第二十三話

 全員が動かなくなっている事を確認すると二酸化炭素の注入を止め、換気扇を回す。これから部屋に侵入する飛奈達も酸素欠乏症になってしまっては大変だからだ。頃合いを見計らい合図を出す。

 通常我々は酸素濃度21%前後の中で生活している。18%が安全の限界と言われていて、14%を下回って来ると意識がもうろうとしだし判断力が低下してくるそうだ。 そして10%になってしまうと意識が消失してしまう。全員動かなくなっていることからも10%に近い値になっていると思われる。

 一応ガスマスク姿に酸素ボンベを持たせた格好で潜入させる。飛奈が安全の確認のため部屋の酸素濃度を測定すると20%近くまで改善してきていた。

 後の2人を手招きし部屋に誘導する。中のアイツ等は今のところ身じろぎひとつない。酸素濃度が戻ったとはいえそうそう直ぐには意識は戻らないだろう。それほど大きな部屋でもない。ゆっくり進んでも意識が回復する前に坂口の前に行き着くことなど容易いことだろう。一人でどんどん奥へと進んで行く。2人は後方支援。銃を構え部屋の中に動きはないか注視する。坂口の姿を見つけ銃口を突き付けようとしたその時だった、、。



「動かないで!」


 急に立ち上がった柴村保乃が先頭で進んでいた者の首元にナイフを突き付けそう叫んだ。


「あなた達も銃を下ろしなさい」


 体を反転させ2人の方に向きを変え、自分の体が隠れるようにしてそう叫んだ。2人は観念したのか銃を下ろし床に投げ捨て、抵抗の意思はないと証明するため両手を上げた。それを見た有美、朱璃、女生徒達、そして坂口がゆっくりと立ち上がる。


「騙し討ちにする手筈だったみたいだけど。上手くいかなかったわね。飛奈、観念しなさい。今回の事全部話してもらうわよ」


 首にナイフの感触を感じたので観念したのだろうか、素直に抵抗する事なく銃を捨て、手を上げた。


「さあ三人を拘束して!」


 保乃がそう言った時だった。目の前にいる二人は『ぷっ』と吹き出した後、大声で笑い始めた。


「動かないで!」


 なぜ急に笑いだしたのだろう。そんな疑問を抱いていた時、上げている手を下ろそうとしたのでそう叫んだ。二人は何もしないわよとアピールすると、徐にガスマスクに手をかけ外した。


 外して見えてきた顔に驚愕する。目の前には飛奈の顔と浅黒の肌をした女が立っていたのだ。では飛奈だと思ってナイフを突き付けているこの女は誰だというのだろうか?女はゆっくりとガスマスクを外す。見えてきた顔は冷たい目をした女だった。


「その娘は天衣といってね。格闘技が鬼神のごとき強さなの。一度手合わせしているから分かるでしょ。天衣ならその状態でもあなたの事投げ飛ばせるわよ。保乃先輩、、あなた、ぜんぜん有利な状況ではないわよ。むしろ身動きが取れなくなってしまったのは、、」


「あなたの方」


 勝ち誇ったかのようにそう言ってきた。確かにそうだろう。背筋が凍りついた。ナイフを突きつけている腕を取ってくるか、頭突きをしてくるか、それとも足を使ってくるか、、読めない、、私はここに釘付けになってしまった。

 失敗だった、、先頭にいて指揮を取っているように見えたので、てっきり飛奈だと思い込んでしまった。


「やってみないと分からないでしょ」

 その時出来る精一杯の虚勢だった。


「そいつは挑発すると動きが単純になるわよ」

 その言葉を発した浅黒の女の方を睨みつける。


「もう諦めた方がいいんじゃない?」


 『ガシャッ』と、音がし私の背中に何かが突き付けられる感触がした。どういう事だというのだろうか?敵がもう一人いたというのだろうか?いいや、この声には聞き覚えがある。この声の主はまさか!?聞いたことが有る声が私に向かってそう言ってきた事に心の動揺を隠せなかった。


「妃花留ちゃん!ど、どういう事??」


「あなたも動かないで」


 妃花留ちゃんの理解し難い行動に驚き駆け寄ろうとした時、流唯ちゃんが間に割って入って来て片手を突き出しストップのポーズをし、これ見よがしにもう片方の手でスタンガンをかざしてきた。


