第27話 防火シャッター
「くそっ!」
私は部屋の前に集めた感染者達が次々に倒れ込んで行く姿を見て、思わず机を叩き声を上げた。
「飛奈!作戦は中止、戻って来て」
無線から聞こえる震える声で、動揺する姿が手に取るように分かったのだろう。すぐに動きを止めた。
「どういうこと?」
「感染者が全滅した」
「どういうことだよ!?分かるように説明してよ」
梨名が割って入る。
「恐らく水に薬を混ぜたんだろう。水を飲んだ奴等が次々と意識を失っていっているわ」
「見えたわ。なるほどそう言うことね。でも大丈夫よ。私達の作戦には何の支障もない」
元々、感染者達は私達の身の安全を確保するために使おうと思っていただけ、廊下に寝ているだけで十分役目は果たせる。
感染者達を背にしていれば、こちらに向かって発砲することは出来なくなるだろう。もし外してしまえば、後にいる誰かの命を奪いかねない。爆発だって同じことだ。この場に寝られていられたら容易に爆発なんて起こせなくなる。そう踏んだ飛奈は作戦を強行することを選択したようだった。
「出てきました!」
イヤモニから天衣の声も聞こえてきた。
「ちょっと!中止しない気なの?」
「敵が目の前にいるのに今更できるかよ」
今度は梨名の声だった。
水しぶきの向こうに目を凝らすとSPが物陰に隠れながら銃口をこちらに向けてきている。
梨名と天衣は近くのドアを壊し部屋に入り、相手を伺うように覗き込む。遅れて飛奈が合流してきた。
SP二人が銃口をこちらに向けながら交互に後退して行く。その時、感染者が倒れている部屋から三つほど奥の部屋から一人が顔を出した。
「華鈴、奥の部屋に1人見えるわ、見える?」
「ええ、見えてる」
「どういう事?部屋移動したの?それとも初めから別の部屋にいたの?」
「全員同じ部屋にいたのは間違いないわ。ベランダ側から移動したのでしょうね。いいから早く戻って来なさい」
私は何度も中止するよう伝えるが全く聞く気配はなかった。
私達は感染者が倒れている部屋の二つ手前にいる。拳銃が当たるような距離ではない。引くなら今、どうする?また何か企みがあるのだろうか?でも大分時間が掛かってしまっている、流石にそろそろ決着をつけたい。
全く引く気配がない飛奈の様子を見て、私は向こうに妙な動きがないか探ることにした。
「分かったわ。じゃあ、十分注意しながら、もう少し距離を詰めましょう」
感染者が間にいる以上、撃ってくる事は無いだろうと判断しそう指示を出す。
全員ベランダ側から移動せず、なぜ二人だけこちらに出て来た?注意を引きつけておきたかっただけか?
「梨名。スプリンクラー止めるから何か違和感を感じないか探ってくれない?」
「了解」
今まで水の噴出する音が耳鳴りのようにずっと響いていたが、その音が取り除かれ一瞬静寂が広がった。
が、また別の不快な音をマイクは拾ったようだ。音量を大きくし何の音か探ろうとする。
「何かしら?ファンのようなものでもフル回転しているような『グワングワン』という音が聞こえてくる」
「梨名、何か分かる?」
「ファン?とかなんじゃない?」
「換気扇でも壊れてんじゃないの?」
「飛奈、あなたにも聞こえるような音なの?」
「ええ、普通に聞こえているわよ」
「解析してみるから待機よ」
「えーっ!逃げられちゃいますよ。そんなに気になるような事なんですか?」
天衣の不満そうな声が聞こえてきたが、構わず解析にかける。
この時すでに飛奈達は感染者が倒れている位置にまで来ていた。相手は一番奥の部屋にまで移動している。
「一個じゃないと思う。幾つも音が重なってるから十個くらい?いっぱい何か回ってるんじゃないかな?」
梨名がそう補足してきた。
何か嫌な予感がする。言い知れぬ不安が襲って来る。何か企んでいるのは明らかだ。
今まで施設内でこんな音、鳴っていなかった。何か作為的な音なのだろう。
私は飛奈達から送られて来る映像、監視カメラの映像から何か不自然な動きはないかと注視する。
後退して行くときSPの一人が通路に置かれているペットボトルに視線を何度も向けている事に気が付いた。そのペットボトルは尾関という研究員が先ほど置いていったものだ。
近くに換気口が取り付けられてあり、それをガタガタと揺すっていたので取り外して脱出口になりえるかどうか確かめているのではないかと思っていた。
ガタガタと揺らした時、両手を使ったので持っていたペットボトルを床に置いた。そのまま忘れて置いていっただけかと思っていた。
その行動全て意味のあるものだったのだろうか?ファンのような音が響き渡ってる事と何か関連があるのだろうか?
