最終話

「覚えてる?私の父親が何の職業をしていたか?」


「何って、駐在さんでしょ。飛奈のお父さんには村中の人がお世話になっていたわ。知らない人なんていないわよ」


「そうね。私の父はこの小さな村の駐在所で警察官をしていたわ。いつもは優しい父だったけど厳しいときもある、正義感の強い父親だった」


「正義感が強く悪いことは絶対に許さない、そんな厳しい父親に育てられた私も正義感が強い娘だった」


「だったら何でこんな茶番劇を!?」

 私がそう言ったので飛奈は有美からこちらに視線を移し話を進める。


「私が村を出て自衛隊に入って間もなく、父と母が事故に合ったとの連絡をもらい私はこの村に戻った」

 あまり思い出したくない記憶なのだろう。飛奈の言葉の歯切れが悪くなる。


「即死だったそうよ。私は両親を一気に失ってしまって悲壮感に包まれ、真っ暗闇に叩き落とされた気分になったけど。父にお世話になったという村の人達が何人も訪れ、励ましてくれ、何でも力になってやるから頑張れと言われ、前を向き生きていこうと心に決めた。そんなある日の事だった。私は両親の遺品を整理していると興味深いものが出てきたのよ。それは小さな黒革の手帳だった。そこにはこの施設の裏情報が、疑惑がびっしりと書いてあったのよ」


「その手帳を見た時、父の死は事故じゃないのかも、何らかの陰謀に巻き込まれたのかもと思って、この施設の事を調べる事にしたの。危険かもしれないと思ったけど父の身に何が起きたのか知りたかったし、何か自分がやらなければいけないような、使命感のようなものを感じ覚悟を決め調べることにしたの」


「はじめは全く手がかりが掴めないでいて八方塞がりになっていたけど、諦めず何か突破口は無いかと思案していたとき梨名に出会ったの」


「梨名はこの施設から逃げ出してきた娘だった。梨名の話を聞いたとき私は確信したわ。この施設は何かを企んでいるって。そしてそれから間もなくして華鈴に出会ったの。ハッキングの出来る華鈴は私が血眼になって調べても、何も得られなかった真相をあれよあれよという間に暴き始めたわ」


「はじめはまともな施設みたいだったけど、梨名のような成功例が出てからはどんどん許されぬ人体実験を繰り返すようになっていたそうよ。全国から個人の事情で戸籍を売ってしまっているような人や借金まみれで首が回らなくなっているような人を集めてね」


「梨名のような成功例がって何の事よ?」


「梨名はね突発性の難聴を患って、聴力がほぼ消失してしまったのよ。その新しい治療方法の実験体としてこの施設に来たの。梨名の他にも何人かいたらしいんだけど成功したのは梨名だけ。梨名は成功例としてこの施設に残ることを強要されていた」


「実験体だなんて人聞きの悪い言い方止めて。それって新しい治療方法開発のための臨床試験の事でしょ」


 有美が興奮ぎみに言い返す。この施設の職員としては人を実験体という言い方には納得がいかなかったのだろう。


「いいえ。実験体、人体実験よ。そう言った方が表現としてはピッタリなのよ」


 どういう事だというのだろうか?反論したそうにしている有美を制止し、ここはひとまず続きを聞くことにした。


「臨床試験は人命を尊重し細心の注意を払いながら行われるものでしょ。でもここの臨床試験は違う。はっきり言って人体実験。人命なんて尊重せず迅速さと結果が要求されている実験」


「そんな事は絶対に無いわ。私もこの施設で研究している研究員だけど、そんな事があるなんて全然知らないわよ」


「そこにいる所長が全て知っているわよ」

 激しく反論する有美の言葉をサラリと流し坂口所長を指差す。


 全員の視線が坂口所長へと集まる。坂口は視線を反らし、反論しようともしなかった。今さら反論しても無駄のようだとでも思ったのだろうか、その立ち振る舞いに誰もが疑惑を抱いた。


