第24話 正面口
私の名前は稲森妃花留。流唯とはクラスメイトだ。
窮地を脱ししばらく中庭を進んでいくと、岡島さんの姿が見えてきた。岡島さんは器用にロープを使い上の階へと登り上がって行く。
柴村さんと野間さんの姿は見当たらない。もう向こう側の建物の中に飛び込んで行ってしまったのだろうか。
私達の存在に気付き幾分驚きの表情を見せたあと、こちらにグッドのポーズをして来た。
私達も無事を祈ってグッドのポーズを返す。
岡島さん達の行動に勇気をもらい、私達も一気に中庭を抜け建物の前に到達した。
この先の通路を抜けると、チョウさんに襲われたエントランスに抜けることが出来る。そこから外に出れば正門は目の前だ。
しかし、チョウさんに襲われた時の恐怖が甦ってきて、なかなか中に入る扉を開けることが出来ない。
耳を当て扉越しに中の様子を伺う。
「何も聞こえないわね。行くよ?」
流唯の問い掛けに私は軽く頷いた。
覚悟を決めゆっくりゆっくり様子を伺いながら扉を少しずつ開ける。中からヒンヤリした空気が流れてきて全身に震えが走った。
ヒンヤリした空気により恐怖心が煽られ身体が縮こまる。覚悟を決めたはずなのに身体が硬直し動かなくなってしまう。
通路の明かりも先ほどより幾分暗いような気がし、恐怖心を煽ってくる。
その時、白いものが飛び出てきた!?
「!!」
「ふ、風船!」
白い風船が飛び出てきて目の前を点々と転がっていく、、。
「誰だよっ!こんなところに風船置いたのっ!しかも白ってっ!!」
流唯が怒りの声を上げる。
もし目の前に『自分が風船を置きました』と、名乗り出る者がいたら、殴らずに我慢出来るか保証できない程の怒りが込み上げてくる。
現在のこの状況では冗談でしたでは済まされない悪戯になるだろう。本当に心臓が止まりかけた。まだ鳥肌が引いてくれない。
まだ腰砕けになりその場にへたり込んでしまっていて立ち上がる事が出来ない。
「妃花留、大丈夫?」
私の絵に描いたような見事な腰砕けっぷりを見て、流唯は怒りなど忘れ、笑い必死で堪えながらそう声を掛けてきた。
私は頬を赤らめながら軽く手を上げそれに答えると、締まりのない顔をしたまま立ち上がる。
せっかく岡島さんに勇気を貰ったというのに出鼻を挫かれた気分だ。この怒りどこにぶつけたらいいのだろうか。
皆んな頑張っているのに、私ってホント、ダサい、そんな思いが込み上げてきてこのままではいけないと思い両手で顔を叩き気合いを入れた。
「よし、行くよ!」
と言って中に飛び込んだ。
視線を奥の方まで走らせるが、人の気配は感じられない。
一気に通路を突き抜けるつもりだったが、両脇に幾つも並ぶ扉から言い知れぬ恐怖を感じ、気後れしてしまいなかなか歩を進ませる事が出来ない。
いつ感染者が扉から飛び出てくるか分からないとの恐怖心に煽られ尻込みしてしまう。お互いに身を寄せ合い覚悟を決め、ジリジリゆっくりと進んで行く。
流唯がいてくれて本当に良かったと思う。自分一人ではとても進めなかっただろう。朱璃先生だったらサクサク進んでいたのだろうか?
あの性格だからきっとサクサク進んでいたに違いない。私の方が適任だとか言ってしまった自分を恥ずかしく思う。
一つ目の扉を過ぎ、二つ目の扉を過ぎる。
ここまでは特に何もない。幾分落ち着いてきて進む歩が早くなる。
三つ目の扉を過ぎようとしたとき右側の扉がゆっくりと開いてきた。感染者が飛び出して来た時のために流唯はペットボトルを取り出す。私は後方に逃げても問題ないか振り向き逃げ道を確認する。
しばらく様子を見ていたが何も変化が起こらないようなので、ゆっくり様子を見ながら歩を進ませた。
扉は一人で開いてしまっただけなのだろうか?