「飛奈。やっぱり何か違和感を感じる。何か企んでいる気がする。戻ったほうがいいと思う」
「大丈夫よ」
私は強く止めることは出来なかった。向こうが何か企んでいるのかもしれないが、私の考えすぎかもしれない。
私は頭をフル回転させた。指を動かし続けた。何か明らかに普段とは違う事はないかと探った。
その時、音が聞こえてくる部屋は異常な程の電力を消費していることが分かった。ファンのようなものがフル回転し電力を消費させていることは間違いない。
しかし、ファンを回したところでどうなるというのだろうか?
疑問を抱いたまま今度はペットボトルの方を注視する。
何か細工が施されているのではないかと思い、通路に設置してある監視カメラの画像を拡大し補正を掛けペットボトルをクリアに映し出す。
中に入っている物はそもそもただの飲料水なのだろうか?ガソリンのような可燃性の物でも入っているのではないだろうか?思考を巡らす。
「何か固形物が沈んでる?」
粗い画像ではペットボトルの底の凹凸のようにしか見えなかったが、拡大し補正を掛けると何か金属質のようなものが沈んでいるように見えた。
更に拡大し補正を掛けその画像を取り込み人工知能に何かを予想させる。
「マグネシウム!?」
「ファンが回ってる?換気口の前に置かれているペットボトル?マグネシウム?」
それが何だと言うのだろうか?
マグネシウムは発火しやすい性質を持っている。そこに水が流れて行って触れてしまったら水と化学反応を起こし爆発を起こすかもしれない。
しかし量から考えて爆発は小規模、目眩し程度ほどにしかならないだろう。でも何か企みがあるのはこれで分かった。
「やっぱり、何か企んでるわ、早く戻って来なさい」
私は注意を促すため強めの口調で言った。
「どうせアイツ等、銃口向けて威嚇しているだけで撃って来ないですよ。突っ込んじゃいましょうよ」
「あらら、勇敢ねー、天衣ちゃん。目の前まで行かないと当たらないくせに」
「梨名さんよりは上手いですー」
「おー、言ったなー。じゃあどっちが先に当てるか勝負だ」
イヤモニから私の緊迫感とは対照的のお気楽モードの二人の声が聞こえてくる。
「コラコラ。真面目にやりなさい」
「リーダーがアイツ等の拳銃弾き跳ばしてくれたら、拳銃なんか無くたってあんな奴等は私一人で十分です」
そう言って力強く拳を突き出してきた。
もう、カメラ付いているんだから全部見えてるんだぞ。
アイツ等は何をやっているんだ?一人で焦ってる私がバカみたいではないか。
感染者がいる以上、そう簡単には撃ってはこないと思うが、数百メートル先の的の中心に当てられるような連中だ、いざとなったらきっと撃ってくるだろう。
何か銃を封じる手段はないものかと思案する。
そうこうしている間にどんどん後退して行っている。また立て籠られてしまう。1からやり直しになってしまう。
別の作戦はあるだろうか?もう感染者はほとんど残っていないだろう。イヤ、もしかしたら0かもしれない。
仕切りに中止を訴えているが、聞こうともしない、このまま継続で大丈夫なのだろうか?
