第1章 僕にしか甘えないおキツネさま

第11話 桜も団子も

「幸ちゃん、幸ちゃん」

「なに?」

僕らは、手を繋ぎながら歩いている。

学校の裏山には、頂上に向かって桜が植えられている。

遠目で見ると桜の山ともいえるほどに。

桜のウェディングロードともいえるくらいに山道一面を桜の花びらが敷き詰められている。

「綺麗」

「うん、そうだね」

いまは、美咲の耳や尻尾は隠れている。

外では、やっぱり隠しておくみたいだ。

ただ、4正家の影響が大きいこの土地ではなかなかにケモ耳の子が多いのではないかと思ってしまう。

4正家は、分家も合わせればそれぞれ5家あり、全部で20家にもなる。

僕らの世代が、僕と美咲だけだったのは割と珍しいのではとおもってしまう。

璃空は、僕の結婚式のときになんか4人の女の子に囲まれていたし。

あいつは、ハーレムとか目指しちゃう系なのかと思っちゃったよ。

「幸ちゃん、なんかおいしそうな匂い」

クンクンと鼻を鳴らす。

たしかにおいしそうな匂いがする。

それも一種類だけじゃないなぁ。

これは、もしかして出店とかあったりするのかな。

もうすぐ、山頂に近い。

山頂には、展望テラスがある。

展望テラスの脇には、休憩所が確かあったなぁ。

一年ぶりに来るからどうだっただろうか。

「幸ちゃん、お腹空いた」

僕の右手には、バスケットが握られている。

お昼ご飯である。

実はこれ美咲が作ったものだ。

3日前、頑張るといった美咲は千智を説得して料理の勉強を始めた。

初日は、まあいろいろ・・・あったけど。

日を跨ぐほどにメキメキと上達していった。

もしかすると、千智さんとの別れはそう遠くないのかもしれない。

彼女にだって、本職のお仕事がある。

いつまでも、僕らの家事をしてもらうわけにもいかないだろうし。

なにしろ、新婚の住処に居続けるのも千智には酷だろう。

元々、彼女は美咲の一人暮らしのサポート役だった。

あの件がなければ、気に病むこともなく僕と美咲が同居した地点でこの役は終わりだったはずだ。

「幸ちゃん、千智はまだいるとおもうよ」

「また、心を読むのね。まあいいけど」

「千智は、私たちのお世話をするのが元々のお仕事」

「でも、巫女だよね」

「巫女にもいろいろある」

確かに、境内を掃除したりだとか普通にしてるもんな。

よく考えたら家事してるのとかわらんのか。

でもなぁ、それて巫女というよりも家政婦なんじゃ。

「千智は、巫女コスプレの家政婦さん」

「それはあんまりなような」

美咲は、グーと右手の親指を立てて僕に見せてきた。

イイネじゃないよ、美咲。

急に辺りが開けて、視界が開けていく。

僕らは、展望テラスへと辿り着いた。

神居市を一望できる。

「すご~い、ねえねえ幸ちゃん、幸ちゃん」

「なに?美咲」

「あれやろあれ」

美咲が、指さすのはコイン式の望遠鏡。

2眼望遠鏡だ。

最近では、モニターが付いているタイプもあるらしい。

「いいよ、じゃあコイン入れるね。えっと、100円か」

僕はお財布の中から100円玉を取り出して入れた。

美咲は、左目を右側のスコープに当てて見始める。

僕は、首を傾げた。

「幸ちゃん、左側」

「ああ、そういうことか」

僕は、美咲に言われるがままに右目で左のスコープを覗き込んだ。

街並みが、近くに見える。

それにしても、姿勢がつらい。

ちょっと斜めに見ているからだろうか。

「ねえ、美咲」

「なに幸ちゃん」

「姿勢辛いだろ」

僕は、美咲の肩を抱いて密着する。

柔らかい感触が右手に宿り、美咲の甘くて太陽のような匂いが鼻腔をくすぐる。

顔が熱い、いまにも火を噴くそうだ。

「あ、ありがとう。幸ちゃん。でも、恥ずかしいよ」

なんだ、美咲も同じ気持だったのか。

凄く嬉しい気持ちで、胸がいっぱいになる。

言葉にしないと伝わらないこともあるよなぁ。

「僕も、恥ずかしいけど。美咲と一緒だから」

