第03話 ホテル
「二次会ってことで。乾杯しよう」
宇堂が手渡してきたコップには、レモン風味のチューハイが注がれていた――いつの間に宇堂は飲み物を用意していたのだろう、酩酊状態の私はここまでの道順すら覚えていなかった。
「何に乾杯しよう。そうだ、哀れな
ここが安手のビジネスホテルだということは分かる。手狭な部屋。二つのシングルベッド。テレビ、エアコン、ラジオ付きのベッドサイドテーブル――泊まるためだけの簡易な部屋。
「かんぱーい」
陽気な声を上げ、宇堂は私のコップに自分のを重ねてきた。宇堂がごくごくと気持ちよさそうに飲むものだから、つられて私もごくごくと飲んだ。喉を通り過ぎていくアルコールは、美味しくもなければ不味くもない。
「ねえ、
私の手を手に取り、宇堂は視線を合わせてきた。脂ぎったまなざし。私はこの人とエッチしてしまうのだと思った。武志を裏切るようなことをする。そう思うと頭がくらくらした。
あぶないよ、私のくずおれた体を宇堂が支えた。密着する形になった。ガッチリした体。頼もしい腕の太さ。この人ならいいかも。破れかぶれになった心は、自分で自分を傷つける方向へと進もうとしていた。
「君の心音を感じる。ドキドキしているね。今どんなことを考えているのかな?」と宇堂。「地球人――アースリングの肌って妙に柔らかいよね。君の体も例外なく。気持ち悪いという仲間もいるけど、僕は好きだよ」
宇堂は言葉を切って私を見つめた。私は特に言うこともないので、黙って酒を口に運んだ。足元がふらついてくる。ベッドに腰を下ろそうと思った。
「薬は効いてきた?」
薬――その単語が宇堂の口を衝いて出てきたとき、私は目の前に毛足の長い絨毯が迫ってくる光景を見た。
「眠っているのか、死んでいるのか」
「眠っています。どうですか。
気がつくと、二人の男が私を見下ろしていた。一人は宇堂。もう一人は知らない男。
「まぶたが開いているが、本当に寝ているんだろうな」
「薬で意識は朦朧としています。私達のことは知覚されないと思いますよ。多分ね」
もう一人の男は五十歳ぐらい。白いものの混じった頭髪をオールバックにしていて、目元にはサングラス、黒いスーツを着ていた。
「男性の方が良かったのでは。
「女性のほうが柔軟です。男性は硬い分壊れやすい。武志ごときでは耐えられません。彼は一時間経たず発狂するでしょう。“儀式”に耐えられるには強い個体を選出しないと」
「どちらにせよ、次こそ確実に“儀式”を成し遂げられる人間であればよい」
「我々も次こそ後がない状況ですからね」
「女を手術台に運べ。これから――をする。そして――を――して――――」
男の発した言葉はところどころ記憶から消え失せていた。薬がいよいよ効きだしていたのか、脳が傍受するのを拒んだかのどちらかだ。
「彼らは何者なの」
私は自問した。
宇堂――本人は武志の大学の先輩だと言っていた。けれど、武志はよく知らないと言っていた。あのサークルの誰一人、武志とは初対面といった雰囲気だった。一体何者? どんな目的で私を連れ出したの? あの連れの男は誰?
儀式――男たちが口にした言葉がやけに引っかかる。一体なんの儀式だというの? 私に何をさせようとしているの?
『女を手術台に運べ。これから――する。そして――を――して――――』
私は何かされた?
手術台? もしかして体が切り刻まれたとか――。闇に包まれていて何も見えないけれど、もしかしたらこの体はあちこちが切り裂かれていたり――。
キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
喉を切り裂かんばかりの悲鳴が全身から放たれた。
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
悲鳴はやまびこする。
暗闇から響いてくる私の声が私自身を苛む。
気が触れそうな心を押し留めたのは、
「――誰かいるのかーっ!?」
男性の力強い咆哮だった。
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