第3話 少女は静かに呟く
「馬鹿なの?」
目の前に立つ金髪少女の罵倒。
普通なら御褒美だとか言うのかもしれないが、俺にとっては一大事だ。
なにせ彼女の疑いを晴らさなければ、それは俺の死に直結する。
ほんの少しでも相手の機嫌を取らなければ、俺はまた死のループに巻き込まれる。
剣で斬られるか、矢で射抜かれるか。
もしかしたら、メガネくんの槍で突き殺されるかもしれない。
はたまた虹色ちゃんに想像を絶するような処刑方法で殺されるかもしれない。
……痛みというのは、いつか忘れるものだ、と誰かが言っていた。
けれども、死に関わる痛みは、全身に嫌な感覚を残していく。
この世界は現実だと、自覚し始めた瞬間から、その感覚が身体を縛り付ける。
あの全身から力が抜けていく感覚、
五感が狂いながら消えていく感覚、
全身の血が傷口から溢れ出る感覚、
意識がゆっくりと闇に落ちる感覚、
死という絶望が近づいてくる感覚、
生きるための活動が静止する感覚、
何処か別の次元に溺れていく感覚、
身体が生きる事を諦めていく感覚、
そして、
涙を流すこともできないまま、全てが空っぽになるあの感覚。
あれは二度と体験したくない。
現実逃避していた俺の頭は、やっとこの事態について理解し始める。
夢だからと拒んでいた、あの生々しい感覚を思い出させる。
一滴の冷や汗が頬に流れた。
このままだと、俺はまた死ぬ。
だからこそ、俺はここで相手に信用してもらわなければならない。
俺は、金髪ちゃんのたった一言に対し、必死に熱弁する。
「いや、本当だよっ!? 今の俺は何で自分が魔王って呼ばれているのか、そもそもココは何処なのかすら分かっていない、気づくとココに呼び寄せられていた、10代の少年なんだよ!!」
滑稽に思えるかもしれないが、これが俺にとっての最善策なのだ。
もし一度でも敵意があると思われれば、俺の救いの道は重く閉ざされるだろう。
そう思い口を動かすが、まだ信用されていないようだ。
このままでは折角のチャンスが失われることは明確であった。
……仕方ない、ならば証明するしかない!!
俺は、背中のローブに手をかけ、勢いよく、放り投げた。
そして、上着のボタンに手を掛ける。
「ほら、今から俺が何の武器も持っていない少年であることを見せてやる!!
……下着姿になったら、流石に抵抗する気はないって信じてくれるだろう?」
そう、全ての装備を脱ぎ去って両手を頭の後ろに組めば、話し合いに応じてくれるだろう。
相手も勇者と名乗っているからには、無抵抗の人間を殺すのは思い留まってくれるはずだ。
俺の考えが当たったのか、勇者は剣を下ろしてくれた。
「……確かに、武器も防具も装備していない状態ならば攻撃はできない。大人しく降伏するのなら、話は聞いてやろう!!」
「ちょっと、油断しちゃ駄目よっ!! 仮にも強大な魔力を持ったアイツが、裸になったくらいで負けるとは思えないわっ!!」
おい、金髪ちゃん。何言ってんだよ。
そもそも何もできずに殺されかけてるから白旗降っているのに。
裸になっても戦おうとするなら、こっちはどうすりゃ良いってんだ。
「おい、幾ら何でもそれはないだろ!!」
お、勇者も賛同してくれるか。
そうだよね、金髪ちゃんの言うこと滅茶苦茶だよね。
何か言ってやれ。
「女の子が、裸とか言っちゃいけません!!」
そう言うことじゃなくて。
それは魔王と対峙している時に言う台詞じゃないだろ。
いや俺は魔王じゃないけど。
駄目だ、このままでは……と、そこで遂に今まで黙っていたメガネ君が口を開いた。
彼の声は低く、静かに響いた。
「……勇者、お前の持っている魔封じの手枷を渡してやれ」
メガネくん、良い案が浮かんだんだね。ありがとう。
けれども言っている意味がわからないぞ。
「魔封じの手枷」……って言ったのか?
何そのゲームのアイテムみたいなの。
などと思っていると、目の前に何かが飛んで来た。
「痛いっ!?」
急だったために避けられず、
何か冷たいものが顔にぶつかり、足元音を立てて落ちる。
ガシャンッ
痛みのあまり、少しの間、顔をしかめる。
なんだ今の!?
サッカーのシュートぐらい痛かったぞ!?
