んで、殺されて、死んで、殺されて、死んで、殺されて、死んで、殺されて、死んで、殺されて、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで!!!そしてっ!!
そんな俺を見て、彼女はようやく口を開いた。
「……残念だけれど。それだと、またやり直しになるわよ?」
「……何?」
「何の捻りもなく私に質問したところで、答えるわけないでしょ……もう少し考えなさい」
俺の中で何かが切れた。
気付けば、少女目掛けて走っていた。
殺意の篭った身体は、本能のままに動き、強い衝動に支配されている。
理性なんて脆(もろ)い意思は、とっくに吹き飛んでいた。
体感にして3秒。少女まであと2メートル。
右腕を伸ばして、俺の身体は、少女を押し倒そうとする。
もう、手が届く。
ザクリ
俺の右足はガクンと音を立てて崩れ落ちた。
目の前の少女から視線は動き、足元へと移動する。
捉えたのは膝の裏の関節、
そこにはいつの間にか、赤い傷跡ができていた。
何かで、深く抉られたような。
バランスを崩した下半身は、左足で体重を支えようとする。
だが俺の横に、メガネを輝かせた戦士が、槍を構えていた。
その矛先は、既に赤く濡れている。
そうして、俺の脳に正気が戻ってくる。
だが、遅すぎた。
ザクリ
二発目の槍。
肉を抉(えぐ)る音。
次の瞬間、今度はハッキリと感じる。
それは、斬られたことで生まれた、燃える様な痛み。
「グウッ!?」
皮膚と筋肉が無理矢理裂かれ、血液が暴れて溢れ出し、神経が狂い出しす。
そんな状況で足腰をコントロール出来るはずもなく、重心が大きく右に振れた。
自分の肉体が制御しきれないという奇妙な感覚に襲われながらが、何とか歯を食いしばって耐えようとする。
そして、少女から1メートル手前で、俺は倒れこんだ。
「ガアッ!!」
痛みを、怒りと叫びで抑えながら脚に力を入れる。
けれども、太ももまでしか足が動かない。
関節の腱を切られたせいか。
医学的な知識はないが、そう思った。
昔どこかで見た知識がフラッシュバックする。
手足の曲がる部分に存在する部位。そこを斬られると、足における力の入り加減ができなくなり立てなくなる。
だが、それに構っているほど余裕はない。
両足に激痛を覚えながらも、俺は身体を引きずり、前進する。
膝が血で滑り、顎が擦れた。
大丈夫、「痛い」ってことは、まだ死んでいないってことなんだから。
最後まで。俺は抗ってみせる。
この感情を、アイツにぶつけてやる。
そうして、あと、数歩で、アイツに手が届く。その瞬間が遂にやってきた。
ドスッ
鈍い音。
……何だ?
少し思考が止まったが、すぐに切り替わり、前へ進もうと身体をよじった。
けれども、身体が、動かない。
……何故だ?
そう思っていると、右手が急に痺れ、身体は何故か大きく仰け反る。
自分の意志とは関係なく、足はガクガクと震え、目がギョロギョロと動く。
そうして、ようやく、俺は異常の原因が分かる。
腹に感じる棒状のもの。
それが、俺を地面に固定しながら、脊椎を貫いたのだった。
戦士の槍が俺を貫いた。
とても簡単な話だった。
そして、俺はもう、動けない。
そう思うと、身体から熱が抜け出ていった。痛みを感じなくなっていた。
強張っていた筋肉も、張っていた眉間のシワも、全ての力が抜けていった。
あぁ、これで何回目だっけ。
俺が殺されるのは。
ハハハ、さっきは賢者に殺された戦士が、賢者の為に俺を殺すなんて。
笑い話にもならないな。
その賢者は、かなり危険な人ですよ、と教えてあげたい。
でも、もう遅すぎる。
俺が、このまま死んでいくからだ。
助けも救いもなく、心臓が止まっていくからだ。
そして、また繰り返されるのだろうか。
血が足りないからか、考えることすら億劫になる。
胸から下の感覚はなく、上半身も、冷えた床を感じることで精一杯。
それでも。何とか、俺は顔を上げる。
僅か一歩先、そこに俺を見下ろす少女がいた。
その光景を最後に、視界が閉じていく。
そして、またあの無の世界に取り込まれていくのだろうか。
……だったら、せめて
「……なあ、賢者…」
俺は声を振り絞る。
「……何?」
「お前、近くで見ると、すげえ可愛いな」
精一杯の皮肉を言ってやる。
それもただ、見えたままの感想を言っただけなのだけれど。
見えないけれど、焦っている様子が感じ取れる。
フフ、してやったりだ。
少女がボソボソと何かを呟き、他の三人も何か言っているようだ。
けれども、少女が口を閉じた瞬間、俺の精神は一気に身体から遠ざかる。
聴覚消えていき、触覚が鈍っていき、嗅覚が血の匂いで満たされる。
そうして、自分が闇に落ちるのを感じながら、俺は息を止めた。
ハア、シニタクナイナア
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