第5話 魔王に手錠は似合わない


  ……人間なら誰しも、恐ろしい光景を目にすれば、当然怖がる。

 深刻な場合にはトラウマとして、思い出すだけで発狂することもある。


 例えば誰かに殺されかけた体験。


 これは俺にとってトラウマだ。


 今でも、勇者が剣を握っているのを見ると、その斬撃の痛みが甦るし、

 この世界で一番怖いものは「刃物」と答えるだろう。


 けれども、自分でも驚くほどに、




 あの光景は恐ろしくなかった。




 血塗れの床にバラバラ死体


 それは、想像を遥かに超える光景。


 作り物ではない。初めて見ても分かってしまう、本当の屍肉。

 飛び散った肉塊の幾つかが、痙攣を起こしたようにピクピクと蠢く。

 それは、死んだカエルに電流を流すと、足が引きつる実験の様子と似ていた。


 血だまりは静かに広がり、かつて服だった布地は赤黒く染まっていく。

 赤色は、スーパーの豚肉のように鮮やかなんて事は無く、吐き気しか生み出さなかった。



 そんなものを見ても、あぁ何か怖いな、ぐらいの感想しかでなかった。



 今もこうして思い出すことができるし、多分暫くはロースを食べれないだろう。


 でも、その程度なのである。






 ……多分、俺はこんな光景を何回も見ている。



 既に見慣れてしまっている。


 いつかは思い出せない。だが、何度も同じシーンを目撃している。




 きっとこれは、ずっと昔の思い出なのだろう。




 けれども、今の俺には全く記憶になかった……





□□□



「もちろん本当さ。ゲヒヒヒヒッ!! 何なら、魔王様のところへ案内してやろうか?」


 この台詞を吐いてから数秒間、静寂が訪れる。


 その沈黙を破ったのは勇者であった。



「貴様……、どうして魔王のところへ案内するなんて言った?」


 ドスの効いた低い声で、俺に問いかける。

 先程まであふれていた怒りの感情は完全に隠れ、冷静になったようだ。


こちらも心を落ち着かせながら答えを返す。コホン……ええっと



「ゲヒヒ……魔王様直々に仰られたのさ。もし勇者らが、この場所まで辿り着くような事があれば、

魔王様の元へ連れて行け、とな。当然、我らに代わり、貴様らを一瞬で灰にするためだろうさっ!! ゲヒヒヒヒッ!!」


 我ながら名演技。

 そう思うと思わず顔がニヤけるが、それが逆にリアリティーを生んだ。


 一度、脳内を整理しよう。


 俺は今、先程考えた作戦「S・N・O」を遂行中だ。


 目的は、この部屋からの脱出。

 方法は簡単。勇者たちに、俺を、魔王のいる場所まで案内すりザコと思わせるだけ。

 その為にまず、俺はザコキャラを演じながら、架空の「魔王」をでっち上げた。

 さて、上手く騙しきれるだろうか。


 と、騙すターゲットの一人。金髪ちゃんがこちらを睨んでいる。


「ねえ、まさかそいつの言う事を信じるんじゃないでしょうね?」


 メガネくんも手で口元を隠して、考えこんだ様子をみせた。

 そしてチラリと俺を見ると、ため息交じりに答えを出す。


「……僕は賛成だが。賢者、君はどうだろうか」


 そう言いながら、彼は虹色ちゃんの方を向いた。




 この虹色の髪が特徴的な少女。

 今までで喋った回数は最も少なく、どんな性格か、能力を持っているのか分からない。

 武器らしきものも、綺麗な杖が一つ。

 今の発言で「賢者」という情報を得られた。が、よく分からない。

 勇者パーティーの中での役割はなんだろうか。普通なら、後方支援なのだろうが……

 長い髪を揺らし、杖を両手で握りしめながら、虹色ちゃんは呟いた。


「……危険」



 その声にゾクリとする。

 間違いなく、あの血塗れの中で聞いた声。

 やはり、あれはこの少女のモノだったのか。


 彼女は一言だけ言うと、僕の方をじっと見つめてきた。

 何だろう、可愛い女子からの視線なのに、凄く怖い。

 正体不明の彼女は、一体何を考えているのだろか。


「……ふむ、危険か。確かに罠ということもあり得るな」


 メガネくんはそう言いながら、またもや手を口に当てる。

 そして、何かを思い付いたようだ。


「……勇者、『魔封じの手枷』でソイツを拘束しろ。それなら、人質として扱いやすくなる」


 勇者は、その言葉に反応する。

 そして右手で剣を俺に突きつけたまま、左手を腰付近でゴソゴソと動かした。




 なるほど、「魔封じの手枷」か。

 そんなアイテムあったな。魔力を抑制するんだっけか。


 あれ?……確か、前回はその腕輪をつけたら、全員殺されたんじゃなかったか?


 ……オイオイオイ、まずいぞっ!!止めないとっ!!




 だが、それは杞憂だったようだ。





「あれ? ……おい、どういう事だッ!! 俺は持ってないぞッ!!」



 何だって?

 いやお前は持っているはずだろう。

 だって前回、俺の顔目掛けて投げたじゃないか。

 その後に賢者が壊したけど、そう持って虹色ちゃんの方をみる。

 と、全員が勇者に注目する中、一人そっぽを向いている。



 これは……何か裏があるな。


 そう思うが、口に出すと面倒なので黙っている。


 勇者は、どうやら本当に見つからないらしく、暫く手を動かした後で仲間に知らせる。


「すまんッ!! 何故か見つからないッ!!取り敢えず、コイツの手を縛っておくッ!!」


 そう言うと、何処からか茶色のロープを手に取り、俺の腕に勢いよく巻きつける。

 その余りの手慣れた手つきに、一瞬そっちの趣味があるのかと思った。


 じゃなくて、この状況はマズいんじゃない!?


 先程は手が拘束されるとほぼ同時に、あの惨劇が起こった。

 ならば今回も!?


 俺はあたりを見渡し、注意を払う。

 そして、最も重要な虹色ちゃんを見る。





 彼女は…………というと何もする気配がない。







 あれ?何にもしないの?





 そう思っているうちに、俺の腕は背中に回された上にロープで結ばれて、全く動かす事が出来ないまでに縛られていた。

 これで手枷がただの縄であること以外は前回と同じ状況だが、やはり彼女は何もしてこない。

 今にも毛先をいじりそうなほど退屈そうで、俺に関心が全くないみたいだ。





 これは…………虹色ちゃんについて、もっと詳しく知る必要があるな。




 新たな発見がどんどん見つかり、不確定な事実も多く露見していくこの状況下。

 俺は無事に作戦を完了することができるのだろうか。





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