第4話 勇者は怒りで騙される
「魔王、お前を倒す!!」
今の声は誰だ?
……どこかで聞いたことあるような。
「貴様によって……………………、今ここで………………ッ!」
誰かが大きな声を出している。
うるさいなあ。頭に響くぞ。
俺は何故か頭がボウッとしている。
悪夢を見た後の寝起きのように、変に身体が気だるい。
昨日は何してたっけ。確か、部活から帰ってきて………記憶が曖昧だ。
何でか分からないけど、このままじゃ危険な気がする。
取り敢えず、身体を動かそう。
あれ?……今の声……さっき勇者は死んだはずじゃ……
と呑気に顔を前に向けた瞬間だった。
眼前に白銀と刃。
それが、視界に入った全てだった。
「ッ!!」
身体が、反射的に横に剃りながら右脇に倒れこむ。
条件反射なんてものよりも早く身体が動いた。
俺の胴体があった場所を、鋭い一撃が突き、空気が高い音を鳴らす。
そのまま剣は真っ直ぐのびたかと思うと、弧を描きながら上空に振り上げられた。
ほんの数秒の出来事。
けれど、それが俺の身体に感覚を呼び戻す。
思考をこれ以上無いほど速く回転させる。
今までのことを走馬灯のように思い出させる。
そして、全身から血の気が引いた。
アレが俺を殺した剣技。
俺の腹を切り裂き、二回目にはまっぷたつにした殺し方。
もし、俺があの技を知っていなかったら。
俺があの技を受けていたら。
一瞬、腹に痛みに似た感覚が走る。
が、そんなことは気にしていられない。
俺の前には、勇者が剣を握り直し、この瞬間にも振り下ろそうとしている。
その眼に迷いはない。
ヤバいヤバいヤバいヤバいっ!!
「待ってくれえええええええっ!!!!」
俺にできることは、ただ大きく叫びながら目を瞑ることだけだった。
頰に、いつの間にか流していた涙が伝った。
…………
………?
痛みが……来ない。
恐る恐る目を開けた。
そこには、俺を睨みつける勇者と、鼻先数センチまで振り下ろされた剣があった。
「……何かあるのか。命乞いだけなら聞いてやる………!!」
それは勇者の、今迄に聞いたことのない、静かな怒りの声。
俺を心から憎む、激情を含んだ冷たい声。
恐らく、俺がさっき話していた勇者は殺気を消していたのだろう。
一瞬でも目を逸らせば、その刹那、脳天をカチ割られると感じる程の「凄み」があった。
俺はそれに圧倒されかける。
汗の量が増え、呼吸が苦しくなる。
……先程の、呑気なままの俺ならば何も考えられずに、殺されただろう。
だが、死が目前にせまる俺は、ある考えが浮かんだのだ。
全神経は、その作戦を実行することに注がれている。
俺は死に過ぎた。
今更、怖がるものはない。
勇者の憤怒の形相、その感情を威圧するように口を動かす。
「お前………俺を魔王だと………そう思っているのか……?」
「何…だと……!?」
強い口調で言う勇者。
だがな、動揺が漏れているぞ。
それは、俺が死ぬ間に考えた、苦肉の策だった。
「俺は、魔王ではない………俺以上の魔力を持つ……真の帝王は別にいるっ!!」
題して……「魔王なすり付け作戦」っ!!
サタン・ナスリツケ・オペレーションっ!!
略して…………S・N・Oだっ!!!
