第十話
「保乃先輩何しているんですか?」
「証拠よ証拠、麻薬捜査官、交通課課長との繋がりになる証拠を分かりやすい位置に置いといて警察を呼ぶわ」
組織同士の抗争があったと通報して、分かりやすい位置に薬物が麻薬捜査官から流れてきていたこと、そして用済みになった人達は交通事故死だと装われて、殺されてしまっていたことを裏付ける証拠を残して帰りたいらしい。
「別にそんなことしないで、そいつらも殺っちゃえばいいじゃん」
梨名はそうさらりと言ったが一緒に証拠になるような物を探し始めた。
「保乃!?これってもしかして!?」
梨名に呼ばれ駆け寄った保乃にピアスを差し出していた。
「!!」
「見覚えあるでしょ?あの娘のつけていたピアスじゃない?」
そのピアスは1センチほどのチェーンの先に宝石があしらわれているようなデザインになっていた。手に取るとチェーンは安物、宝石はイミテーションだった。アクセサリーのいろはも分からない奴が高価な物と勘違いして奪い取ったのだろう。
あの娘が『すいません』と言って向きを変えた時、揺れていたピアスの残像が頭に蘇ってくる。
よく見るとその引き出しには、同じような安物のアクセサリーが無造作に詰め込まれていた。きっとこれを身に着けていた方々は、コイツらの横暴により無惨にも命を奪われ志半ばで無念の旅立ちをした事だろう。
その一つ一つにどんなドラマがあったのかと思うと胸が張り裂けそうになってくる。
「だから、殺っちゃったほうが早いんじゃないの?」
思い詰めている様子の保乃を見て飛奈はそう言った。
「刑務所に送られた警察官は他の囚人からどんな扱いをされるか分かる?陰湿な嫌がらせを受け、ストレスの捌け口になって精神崩壊するのがオチよ。まさに生き地獄ってやつね」
「まあ保乃先輩がそうしたいって言うならそうするけど、証拠残していっても石井康静までは捜査の手は伸びないわよ」
「分かってるわ」
華鈴が適当な音声を作ってくれ、警察に通報すると次々とパトカーが集まってきた。救急車も到着し警察車両はどんどん増えていく。時々怒鳴り声が響き渡っていて、状況が緊迫していることを伝えていた。
警察組織はこの不祥事をどこまで詳細に捜査してくれるだろうか、せめて裏切り者だけでも吊し上げてくれるといいのだが、、。
野次馬に紛れ捜査状況をしばらく眺めた後、あの娘のピアスを大切に携え梨名と共にあのアイドルカフェへと向かった。昼間に来た時は老朽化が目立つビルが建ち並びどちらかというと侘しい感じの通りだったが、夜間になると煌びやかなイルミネーションが至る所に施されていて美しい通りに変貌していた。
きっとこの地区の人達が少しでも前向きに生きていこうと、努力している証だろう。古くなった建物を少しでも煌びやかに見せようと努力している証なのだろう。寂れていく街並みの不安感に付け込んで、性根の腐った人間が入り込まないことを祈るばりだ。
あのママさんはまだご存命だろうか?憔悴ぶりから自分の命を無下にしていないといいのだが、昼間来た時と同じく階段を降り、突き当たりのドアを開ける。受付カウンターには誰もいなかったが、私達が入ってきた事に気づいた小柄な女性が対応に出てきた。
「まだ営業再開できるかどうか分からない状態でして、、」
そう告げてきたがママさんの知り合いだと告げると奥へ案内された。中に入ると数人の女性が掃除しているようだった。
「あなた達!無事だったのかい!心配してたんだよ!」
私達の顔を見るとママさんは驚いた表情を浮かべ、こちらに近づいてきて私達2人を抱き寄せた。無事かどうか心配していたのはこちらの方なんだが、、。
もう全て投げやりになっていたが、従業員達が集まってきてくれまた一緒に頑張ろうと言ってくれたので、少しは前を向いて生きていこうか悩んでいたところだとか。
「すいません。これしか取り返せなかったです、、」
そう言って私は徐にピアスを取り出し差し出した。
そのピアスを見たママさんは口を押さえ、大粒の涙を流し崩れ落ちた。ひとしきり咽び泣いた後、私からピアスを優しく受け取ると胸元に抱き寄せ、、。
「もう絶対一人にさせない、もう絶対寂しい思いさせない」
そう言って泣き続けた。
周りにいた従業員達も状況を察したのか、集まり次々とママさんに抱きついていった。この悲しい光景を作った元凶の松木は殺ったが、根源を絶った訳ではない、頃合いを見計らい出て行こうとすると、、。
「今度ゆっくり飲みにおいでよ奢るからさ」
と言ってきた。
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