第26話 幼い頃の飛奈

『ガタン、ガタン』


「有美ダメ、開かないわ」


 保乃は通路奥の非常階段へ抜けるドアノブに手を掛け、下げたり上げたりを繰り返し、ドアを押したり引いたりして後、私に向かって大きく手を振りそう言ってきた。


「ロックされてしまったんでしょうね。分かったわ行きましょう」


 全て電子制御されている最先端施設といっても、乗っ取られてしまったら何にも利点は感じられなくなってしまう。


 こういった時のテロ対策も考えるべきね。そう思った。


 C棟へと移動してきた私達は、ある部屋に身を隠していた。


 辺りに感染者はみられない。追い込まれたときのために逃げ道を探しているのだが、先手を打たれてしまったらしい。


 先程、女生徒達が非常階段から中庭に抜け出たことは知っているのだろう。それ故に、非常階段から出られないように電子ロックをかけたのだろう。


 非常扉は普段はホテルの部屋のドアのように、内側から開けようとするとすんなり開くが、外側から開けようとするとロックがかかり、開かないような設計になっている。


 今は解除キーを用いないとどちら側からも開かないように設定を変えられてしまったのだろう。


 テロリストからすると、電子ロックとは便利なものだ。システムを自分達の都合の良いように設定し直すことが出来る。


 その時、天井から水が排出された。


「えっ!何!?」


 水が排出される音が広がり、保乃は音に反応し声を上げた。


「スプリンクラーを作動させたようね」


「スプリンクラー?水が排出されているの!それってヤバいんじゃないの?」


「大丈夫よ。想定内だから、落ち着いて行動しましょ」


 私は急いで部屋に戻ると、そう声を上げた。


 いつの間にか全員からの信頼を集め、私がリーダー的なポジションとなってしまっている。


 保乃もすっかり私の指示を仰いでから行動するようになっていた。しかし、飛奈はいったい何を考えてこんな事をしているのだろう?

 なぜここまでの覚悟をもって行動をしているのだろうか?追い詰めれば結構簡単に諦めてくれるのではないかと思っていたが、そう簡単な話ではないようだ。



「ねえ、有美お姉ちゃん、何してるの?」


 あれは私が夜行性の動物を撮影したくて、動態感知付きのカメラを設置しようとしているときだった。


 構図にこだわりカメラを設置する位置を中々決められずにいると、そんな私を不思議に思ったのか飛奈はそう話しかけてきた。


 あの時は、純粋そうな目をして、屈託のない笑顔を向けてきていた。


「夜の動物さん達を撮りたいんだけどね。中々良い位置がなくて。ここの水辺によく来ることは知ってるんだけど、対岸からだとちょっと遠いし、こちら側だとおそらくお尻の方から撮影する構図になりそうだし」


「あの枝は?」


 困り顔をしている私に飛奈は笑顔で、一本突き出ている枝の方を指差した。


 水辺に覆い被さるように伸びている枝で、確かにあの枝から撮影出来れば斜め前からの構図となり申し分のない映柄が撮れることだろう。


「うーん、でもあそこは無理よ。とてもあそこまでは行けないわ」


「大丈夫よ」


 そう言うと飛奈は私の手からカメラを奪い取り、器用にスルスルと木に登りカメラを設置して戻ってきた。


「取り外したい時はいつでも言ってね。私が取ってきて上げるから」



 あの時の飛奈の笑顔は忘れない。


 自分の身の危険を顧みないで、無欲で人のために行動出来る娘がこんなにも変わってしまうものなのだろうか?


 絶対何か理由があるはず。私はそれを知りたい。誰かに弱みを握られ、脅されて仕方なくやっているのだろうか?飛奈が暴走している理由が知りたい。飛奈と話がしたい。



「有美ー、来たわよ!いっぱい来た!」


 外の様子を伺っていた保乃がそう声を上げた。


 水の音を聞きつけた、無数の感染者が部屋の前に集まりだしてきている。徐々に徐々に増えていき数に恐怖を覚える程へとなっていった。


「大丈夫よ。音立てないようにしゆっくりベランダ側から避難しましょ」


 自分を落ち着かせるためにも声に出してそう言った。


『ガシャーン!!』


 ゆっくり慎重に行動していたが、朱璃が転倒してしまい大きな音を立ててしまった。全員の目が朱璃に向いた後ドアの方へ向く。


「大丈夫よ。手は打ってあるから」


 ドアの外が何の動きもない事を確認すると私はそう言った。


「ちょっと!ビックリさせないでよ。ドアから感染者が入り込んで来るかと思ったわよ!」


「ごめんなさい」


「先生は本当にトロいんだから!」


 保乃と妃花留ちゃんに諌められ、朱璃は申し訳なさそうにしながら立ち上がった。


「でも、有美?手は打ってあるからってどうのって、どういうこと?」


 私の言葉は流されたかと思ったが、朱璃が不思議そうな目を向けそう質問してきた。


「こうなるかもと想定して、抗インフルエンザ薬をばら撒いといたのよ」


「どういうこと?」


「抗インフルエンザ薬はさっき全部使ったんじゃなかった?」


「取って来て貰ったのよ。さっき」


 グッドのポーズをしウインクして見せた私に視線が集まる。


「岡島さんに薬品庫に行ってもらって取ってきて貰ったのよ」


 C棟に移動している間にこっそり薬品庫に行ってもらっていたのだ。 


「じゃーん。抗インフルエンザ薬のドライシロップタイプー!」


 褒められると思って勢いよく空瓶を突き出したが、全員が『?』マークを頭の上に浮かばせているようで無反応だったので、少し恥ずかしくなってしまった。


「粉タイプの薬が大量に入手できたのでバラ撒いてやったのよ。感染者達は抗インフルエンザ薬を服用すると、睡眠に入るようだからドアの向こうにいる奴等はきっともう使い物にならないでしょうね」


「睡眠に入るって!そうなの?なんで言ってくれなかったのよ?」


 保乃は岡島さんと目を合わせた後、不満そうにそう言ってきた。


「確証がなかったのよ。今ドアの向こう側がどんどん静かになっていくのをみて確信したわ。恐らくこのタイプのインフルエンザを患った者は薬を服用した後、体の回復のため数時間睡眠に入る。しかも症状を発症後から服用までの時間が遅ければ遅いほど睡眠時間は長くなると思われるの」


「ひゃー!有美ちゃん本当にスゴいわね!改めてあなたの洞察力には感服するわ」


 朱璃は大袈裟なくらいの身振り手振りをしながらそう言った。


「昔からそうだったよね。動物の行動一つ一つに疑問を持ち、仮説を立てるのが得意だった。そして自分の仮説を証明する文献を見つけてきては自慢されたっけ」


 保乃も愕然としていた。

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