鼻がツーンとなったので押さえる。幸いにして、どうやら鼻血は出てないらしい。
口を切った感じもなく、大事には至っていないようだ。
それでも痛いんだが。
まあ死んでしまう程ではないと思い、クラクラする頭を抑えながら目を開けて辺りを見る。
視界には手をプラプラと降る勇者と、俺の足元に目を向けるその他三人が入る。
その視線に釣られて下を向くと、
「なんだこれ……?」
紫色の輪っかが二つ転がっていた。
どちらにも金の装飾が施してあり、菱形の緑石がはめられている。
宝石には詳しくないが、これが翡翠というものなのだろうか。とても綺麗だ。
そしてこの二つを黒く短い鎖が結んでいる。
拾って見ると、ジャラリと音を立てた。
多分これは腕輪なのだろうが、結構重い。5、6kgはあるんじゃないか?
これを顔面の投げつけるとはな。勇者とは思ってたより残忍な奴なのかもしれない。
怒りよりも、むしろ悲しみに近い諦めの感情が出てきた。
そんな風に思いながら眺めていると、勇者が俺に向かって声を飛ばした。
「その腕輪を巻け!! その『魔封じの手枷』は!! 罪人の魔力を封じ込めるもの!! つまり、貴様は魔法を使えなくなるのだ!!」
「……アレだけの膨大な魔力量だと、完全に魔力封じるきるとはいかないだろう。が、僕たち全員相手に勝つことはできなくなるだろうな」
メガネくんがさらりとフォロー。
そして彼は、そのメガネをクイっと上げる。
「……もし貴様が、それを手に付けるというならば、話は聞いてやろう」
金髪ちゃんも頷く。
……なるほど、俺の魔力を封じる手枷。これを巻くだけで、俺の話を聞いてくれる。
俺の悲劇的な事実を伝える、絶好の機会に見える。
(………だが、危険だな)
もし彼の言うことが本当なら、どうなるか。
当然俺は魔法を使えなくなる。
(魔法か……)
現時点では魔法とは何なのか、俺には分からない。
ゲームでよく見る魔王の魔法と言うと、
業火を召喚したり、ドラゴンを呼び出したり、超能力を使ったりするものだ。
だが、ココは現実。俺の妄想と偏見とは一切関係ない。
もしかしたら俺の「死に戻り」こそが魔法なのかもしれない。
ならばどうする?
この手枷を付けたことで、死に戻りがなくなったとしよう。
けれども、その後に勇者がやはり殺しておこうと言ってきたら、今度は二度と甦れない。
だからと言って手枷を付けなければ、疑いは晴れずに、殺され、また死のループになるかもしれない。
一か八か。勝負に出るべきか。
人生を賭けた大博打だ。
慎重になるならば、ココは次の機会を狙うべきだろう。
けれどここで立ち止まっていては、俺は永遠に死に続けるだろう。
いつの日か、この死のループが終われること、それを願うだけしかできなくなる。
今はまだ数回だけだが、何十回、何百回と殺されればどうだろうか。
確実に気が狂う。
つまり、できれば早く、俺に理性がある間に、彼らと和解しなければならない。
二択であるようで、俺の選択肢は一択しかない。
……仕方ない。
もし、俺が死んでも、このループから抜け出せれば満足だ。
永遠に同じ時間を過ごすことより怖いものはないからな。
正直、そんなのは戯言でしかないのだが。
そう決断し、俺は腕輪を調べる。
注意してそれを見ると、輪を半分にするような切れ込みがあり、そこを押してみると蝶番(ちょうつがい)を軸にパカリと腕輪が割れた。
開け方さえわかれば、後の付け方は簡単に予測がつく。
カチャカチャと動かし、俺は手枷を両方の手に付けた。
切れ込みは、俺の腕を挟むと同時にスウッと消え、緑の宝石が強く光る。
(これで良いのだろうか)
確認を取るため、勇者パーティーの方を向く。
「駄目よ」
それは初めて聞く声。
静かに小さく呟いたような女の声。
けれども、そんなことはどうでも良かった。
些細な言葉なんて気にならなかった。
そんなことを気にすることもできないほどに、
俺は目の前の光景から目を動かすことができなかった。
赤く染まった床。
彼方此方に人のパーツが黒い肉塊として散らばっている。
銀や金の髪がその赤い水溜りに浮かび、割れたメガネに何重にも映り込む。
そこには、
人間数人分の液体とドロドロしたものが、
あった。
それ以上は言葉にすることができない。
俺にも、理解できないから。
ただ、かつてそこには何人かの人間が、
誰かに殺されたということだけは分かる。
それも恐らく、俺が手枷を付ける少しの間。
それ以上は、理解することが、できない。
思考できない。
けれども、その惨劇の中心に
虹色の少女は立っていた。
「駄目よ」
俺には、もう何も理解できない。
少女はその場から動かずに、杖の先だけ俺に向ける。
その杖が光ると共に、一つ、音が聞こえた。
それは、俺の手枷が粉々に砕け散る音だった。
そしてもう一度杖が光った時、
俺の……感覚は……
「……また、やり直しなさい……」
……闇に………
ユメダッタライイノニ
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