「そうだとしても、ここまでの暴挙をしていい理由にはならないわ」

 有美は坂口の疑惑の反応に反論するのを諦めてしまったようなので私がそう言い返した。


「保乃先輩、あなた本当に大沢が何しているか知らなかったの?」


「ど、どう言うことよ?」


「警護する立場のあなたなら、何かしらの情報掴んでいたんじゃない?」


「・・・・」


「本当に何も知らなかったのかよ!能天気な奴だなー」

 困惑する保乃の表情を見て梨名が口を挟んできた。


「だからどういうことなのよ?」


「大沢はね、企業を脅迫してたのよ」


「えっ!」


「こりゃー、マジで知らなかったみたいだね、コイツ、アホだなー」

 呆れた反応に天衣も口を挟む。


「保乃先輩、もし視力を回復させる治療法が見つかったとしたらあなたどうする?」


「えっ!どうするって、、」

 返答を待っていたら時間が掛かりそうなので話をどんどん進める事にした。


「失明した人が見えるようになる、視力低下した人を回復させる事ができる、老眼がなくなる、、もしこんな治療法が確立したらどうなると思う?」


「どうなるって悩んでいる人が救われるって事じゃない、それの何が問題なのよ」


「それを大沢は脅迫に使ったの」


「全然分からない、それがなぜ脅迫に使えるのよ?」


「メガネ業界、コンタクトレンズ業界は世界規模でどれだけの需要があるか知ってる?もしいらない世の中が来たらその業界はどうなるか分かる?」


「!!」


「大沢はその業界を脅したのよ。新技術を発表されたくなかったら毎年多額の企業献金しろってね」


「!!」


「すごくない?世界中の多くの人が救われる治療法を恫喝の道具にするなんて」


「あ、な、たはそんな人間を守っていたのよ、あ、な、たのチームはそんなクソ人間を守っていたのよ。自分達の職務を全うするためと称して最低のクズを守っていたのよ」


「救われる可能性のある弱き人を無碍にしている、クズの身の安全を守っていたのよ」


「いや、そ、それはいくらなんでも詭弁なのでは、、」

 反論する言葉を失っていた保乃の代わりに、有美は苦し紛れにそう言った。


「視力が無くて苦しんでいる人が世界中にどれだけいると思っているのよ。視力を失って苦しんでいる人がどれだけいると思っているのよ。その気持ちを無碍にして自欲を優先させる人間を守るなんて、あなた達の行為は鬼畜の所業よ。あなた達の行為は万死に値する」


「もう一度聞くわよ。あなた本当に大沢の企み知らなかったの?あなたのチームは本当に知らなかったの?あなた達は何を守っていたの?」



 私は知っていた、大沢拓郎に黒い噂がある事を、、知っていて目を瞑っていた、、他の部署の仕事だからと見て見ぬふりをしていた。でもまさかここまでの事をしていたとは、、。信じ難い事実を突きつけられ、私は茫然自失となってしまった。


 この施設は失明者、難聴者の治療方法の確立を目的にしていたんじゃないの?演説でいつも言っていたでしょ、、。



「それだけじゃ無いわよ。もし視力、聴力を常人以上にすることが可能になったら?意図的に超人を造れるようになったらどれだけの需要が見込めると思う?」


「理性を失った人間をコントロール出来るような技術が出来たらどれだけの需要が見込めると思う?」


「もしかして!?大沢は今回のインフルエンザウイルスを使って何か企んでたの?」


「理性を失った人間を思い通りにコントロール出来るようになったら、最強の生物兵器になると思わない?」


「しかもその人間は薬を使えば元通りにしてあげることが出来ると知ったら、なおさら対処法に困る事になるでしょうね」


「今回の私達のように?」


「そう。今回はこの施設内で影響を抑えてあるけど、これが一つの国の中で起こったらどうなると思う?」


 国中で理性の利かなくなった人達が暴れ始めたら?それが感染症だと知ったなら?薬を飲めば治る人だと分かったなら?


「もしかして、これから起こることを暗示してやっていたっていうの?」


「ええ」


「パクさんは近々国に帰る予定だったみたいよ」


「!!」


「最近あの国と仲悪いしねー」


 まさか!!パクさんの体内にウイルスを潜ませ帰国させるつもりだったとでもいうの?今回私達が経験したことが一つの国で起こっていたかもしれないという事なの?そこまでの事しようとしてたの?


「国の中枢にいる連中は自分が世の中を動かしている、自分を中心に世の中が動いていると勘違いし、増長し、多くの人達がいる上でこの世の中が成り立っている、支えられているとは考えてない。自己の都合の良いように他人を扱い、服従させ、あまつさえ命すらも自由に出来ると思っている」


「自分の行為により、踏みにじられる人々がいることなど考えもせず。自欲のため願望成就の為、最低の行為を繰り返す」


「保乃先輩、あなたはそんな奴を守っていたの、あなたのチームは最低最悪のクズの手助けをしてたの、だから葬ったの、あなた達は私達のこと悪だと思って戦っていたのでしょうけど、悪と戦っていたのは私達の方よ」


「自分達の行為を職務と偽って、正当だと偽って悪に加担していたのよ。あなた達の行為は許されるものじゃない」



「でも、私は許される方法を知っている。あなたの犯した罪を帳消しにする方法を知っている」


 そう言ってその場に転がっていた銃をこちらに蹴飛ばして来た。


 その言葉を聞いた私は全身に衝撃が走った。私が目を瞑っていたばかりにどれだけの人が食い物になっていたのだろうか、どれだけの人が不幸になっていたのだろうか、明るい未来があったはずなのにたった一人の権力者のために、、。

 

 銃を拾い上げ、フラフラと歩き出し坂口の前まで行く。そして、『バン、バン、バン』と、三発の銃弾を発射した。血飛沫が舞い上がり私の体に浴びせかかる。


「私も連れてってあなたが見ているその先に、、」

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