第11話 美少年

 怯え切った人間を、誰が無下むげに扱えるだろうか。


 俺と野萩やはぎは体を震わせる少年を火のそばに連れていき、水を飲ませてやり、干した魚を食べさせた。


 彼は狂ったように魚の破片を口に運んでいた。


「うまいか?」


「はい、とっても」


 腹が満たされると、彼の顔からはこわばりが消えうせ、柔和な微笑みが浮かびあがった。その微笑みに視線を奪われたのは偽らざる事実だった。彼は美しかった。


「名前は? どこ住み?」

 

 野萩は尋ねた。


月元つきもとみやびといいます。京都です」


「いい名前じゃないか」


 野萩の太い指がその華奢な肩に触れると、月元雅は目を輝かせた。


「ありがとうございます」


 火を囲んで月元雅と話をした。彼は1984年の生まれで、歳は十六歳ということだった。まだいたいけな少年の身でここに連れてこられたのだ。


「お前を連れてきたのは誰だ?」


「分かりません」しばらくしてから月元雅は言った。「気が付いたらここにいました」


 話の前半が嘘だったことは後になってわかるのだが、この時に疑う理由はひとつもなかった。


 男性にとって、年下の男性というのはなんというか、かわいく見えるもんなんだ。その、変な意味じゃなく。


 なぜだろうな。守ってやりたくなったりするものなんだよ。女性同士はどうなのかわからないけど、その辺は稲穂さんがよく知っているだろう。


 だから野萩が月元雅に向けた視線は、庇護欲からくるものだと思っていた。それが全くの見当違いだったことに気付くのは、それから数時間すぎた後のことだった。


 月元雅は美しすぎた。まっすぐな鼻筋。涼しげな眼もと。ほほにかかる長い髪。神経をくすぐる高い声。彼は劇薬だった。人の正気を殺す劇薬だったのだ。


 異変に気が付いたのは眠りに就いて少し経ってからのことだ。誰かの泣く声に起こされた。月元雅だとすぐに分かった。故郷が恋しくなったのだろうか。彼の年齢を考えれば無理もないと思った。まどろみを押し上げて、俺の両目が開いた。


 ――何かおかしい。その声は泣き声にしては上ずっていて、しゃくり上げていて、快活さを秘めて、正直さに欠けている。


 周りを見ると、野萩の姿がなかった。俺の横にいたはずの二人がそろって姿を消していたのである。


 おそらく二人一緒だ。何をしているのだろう? 知らなくてはいけないと思った。義務感からだ。この状況下において仲間外れにされること、知らないままにされることは命取りになりかねないのだ。


 声のする方に忍び寄った。巨石の裏手だ。近づくにつれて、月元雅の泣き声が大きくなっていった。


 その頃になると、声の輪郭は明瞭なイメージとして頭に浮かび上がっていた。皮膚と皮膚が擦れ合う、あの生々しい音も耳に届いていた。


 背後ではぜる松明たいまつの火が、闇に隠されたその姿を浮かび上がらせた。


 そこに二匹の獣を見た。体格の大きな方が、小さな方に覆い被さって、肉体を揺さぶっている。筋肉流々としたたくましい腹の下に滑らかな白肌の背中が敷かれていた。


 苦し気な声を上げる月元雅の姿に、脂汗を流しながら喜悦の笑みを浮かべる野萩の姿に、吐き気が込み上げてきた。


 ――やめろ!


 しばらく呆然とした後、俺は叫んだ。叫び声は震えていたと思う。瞬間、二人の動きがぴたりと止まった。


 きゃあ、月元雅は叫び声を上げて岩陰に隠れた。野萩は――その男性器をおっ立てたまま――ゆっくりと俺の方に振り返った。


「邪魔すんじゃねえよ、この野郎」


「まだ相手はほんの子どもだぞ!」


「うるせえ、馬鹿野郎」


 野萩の振り上げた拳が俺の下顎を捉えて、俺は岩の上に倒れ込んだ。頭を打った。暗転――。

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果てることなき闇 馬村 ありん @arinning

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