第04話 肉体

「ここだよーっ!」


 私はあらん限りの声で叫んだ。


「どこだーっ!」


「ここーっ!」


 私とその声の主はお互いのいる場所を探ろうと必死に叫び合った。


 狂おしいほどに他人の存在を欲していた。闇の中で孤独でいることにヒトはどうしても耐えられない。私と同じ境遇の人間がいる。その事実だけで私の心は飛び上がるようだった。


 寄りかかっていた壁から離れ、岩の上をよろよろと歩いた。手を伸ばせばそこにいるのではないか、甘い期待はすぐに空振りに終わった。それでも手を伸ばす。


 声がどこから聞こえてくるまるで分からなかった。壁に反響するせいで、あらゆる方向から届いてくるのだ。


「気付いて! 気付いてェェェェ!」


「答えろ、答えてくれ、どこにいるんだぁぁぁぁ!」


「ここだよォォォ!」


 沈黙。


 突然、一切の音が途絶えた。


「待って、どこ? どこにいるの? ねえ、返事してよ! ここ、ここにいるよ!」


 闇に手を伸ばした。何もなかった。それでも叫び続け、歩き続けた。だがやはり、一切の音が聞こえてこなかった。


「嘘でしょ、ねえ、いなくなっちゃったの? 私が悪いの? ごめんなさい! ごめんなさい!」


 沈黙は闇と一緒になってそこに居座り、未来永劫動かないと決め込んだのだ。

 

 そう、私が死ぬまでは。


 終わりだ、そう思った矢先に何かが私の右半身に飛びついてきた。それは柔らかな肉体だった。


「あああっ!」


 肉体の主は声の限りに叫んだ。私の体にしがみつきその二本の手で、顔を、胸を、腹を、脚を探る。肉と肉がしなやかに弾きあって、耳に心地よい音楽を奏でた。


 私も同じようにした。それからその肉体の出っ張りを探り当て、自分の窪みの入り口と誘い込んだ。男はすぐに私の中に入ってきた。


 絶え間ない二人の吐息とあられもない嬌声。暗闇の存在を掻き消すくらいに激しく私たちは求め合った。


 絶頂の気配が訪れて、意識が真っ白になるような狂乱に包まれた。全ての不安が霧散していく。全ての恐れが融解していく。何度かのエクスタシーを味わった。


 ことが終わった後、私たちは岩に寝転んでいた。手と手を結び合わせて。


砂戸すなど光輝こうき


 彼が名乗っているのだとすぐには気づかなかった。彼は続けた。


「出身は北海道岩見沢市。訳あって青森・十和田市でシステムエンジニアをしている。出張でほとんど家にはいない。二十六歳。独身。趣味はラーメン屋巡り。太麺、とんこつ、濃口、とろみ大好物。酒は飲めない。煙草は吸わない。甘いものがすき。かじるバターアイスにはまってる。以上」


 光輝はまくし立てた。


「どうだい、俺。立板に水のごとく喋るだろ」


 光輝の口がこちらを向いたことが分かった。声がより明瞭に聞こえたからだ。男にしては高い声だった。


「ずっとこのセリフを口にしていたんだ。暗闇を一人ぼっちで歩いている間。ぶつぶつぶつぶつと。気持ち悪いだろ。でもこれで正気を保てたよ。――次は君の話を聞かせてくれないか」


「瀬川稲穂。えーと、二十歳はたち。大学生。松戸生まれ、東京下町育ち。小中高ずっと東京。彼氏とは喧嘩中。好きなものはお酒。古い映画を見るのがスキ」


「他にないのか?」と聞かれるが話す気にはなれなかった。「特にないわ」と答えた。


「君も『プレイヤー』?」


「何それ?」


「他のやつから聞いたんだ。俺たちは『プレイヤー』としてここに呼ばれたんだと」


「――他にも人がいるの!?」


「ああ」


 そして光輝は話し始めた。



 


 

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