フゥ、何とか余裕を保つことができた。
くだらないと思うかもしれないが、この作戦で必要なのは
「余裕たっぷり感」
なのである。
作戦は簡単、真の魔王は別にいると宣言し、俺が居場所を知っていると言う。
そして、案内と称してこの部屋の外へ出る。
……以上だ。
もちろん、俺は死ぬだろう。
けれども、ここで重要なことは「俺はココが何処なのか全く知らない」ということだ。
死に戻りを繰り返してはいるが、依然として俺が助かる見込みはゼロ。
しかも前回の死に方は……………思い出したくない。
つまり、俺は無知すぎるのだ。
そこで俺は情報収集しようと考える。
一つ一つ、この状況を説明するパーツを集めれば、いつか解決策を見出せるのではないか。
新たな糸口が見つかるのではないか。
というか、あの怖い女と一緒に居たくない。
先程は、何故か勇者に降伏したら、勇者共々殺された。
今は他の三人も生き返っているようだ。
いや、時間が戻ったから「死んという事実がなくなった」とでも言うべきか。
俺が何度も殺されたのに生き続けているんだ、不思議なことじゃない。
むしろ新たな発見として、このループの解決策の手がかりになるかもしれない。
虹色の女は平然とした顔で金髪ちゃんの横に立っている。
あの光景を見た俺にとっては恐怖以外の何者でもない。
仲間が死んでいるのに、顔色一つ変えない少女。
今となっては何があったのかは知る由もない。
あの少女には気をつけて行動するか。
俺がそんなことを考えていると、勇者が怒鳴ってきた。
「貴様……!! 今のはどういう意味だッ!! 命乞いならもっとマシなことを言えッ!!」
勇者は顔に血筋を浮かべている。
気が逸れ過ぎていたな。
このままじゃ機嫌が悪くなるだけだ、作戦を完璧に遂行しなければ。
コホン
「なあに、簡単なことさ。魔王様はお前らと戦う時間が勿体無いと考えられた」
出来るだけ、余裕を持った悪役のつもりで、低くゆったりとした口調で話す。
俺が素の反応で受け答えすると、目は泳ぎまくり、ソワソワとしながら
「う、嘘じゃないっすよ〜」とむしろバラしたいのかというものになる。
3秒でお陀仏だ。
だが、ここで死ぬ訳にはいかない。相手にこの嘘を信じてもらう必要がある。
だからこそ俺は、真の魔王に心酔するザコを自分の中に作り上げていく。
命がけの演技なんだ。キャラに完全になりきってやる。
「そこで、私に魔力をほんの少し与えた後、遥か遠くに立ち去ったのだ!!
……お前らが来る頃には、既に!! ここに!! 魔王様はいなかったんだよおっ!! ゲヒヒヒヒッ!!」
目指したのは小物の悪役。
自分は大したことないくせに、ボスの権力を借りて威張り散らすザコその一だ。
成りきろうとする余りに、自然とゲヒヒヒヒという笑い方が出てしまった。
おかげで実に小物っぽいいい演技になったと思う。
さて………彼らの反応はどうだろう。
この演技が通用するかどうかで、俺の生死は変わってくる。
「……ッ、そんな話を誰が信じると思ってんだ!!」
勇者は、取り敢えず怒鳴ったという感じ。
それに対し、メガネくんは少し考え混んでいた。
「……確かに、貴方が魔王というには余りに弱すぎる。強大な魔力に反して、魔法を一切使ってこないことも、今の説明なら納得できるな……お前、その話は真実か?」
おお、中々良い食いつきっぷりだ。
魔力について、勝手に良い解釈をしてくれている。
「もちろん、本当さ。ゲヒヒヒヒッ!! 何なら、魔王様のところへ案内してやろうか?」
勇者の眉がピクッと動く。
そしてこちらに剣を向けながらも、構えは若干緩んだようだ。
視界の端に映ったのは金髪ちゃん。
こちらを睨みつけ、怪しがっている様子だが、静かに弓を下ろす。
予想通りの反応だ。
同時に、虹色の少女の表情も、一瞬だけだが驚きの表情に変わる。
すぐに無表情に戻ってしまったが、俺は見逃さなかった。
これは予想外の反応だ。
もしかしたら、この作戦で彼女の本性を暴けるかもしれない。
ならば、ここからが俺の踏ん張り所だ。
脳を必死に働かせていく。
次の台詞を考え、作戦に練り込み、理想までの道筋を再確認した。
さあて。
魔王の部屋から脱出できるか、やってやろうじゃないか。
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