ゆっくり進み、前まで来ると中を覗き込んだ。覗いてから覗かないで一気に通り過ぎてしまえば良かったと思った。
中には死んだ魚のような目をした感染者が座り込んでいたのだ。そして、今までの者達と同じように目が合った瞬間、目の中に光が点り此方に襲い掛かってきた。
その時、急に大きな爆発音が辺りに響き渡った。
その爆発音に感染者の目線が逸れ、注意がそれた。その隙をついて私は勢いよく扉を閉めると流唯の手を引きエントランスに向かって走り出した。
エントランスに出ると壁に背を付け通路側の様子を伺う。幸い感染者は追いかけて来てはいないようだ。
ホッとして胸を撫で下ろす。
そこで耳がキーンとなっていることを認識し顔をしかめる。この耳鳴りは先程の大きな爆発音のせいなのだろうか?
私達が元いた場所の方から聞こえてきた。何が起こったというのだろうか?朱璃先生達は無事なのだろうか?
しばらく耳を押さえていると籠ったような耳鳴りのような感じは落ち着いてきたので、『先に進もう』と声をかける。
皆はきっと大丈夫。むしろ一番ヤバイのは私達の方。皆んなに良い報告を持って帰るために私達の今やらなくてはいけないことは先に進む事。
『ギュッ』と、流唯の手を握ると向こうも手を力強く握り返してきた。
先程の爆発で電気の配線が切れてしまったのか、天井の照明が次々と消えてしまっていく。
エントランス内の電気は全て消え、窓からこぼれる明かりだけになり、薄暗い不気味な雰囲気となってしまった。
エントランスからは私達が来た通路の他に3本ほど通路が伸びているのが見える。それと階段が両脇に二つ見える。どの通路も奥の方は暗闇に包まれていて見通す事が出来ない。
奥の暗闇から急に感染者が飛び出してきたらどうしようとそんな恐怖心が襲ってくる。正面玄関は見えている。あそこまで行けば正門はすぐ目の前。
覚悟を決め恐怖と戦いながら足をエントランス中央へと進める。周囲を警戒しながら今までと同じように音を立てないようにゆっくりゆっくり進む。
今までは狭い通路だったので直ぐ脇に壁があった。壁の方からは襲ってこないとの安心感があった。壁があるだけでホッとする感じがあったが、エントランスではそれがない。四方八方を注意しなくてはならない。
恐怖心で何度も立ち止まってしまった。恐怖心と戦いながらゆっくりゆっくりと進む。
あと少し、あと少し。
走り出したい気持ちを抑え、音をたてないよう気を付け進む。そして、ようやく正面玄関まで無事辿り着くことが出来た。
ここを抜ければ正門は目の前。はやる気持ちを抑え進む。入り込む光がどんどん強くなる。正面扉に手を掛け、開き外へと飛び出た。
全身に暖かい光が差し込む。ようやくここまで来れた。嬉しい気持ちを共有したく流唯の表情を伺う。きっと流唯も嬉しい気持ちを爆発させているだろうと思っていたのだが。
「こんな、ことって、あり!?」
流唯は目を見開き絶句していた。
全く予想外の反応だったので不思議に思いながら視線の先に私も目を向ける。
そこには絶望の光景が広がっていた。正門には無数の感染者達が群がっていたのだ。
「冗談でしょ、あれだけ苦労してここまで来たのに」
どうすることも出来そうにない数に、流唯が絶望の声を上げガックリとうなだれ腰をついた。
感染者は水や音に反応する。それはきっと本能からくるものなのだろう。本能はあるので、本能でこの正門を越えると自由になれると思い、ここに集まっているのかもしれない。
扉に飛びついたり、体当たりしたりして正門を越えようとしている。
正門の開閉は電子制御になっているが、電子制御を解除し手動で開閉する方法は聞いてきた。
しかし、この状態で扉を開けてしまっては感染者達は村に飛び出て行ってしまうだろう。開けることは出来ないだろう。
今持っているだけの水の量では全ての人数の意識を反らすことは無理だろう。私達は仕方なく来た道を引き返えさざるを得なかった。
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