くそっと、舌打ちした後、あれ?と思った。スプリンクラーを作動させたため、この周辺の感染者は、ほぼ全てここに集まったと考えられる。向こうもそう思っているだろう。
同じ手を使って部屋から追い立てることは不可能だろう。部屋の中に逃げ込んでしまえば取り敢えず目の前の危機は回避できる。時間を稼ぐことが出来る。それにしては向こうの動きが鈍くないか?そう思った。
私が思案している間に2人は競い合うように前進を続けていた。感染者を越え、今までアイツ等が潜んでいた部屋の前まで到達していた。
違和感を感じ2人を止めようとした次の瞬間だった。
「あのバカども、人の言うこと聞かないんだから。くそっ、間に合うか!」
私は素早い動きでキーボードを叩き始める。
明らかにおかしな動きをしている。
明らかに自分の方へ誘い込もうとしている。
SP二人は何か目で合図をしたような気がした。そして何かを押すような仕草をした。スイッチか何かだったのではないのだろうか。
何かを推したと思ったと同時に換気口が開き、前に置かれていたペットボトルが、吹き出す風圧で勢い良く倒れ中の物が飛び出した。
倒れた時、ペットボトルは明らかに不自然な割れ方をしていた。ペットボトルだ、ガラス瓶じゃない、風圧で倒れたくらいで割れる訳がない。
明らかに倒れたら壊れるように細工してあったのだ。
そして、換気口からは噴き出す風に乗り粉塵が舞い上がってきていた。
換気口から吹き出す風は濁っていて、粉状の物が入り混じり煙状の様相を呈していた。そして、換気口から勢い良く吹き出されてくる煙は、あっという間に周辺の視界を奪っていく。
煙幕のつもりなのだろうか?
しかし、今さら煙幕など張ったところで何の意味が有るというのだろうか?
そしてペットボトルから飛び出たものがジリジリと閃光を上げ始めた。
飛び出たものはマグネシウムで間違いないのだろう。
そこへ新たにペットボトルが投げ込まれた。地面に衝突したペットボトルは中に入っていた液体を吐き出し、吐き出された液体は閃光を放っている物体に近付いていく。
そして、次の瞬間だった、炎が上がったと思った後、爆発が巻き起こった。
「よし!見つけた!間に合え!」
全員の位置を確認し近くの防火シャッターを稼動させ安全装置を外し一気に降下させた。
それとほぼ同時だった。大きな爆発音が響き渡り顔をしかめ思わずイヤモニを弾き飛ばす。
響く耳鳴りに苦悶の表情を浮かべ、耳に手を当てながら全員の安否が気になりモニターを覗き込む。
モニターにはもうもうと立ち込める煙しか映ってなく、慌てて先程弾き飛ばしてしまったイヤモニを探しだし付随しているマイクに声を掛けた。
「飛奈!飛奈!無事なの?飛奈ー!」
何度も飛奈の名を叫んだが直ぐに応答が無かったので気が動転しそうになる。
「飛奈ーー!!」
「だ、大丈夫よ」
感情を抑える事が出来ず大声になってしまった後、そう聞こえて来た。
「ビックリしたー!何、今の?」
「イテテテテ、どうなってんだよ!」
梨名と天衣も無事のようだ。
私は手で顔を覆い天を見上げた。ふぅー、無事で良かったー。
おそらく、マグネシウムの可燃性を利用しそれを着火剤として、空中に舞い上がらせた粉塵を延焼させたのだろう。
聞こえていたファンのようなものは、粉塵を舞い上がらせるものだったのだろう。
実験室は研究中のウイルスや細菌が外に漏れでないように、または想定外に発生した人体に害を及ぼすガスを吸引しないように陰圧設備が整っていると聞いている。
そのために設置されているファンを利用したのだろう。
ファンを逆回転させ高圧状態を作り、ついでにファンの風圧で粉塵を空中に舞い上がらせ、換気口を開くと一気に外へと流出させる仕掛けを作っていたのだろう。
俗にいう、粉塵爆発というものを起こしたのだろう。
またまったく想定しない動きをしてきた。気化爆発の次は粉塵爆発ですか。想像以上の爆発だった。死んでしまったかと思った。
びっくりさせやがって。
でも、前回の事があっただけに、あの娘達を爆風から守る方法を探し、防火シャッターの位置は調べてあった。
そして、防火シャッターの強度のこともね。
煙が捌けていき視界がクリアになり、敵の動きが見えるようになってきた。
煙の向こうに現れた防火シャッターに、驚愕の表情を浮かべながらヨロヨロとシャッターに近付いていく者がいる。
「梨名、天衣、飛奈の方に走って」
「飛奈、聞こえてる?」
「ええ」
「あなたから見て、シャッター中央より左に42cm、下から134cmの位置。全弾撃ち込みなさい」
「了解」
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