「妃花留ちゃん!流唯ちゃん!ど、どういう事??」


 有美と朱璃は信じられないくらい目を泳がせ流唯ちゃんを見つめる。何が起きているのか理解出来なかった。と、いうより理解したくなかった。

 感染者から身を守るために二人に持たせたスタンガンが、私達に突き付けられるなんて何が起きているのか訳が分からなかった。


「全て作戦だったんだよ」

 天衣は私の腕を外すとそう言いながら飛奈の方に歩み寄って行った。


「つーか、テメー等やってくれたよなー。マジで死ぬとこだったぞ」

 浅黒の女が妃花留ちゃんに向かってそう叫んだ。


「ごめんなさい。でもどうせあなた達、殺しても死なないでしょ」

 妃花留ちゃんはそう返す。


「ふざけんな!死ぬわ!」


「生きてるでしょうに」


 私の存在を無視し言葉が交わされていく。私を越えて言葉が交わされていく。浅黒の女と妃花留ちゃんが知り合いかのように言葉を交わしている。その姿に心のざわめきを押さえられない。妃花留ちゃんはテロリストの仲間なの?

 私の知らないところで何が起きているか理解が追いつかず、頭がショートしてしまいそうだ。話がぜんぜん見えてこない。浅黒の女は梨名という名前らしい。あなた達は知り合いなの?仲間なの?


「しっかしあなた達、何で無事なのよ。この部屋は二酸化炭素で満たされてて呼吸もままならなかったはずよ」


 罵り合いを続けている二人に飛奈が割って入りそう言うと、流唯ちゃんは部屋の片隅を指差した。そこには酸素ボンベが数本転がっていた。


「そういうことか!」


 飛奈がそう反応したのを確認すると流唯ちゃんはもう片方の片隅を指差した。そこにはろうそくの火が揺れ動いていた。


「ろうそくに火をつけてね、その火が小さくなったら皆で寝たふりをしようって手筈になっていたのよ。その時酸素ボンベの栓を外し部屋の酸素が薄くなりすぎないように調節してね」


「二酸化炭素の事なんて打合せしてないのによく分かったわね」


「有美さんがね。色々機転が利くのよこの人は。今回だけじゃなく最初から部屋の中に立て籠るときは酸素を無くされることも想定していた方がいいって言ってて」


「それだけじゃないのよ。隣にケージがあるでしょ。小動物はガスに敏感だから異常が見られたら換気しましょうとか。スマホはどうせ使えないんだから電源切っておきましょうとか。でもマイクで音は拾っているかもしれないから、重要なことは筆談にしましょうから、部屋にあるパソコンは電源抜いておきましょうとか。でも全て使えなくなっていると怪しまれるから、何台か生かしておいて生きてるパソコンのカメラの方向に注意しておきましょうとか」


「まあ、あれよあれよと凄い事、凄い事。機転が利くというのか頭の回転が速いというのか、途中からのリーダーシップには驚かされっぱなしでした」

 そう言いながら両手を広げ少し上げ、お手上げのポーズをした。


「邪魔だから何度も消そうと思ったけど、飛奈さんに止められていたからしなかったけど、した方が良かった?」


「消そうと思ってたって私の事を!?」

「そうよ」


 女子高生に消されるような恨みを買うことなど全く想定してなかったのだろう。有美の表情は驚きで包まれていた。


「その子はね、この施設で訳あって声帯の治療をしていたの。そしたら自由に声色を変えれるようになってね、この施設で研究の継続を強要されていたの。自由にさせてくれないあなた達施設の人をずいぶん恨んでいたみたいよ」


「そんなー、でもだからって、、」



「液体窒素も粉塵爆発もこの人の考案よ。ごめんなさい止められなくて」

 まだ話がしたそうにしていた有美を、遮るように妃花留ちゃんは話し始めた。


「ごめんなさいに全然気持ちがこもってないんだけど」

 こっちは死ぬところだったのにと思ったのだろう天衣は冷たく言った。


「いやいやそんな報告無かったよね?」

 そう言って梨名は妃花留、流唯ちゃんの方に目を向けた。


「私たちが戻った後からスイッチが入っちゃったみたいで、、ごめんなさい」



『まさか!志願して正面玄関に行ったのは、私達の現状を報告に行ってたの?』



「今回も相手を引きつけておいて人質をとって交渉した方がいいと思うから、向こうの作戦に引っ掛かった振りしましょうとか言っててね」


「やっぱり、有美先輩はすごいなー。相変わらずあなたの鋭い洞察力には感服するわ。華鈴の奴がしてやられるわけだよ。でも最後は華鈴の読み勝ちだったわね」



「教えて飛奈。あなたなぜこんな事してるの?」

 飛奈の言葉に有美は表情一つ崩さず鋭い目で見つめたままそう言った。その問い掛けに軽く笑った後、飛奈はポツリポツリと話始めた。


「こんな事してるのって、私達が悪い事をしているとでも思っているの?」


「人を殺して、人を混乱させて悪い事じゃないとでもいうの?」


「ホント何も知らないってめでたいよねー、分かったわよ説明してあげる」

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