第10話 魚
出会った当初こそ
その時、俺たちは川にいた。そう、川だ。
野萩の案内で暗闇の中をひたすら進んでたどり着いた。岩盤を割るようにしてその川は流れていた。
魚はあふれんばかりにいた。サケやマスの仲間に見えたけど、俺は魚に詳しくないから、正確なところどんな種類だったのかは分からない。とにかく食用できることは野萩が保証してくれた。察するに、丸テーブルの男はここから魚を採っては干していたんだろう――安心してくれ、その川には向かうつもりだから。君もお腹がすいているでしょ。
魚の多さは少し気持ち悪いぐらいだった。キャパオーバーといえばいいのか、日本の水族館じゃよく目にする光景だが、自然界ではなかなかお目にかかれない。川の水量の六分の一は魚だったんじゃないだろうか。まるで魚が水流の一部であるような変な連想をしてしまったよ。
もちろん、その時はそんな事は考えもしなかった。空腹状態で、目の前にあふれんばかりの食料があるのに何を立ち止まって考えている必要があろうか。俺と野萩さんは矢も盾もたまらずに川へと飛び込んだ。
「冷たい!?」
川の水は身を切るほどに冷たかった。俺が震えているのをみて野萩は笑った。
「大丈夫、すぐに慣れるさ。それよりどっちが魚を多く採れるか競争だぞ。それ開始っ!」
野萩はたくましい両手を前に出し、とぷんと音を立てて水の中に潜り込んだ。
「ちょっと待ってくださいよ!」
俺も中に入った。松明の明かりが差し込む水の中で俺たちは大量の魚を集めた。実に簡単な作業だった。外敵がいない環境で育ったのか、魚は鈍重だった。俺たちが飛び込んでも逃げようともしなかったし、手のひらに掴まれてやっと抵抗する始末だった。
川の中には流木があり、それを材料に串を作った。一本一本魚に突き刺し、それから松明の火で炙ってから魚にかぶりついた。
「うまいっ」
川魚だけあって身はタンパクで、油は少なめだったが、魚肉からは得も言われぬ香ばしい匂いがした。きっと苔を食べているからその香りが身に出ているのだろう。魚の身は小ぶりだったから、俺たちは無限に食ったんじゃないだろうか。
食べた後は保存食作りのため、魚の身を火にさらして乾燥させた。
その間、俺たちは横になった。久々に味わう満腹の感覚。幸福とはこういうことを言うのだと思った。寝っ転がっていろんな話をしたよ。それぞれの会社の話、仕事の話、友人の話、家族の話。
「すると光輝、お前のいる年代ではスマートフォンってのがあって、それで何でもできちまうってことか」
「はい。通話はもちろんのこと、写真も動画も撮れます。インターネットに繋げて動画サイトも見れます。ユーチューブとかも」
「ユーチューブってなんだ?」
「知らないんですか? そうか、サービス開始は2006年だもんな。インターネット上で動画が見れるんですよ。映画とかドラマとかアニメも見れます。『エヴァンゲリオン』とかも見れるんじゃないですか」
「何だ、エヴァなんとかって?」
野萩が暮らしていた当時、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」はすでにあったはずだが。どうやら単純に知らないだけだった。仕事が忙しかったせいか、映画や絵画といった文化全般に興味が向いていなかったようだった。
そのほかスマホの機能(支払いができること、家電を操作できること。それから文章作成、動画作成、画像加工、プログラミング――パソコンでできることはだいたいできること)を説明した。
「夢みたいな話だ。そんな神みたいな道具があれば、仕事はあっさり終わるんだろうな。もう昼ごろには上がっていられるんじゃないか」
「ああ、それはそれは違いますね。むしろ仕事が効率的にこなせる分、沢山の仕事量を任されるというか。僕はSEですけど、毎日帰るのは夜の九時、十時ですよ」
「なんだよ。結局オーバーワークは変わらないのか。クソみたいな話だな」
「クソっすね、まじで」
俺たちは笑いあった。運命の人物と会ったのはそのときだった。
「――あれ?」
「どうした」
「あの影のところでなにかが動いたような」
野萩は立ち上がって、岩の隙間に突き立てておいた松明を掲げた。揺らめく松明の明かりの中で影が横切った。
「誰だ? 例の刺殺野郎か!」
野萩は暗がりに向けてどなりつけた。
「助けてください」
暗がりから小柄な人間が姿を現した。その美しい顔立ちに、俺は女と見間違えた。だが、中心部には男性器があり、胸も平板だった。少年だったのだ。
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