「うん」

スコープの先に視界は持っていかれているけど、わかる。

美咲が、満面の笑みを浮かべていることが。

やがて、スコープは漆黒を映し出した。

「終わっちゃったね」

肩を抱くのをやめて、スコープから目を離す。

そこには、赤面して少し照れている美咲がいた。

僕は、咄嗟に美咲の頭を撫でていた。

もう、これは癖になってるな。

子供の頃からだし。

「幸ちゃん、もうダメ」

「おっと」

美咲の頭が、僕の胸にストンと圧し掛かる。

照れすぎて、限界来ちゃったかな。

「恥ずかしいよ、お嫁に」

「もう来てるよ」

「そうだった、お嫁さんだった」

「お昼にしようか」

「うん、食べる」

展望テラスの一角には、テーブルが備え付けられている

僕らは、そこで持ってきたバスケットの中身を食べることにした。

バスケットの中身は、サンドイッチだった。

「不格好だけど、食べて幸ちゃん」

「そんなことないよ、作ってくれてありがとう。美咲」

僕が、サンドイッチを掴もうとした時だった。

美咲がそれを遮り、僕が取ろうとしたサンドイッチを掴んで。

「あ~ん」

「ちょっと、美咲。こんなとこで恥ずかしい」

サンドイッチは、一口大の大きさなのでよっぽどおちょぼ口でない限りは一口で食べれるほどだ。

「わたしも恥ずかしいよ、でも食べてほしいんだもん」

さっきよりも赤面した顔で、美咲はそう言っていた。

まあ、新婚なんてこんなもんか、と自分に言い聞かせて口を開ける。

心臓が早鐘をこれでもかと鳴らしている。

口から心臓出てくるんじゃないかってくらいだ。

食べ物の味がもうよくわかんない。

「美味しい?」

「悪くないって言わせて、もうドキドキしすぎて味わかんないよ」

「あはは、幸ちゃんも顔真っ赤だもんね」

せっかくの手料理なのに、褒めてあげれないのはそれはそれで違う気がする。

僕は、サンドイッチをいっぱい食べることにした。

「あ~、がっつかないで。私も食べる」

サンドイッチは、ツナマヨとレタスのサンドとハムタマゴのサンドだった。

ツナマヨは優しい口当たり。

マヨネーズの主張がそこまで高くない印象。

ハムタマゴは、タマゴサラダが美味しい。

粗めに潰したタマゴに黄身が混ざる程度のマヨネーズ、それにアクセントにしている塩コショウが絶品のバランスだ。

美味しい。美咲、すごく料理の腕成長してる。

「美咲、めちゃめちゃ美味しかったよ。ありがとう」

「えへへ、どういたしまして。頑張った甲斐があったよ。やっぱり、幸ちゃんに美味しいって言ってもらいたかったから・・・あのお嫁さんとしては」

「僕も嬉しいよ」

僕は、いつの間にか美咲の頭を撫でていた。

桜花舞う展望テラスで、僕らは寄り添いながら花見を楽しんだ。

のだが、どうにもずっと匂いが気になっていた。

「ねえねえ、幸ちゃん」

「やっぱり、美咲も気になってる?」

「うん、気になる」

僕らは、展望テラスに併設している休憩所に行ってみることにした。

休憩所は、前に来た時には掘っ立て小屋のようなものだったことを記憶している。

なんだけど、目の前にあるのは立派な食堂。

え~、どういうことって二人で顔を見合わせた。

「食堂できてる」

「あ、よく見ると下山道、車通れるようになってるよ」

学校の裏山が、まさかこんなことになっているなんて。

でも、こんなとこにお店立てて採算取れるんだろうか。

「幸ちゃん、何か食べる?」

「美咲のサンドイッチでお腹いっぱいだよ」

「じゃあ、わたしもいらない」

「え、いいの?」

「うん、幸ちゃんと一緒がいいから」

そう言って、僕らは食堂を後にした。

そして、再び桜のウェディングロードを進んでいく。

花より団子とはいう物の僕らは花も団子も半分半分。

嬉しいことも楽しいことも共に分かち合っていく。

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