第23話 中庭の攻防
私の名前は元木流唯。
妃花留と知り合ったのはこの施設で治療を受けている時だった。私は声帯の方で、妃花留は目の方の治療を受けていた。
治療を続けるためにこの美郷村に移住してきたのだが、決めた最大の理由が妃花留がいたからだ。
気の合う同世代の娘がいるから私は安心して美郷村に移住することができ、地元の高校にも直ぐに馴染むことができた。
妃花留とは毎日一緒にいる。妃花留と一緒ならなんでもできる気がする。一緒に出入り口までちょっと散歩するだけ、そんなに深く考える必要なんてない。
私達は非常階段を下り、地上に降りて中庭を抜け正門へ向かう事にした。
通路を行って挟み撃ちにされてしまうよりは、中庭を行った方が四方八方に逃げる事が出来るだろうと考えたからだった。
階段を音が響かないようにゆっくりゆっくり下っていく。
「大丈夫、大丈夫。お化け屋敷みたいなものよ」
「何それ〜。朱璃先生?」
私は人の声真似をするのが得意だ。
妃花留が私の手をギュッと力強く握ってきているので、緊張していると思い、リラックスさせるため先生の声真似をしながらそう言ってみた。
「ちょっと~、笑わせないでよ。声だしちゃダメって言われたでしょ」
妃花留も朱璃先生っぽい口調で言い返してきた。
私はまだまだ甘いなと返す。
私の言葉に妃花留は当たり前でしょ。との意味を込め私を叩いてくるような仕草をしてきた。
「何点くらいだった?」
「10点くらいかな」
私がそういうと不服そうに口を尖らせてきて、睨みつけてきた。
「ウケるー!初めて会った時のチョウさんみたいな顔だし、声真似じゃなくて、顔真似の方がいけんじゃん」
妃花留はそんな事ないです。と言って全否定してきて、再び打とうとしてきた。
そんなこんなしていると地上が見えてきて、最後の階段を下りきり、取り敢えず無事に地上に降りる事が出来たと目を合わせ安堵の表情を浮かべる。
その時、ふと階段の影の方に視線がいってしまった。
何の意識もせずにそちらに視線を向けてしまった。そこに踞っていた男と目が合ってしまった。目が合った瞬間、全身を鳥肌が駆け巡った。
死んだ魚のような目をしていた男は次の瞬間、目に精気が入ったような輝きを示し、こちらに飛びかかって来た。
私は妃花留を突き飛ばすと襲い掛かって来る男を押し返そうとするが、当然私の力では坑えるはずもなくその場に押し倒されてしまった。
覆い被さってこようとする男を、腕と足をバタつかせ追い払おうと必死の抵抗をする。
突き飛ばされた妃花留は一瞬何が起きたか分からないような表情を浮かべたが、異変を感じ取ってくれ、近くにあった棒を拾い男に殴りかかってきた。
しかし、男は何度殴られても微動だにすることなく、こちらへの襲撃を止める気配はない。
「水よ、水!」
私にそう言われ、『はっ!』としリュックからペットボトルを取り出すと男に投げつけた。
ペットボトルは男にぶつかって点々と転がる。男は一瞬、ペットボトルの方に視線を逸らしたが再び襲い掛かって来る。
腕を伸ばし転がるペットボトルを拾い上げると、フタを開け強く握り中の水を顔に吹き付けてやった。
そこでようやく私から手を離し、顔についた水を手のひらで拭う。そして、濡れた手のひらを夢中で舐め始めた。
「うげーっ!気持ち悪っ!」
人が普段する事がないような不気味な動作に不快な表情を浮かべる。
妃花留もこの不快な光景に不安になったのだろう後ろから抱きついてきた。
「ありがとう。私を守るために突き飛ばしてくれたんでしょ」
「もー!妃花留はー!フタ閉めたままペットボトル投げつけたって意味無いでしょ」
「ごめん、ごめん。急だったから、つい」
まったく!肝心な時に天然を発揮してくれる。
でも何もなかったから本当に良かった。私は頭や服についた砂埃を払いながら立ち上がる。
「早速、水使っちゃったね」
水の減ったペットボトルを見ながら言った。
「大丈夫だよ。水ならいつでも補充出来るし」
そう言って近くにあった水道の蛇口を無意識で捻ってしまった。
「ちょ、ちょっと!それ、ヤバくない!?」
蛇口を捻るのを咎めてきたが、一瞬何を言っているのか意味が分からなかった。
その場に水が打ち付けられる音が鳴り響く。
次の瞬間、物陰からわらわらと感染者達が這い出てきた。
「嘘でしょ!!」
周りはあっという間に感染者達で覆い尽くされてしまった。
人とは思えない不気味な動きに恐怖を感じ悲鳴を上げそうになるが、朱璃先生に言われた言葉を思い出しグッと堪える。
悲鳴を上げてしまえば此方に注意を向けてしまうかもしれない。妃花留も口を抑えながら私に抱きついてきた。
私はその手に手を重ねた。一人じゃなくて本当に良かった。お互いの存在を心強く思う。
「大丈夫。狙いは水のはずだから、ゆっくりこの場から離れましょ」
目を合わせないように注意しながら、ゆっくりゆっくり後ずさりする。
感染者達は今までと同じく、水の場所を確認すると急に俊敏になり蛇口の方に駆け出していく。
私達二人は目を伏せるように頭を抱え縮こまる。
何人か私達の体にぶつかりつまずく者は出たが、集団を無事やり過ごすとゆっくり立ち上がり、奴らの動きに注視しながら後ずさりして行く。
蛇口に向かって我先に群がりだした感染者達は、前にいるものを突き飛ばしたり、飛びかかったりの取っ組み合いが始まりだし、次から次から増えて重なっていく。
「いやー、もう、マジ無理。エサ場に群がるハイエナかよ!」
妃花留のことを『天然なんだから』と、嘲笑ったところだったのに自分も天然を発揮してしまった。
日常の何気ない動作で蛇口を捻ってしまった。それがいけないという事がすっかり頭から消えてしまっていた。
「ちょっと、流唯!水、出しちゃダメでしょ」
妃花留は首を左右に振り、周りに感染者がいないことを確認すると、キツめにそう言ってきた。
「ごめんなさい」
その指摘にぐうの音も出なかった。
自分のうかつな行動で招いてしまったピンチに背筋の凍る思いをしてしまった。妃花留にも申し訳ない事をしてしまった。自責の念が込み上げてくる。
私達はそのままゆっくりゆっくり後ずさりしていると、何かにぶつかり転倒してしまった。転倒した原因は階段の下にいた先程の男のせいだった。
男が腕を振り上げる。
先ほど襲われた時の恐怖感が蘇り、体が強張ってしまい思うように動いてくれない。『駄目だ、やられる』と、思った次の瞬間、男は私達には目もくれず腕を振り上げたまま蛇口の方に向かって走って行った。
「はぁー、なんか、助かった」
「いや、もう、マジ無理なんですけど」
まだ出発して間もないというのに、お互いにもう既にクタクタになってしまった。『正門まで行きます』と、カッコつけて言った事を後悔する。
こんな状態で無事に正門まで行けるのだろうか?
だからといって今さら後戻りも出来ないので、覚悟を決めお互いに身を寄せ合いながらゆっくり歩を進ませる。
蛇口に感染者達が群がっているお陰で、この周辺には人の気配は感じられない。
今のうちにここを抜けてしまおう。
「結果良かったんじゃない?」
私がそう言うと調子に乗るなという意味なのだろう。小突かれてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます