第20話 襲撃

「出た!3人とも向かって行く!」


 薬品庫から火災が起こったように見せ掛けるため、発煙筒を焚き煙を上げたが全く動きが見られず諦めかけ横になろうとしていたその時、設定していたセンサーが鳴り響いたので、華鈴は慌ててモニター画面を確認し大声を上げた。


「3人とも!?よし!行くよ!」


 華鈴の言葉にこのチャンスを逃すものかと思い飛び起きた私は梨名、天衣を叩き起こす。


 バリケードで入れないようにして、突破出来ずにいる間に戻ってくればいいと踏んだのだろう。

 複雑に積み上げられたテーブル、イスを見た私は予め用意しておいたバイクに股がりエンジンを掛ける。


「ちょっと!自分だけバイクで行くつもりかよ!」


 梨名がそう叫び私を制止しようとしてきた。


「貴方は免許持ってないでしょ」


「そういう問題か!」


 こんな建物内でバイクを走らせるのに免許も何もないと思うが、梨名が怯んだすきに、ヘルメットをかぶりバイザーを下ろす。


 華鈴の方に準備ができたことをアピールすると、キーボードを操作し部屋のドアを開けた。


 私はエンジンを吹かせ廊下に一気に飛び出した。


「私達は走って行くの?」


 イヤモニから梨名のそんな声が聞こえてきた。


 部屋を出て一気に加速すると、サイドミラーに天衣が部屋から飛び出てくるのが見えた。


「バリケードにバイクを体当たりさせて一気に障害物を排除するつもりよ。早く行って!あの単細胞一人で乗り込んじゃうわよ」


「コラーっ!待ちやがれーっ!私にも見せ場残しとけよーっ!」


 梨名は私の心配より、自分の見せ場がなくなることを心配しているようだった。


 お前らピンマイク付けているの忘れてないか?全部聞こえてるんですけど。



 階段を一気に駆け上がると素早く視線を動かし進むべき通路を探す。通路の奥にバリケードの塊を見つけた私はバイクをそちらに向けると、エンジン音を響かせ一気に加速した。


 静まり返っている施設内に轟音が鳴り響く。


 狙いを定め突進し前輪を浮かせウイリーさせた後、私はバイクを飛び降りた。身体を回転させ受け身を取るが、全身に痛みが広る。その後、猛烈な衝突音が広がった。


 顔を上げるとドアの前に積み上がっていたテーブル、イスは弾き飛ばされ辺りに散乱し、会議室のドアがキレイに顔を出していた。想像以上に上手く行ったので思わず『よしっ!』と、声を上げ握り拳を突き上げる。


 その様子をモニター越しに見ていたのだろう、華鈴がすかさず会議室の電子キーのロックをはずしたようで『ピピッ』と、音が聞こえてきた。


 まだ体に痛みがあり立ち上がれずにいた私の横に天衣が滑り込んで来た。


「滅茶苦茶しますねー。大丈夫ですか?」


「ええ。大丈夫よ」


 天衣は声を掛けながら私の腕を自分の肩に回すと、ゆっくりと私の体を抱え上げる。


「無茶してんじゃねーよ!」


 そこに梨名も追い付いて来た。


 天衣のお陰で立ち上がれた私は礼を言うと、ドアノブに手を掛け二人の方に視線を送る。


「いい?行くわよ」


 二人は軽く頷き、身を強張らせ緊張させたようだった。


 ゆっくりドアを開け隙間から中を覗き、向こう側に特に動きがない事を確認すると警戒しながらドアを開け中に一気に飛び込んだ。


「寒い!」


「何これ!?」


 中に入った瞬間、頬をヒンヤリとした空気が包み込む。人の気配は全く感じられなく、ドライアイスの煙のようなものが漂い、床を這い広がっていた。


 てっきり部屋の奥で身を固めて怯えているかと思ったのに、部屋の中には誰もおらずヒンヤリとした空気が漂う。


 煙の流れてくる先を見ると部屋の中央付近にポツンと1つの箱が置かれていた。


 その箱を中心に煙は広がっているようだった。


 銀色の海外用のスーツケース程の大きさをしたその箱からは、部屋のヒンヤリした空気も相まって異様な気配が感じられ薄気味悪い様相を呈していた。


 私はその異様さに目を奪われ、しばし視線を反らせることが出来ないでいた。


「何あれ?」


 と言いながら無警戒に近付こうとする天衣を慌てて制止する。


「どうしたのよ?」


 私の慌てた様子に天衣は驚きの表情を向けてくる。梨名も私の慌てた様子に声を上げ驚いたようだった。


 たが、その問い掛けには答えることが出来ず箱を凝視する。


 目一杯に目を開き注意深く観察する。


 表面に無数の水滴、霜のような白いものが付き出してきているように見える。何か冷たい物が入っているのだろうか?


 状況から考えてドライアイスでも収納されているのだろうか?しかし、煙はドライアイスの煙ほど残るようなことはなく、どんどん消えて見えなくなっていく。


 なぜこんな物をここに置いていったというのだろうか?理由もなく置いていった物とは考えにくい。私は警戒しながら近づこうとした。その時だった。


「ロープが擦れる音!」


 そう言って梨名が部屋を飛び出した。


 私も続いて飛び出すと、隣の建物からロープ伝いにこちらの建物に飛び移ってくるSP達の姿が飛び込んできた。

 飛び込むと同時に銃を構えこちらを威嚇してきた。とっさの事に対応できず部屋に入り身の安全を確保し、私達も銃を取り出した。


「飛奈!そこは危ないわよ。早く出てきなさい」


 保乃の声が響き渡る。ここが危ないとはどういう事なのだろうか?


「あなた達の目の前にある箱にはね、液体窒素が目一杯詰め込められているのよ。液体窒素が込められている箱を、常温に放置したらどうなるか分かる?液体窒素の沸点は-196度。常温に放置したら瞬時に気化が始まる。液体から気体になったときの体積はおよそ700倍。そんなちんけな箱では圧力に耐えられずいつ爆発してもおかしくない状態よ」


 そういうことか!


「早く出てきなさい。そこにいると命の保証は出来ないわよ」


「ははは。やってくれるわね」


 思わず笑いが込み上げてきてしまった。向こうを手玉に取っているつもりだったのに罠にはまってしまうとは。


「私達、まんまと嵌められたみたいですね」


 ドアを開けたときヒンヤリした空気が広がったのは、箱の周りに何かで敷居を作りその中を液体窒素で満たし、箱が直ぐに常温にさらされることがないようにでもしていたのだろう。

 そして、ドアを開けた瞬間敷居が壊れるように細工していた。そんなところだろうか。


「なるほどねー。液体窒素を爆弾がわりにするとは考えたわね。つまりこの部屋にはいつまでもいれない。でも出ていったらこちらに銃口が向けられている。私達はチェックメイトってところなのね」


「そうよ。早いとこ諦めて出てきなさい」


「ごめんなさい、保乃先輩、私達はあなた達に絶対負けられないの。負けられない理由があるのよ。素直に出ていく訳には行かないわ」


「分かってる。分かってるから、悪いようにはしないからそこから出て来て話を聞かせて頂戴。ちゃんと聞いてあげるから。早くしないと本当に爆発するわよ。あなた達、本当に死んじゃうわよ」


 保乃のその切羽詰まった言い方からも時間が無い事と、かなりの威力があるのだろうという事は容易に想像出来た。


「はは。参ったなー、こりゃー。完全にやられたわね。まさかこんな形で追い込んで来るなんて」


 私はどうしたものかと思案する。


「誰か一人飛び出していって、注意が反れたところに二人が飛び出して行って反撃するってのはどうですか?」


「そんなことしたら最初の一人が死んじゃうでしょ!」


「全員が犠牲になるよりは良いんじゃないですか?私行きます」


「バカ言わないの。やるんなら私が行くわ」


「私達が撃って当たる訳ないじゃないですかー?」


 それもそうかも知れないが天衣にも梨名にも囮になるような事は絶対にさせたくなかった。


「何ごちゃごちゃ言ってるの。早くしないと本当に爆発するわよ。悪いようにしないって言ってるでしょ。早く出てきなさい」


「くっそー!アイツ等、図に乗りやがって」


 梨名が悪態を吐いてきた。


「大丈夫。焦らないでゆっくり対応策考えましょ」


「大丈夫なのかよ!」


「あれだけの大きさがあれば直ぐには気化は始まらないわよ」


「!!」


「今!ピキッていいませんでした?」


 箱から軋むような音が聞こえ、天衣は青ざめ私の影に隠れる。


「き、気のせいよ」


 一応、強がって見せるが声が震えてしまった。まるでいつ襲ってくるか分からない猛獣に睨まれている気分だ。


「いいや。絶対いったわよ。どうすんの?爆発しちゃうよ」


 梨名が私の腕にしがみついてくる。


「もうあれ爆発させちゃおうか?」


「アホ言うな!」


「何言ってるんですか?気でも触れちゃったんですかー?」


「ガス抜きするなら穴を開けるのが一番でしょ」


 そう言って箱に銃口を向ける。


「そ、そういう問題なのか?だ、大丈夫なのかよ?」


「いつ爆発するか分からないなら、こっちから爆発させちゃいましょ」


「えーっ!結局爆発はするんですね?」


「開いた穴から上手いことガスがシューっと抜けるだけで終わるかもしれないし、爆発しても良い感じの爆発なら。爆煙に紛れてここを脱出出来るかもしれないし」


「良い感じの爆発じゃなかったらどうなるのよ?」


「この辺いったいもろとも粉々になるかもね」


「えーっ!ちょ、ちょっと本気でやるんですか?」


「本気よ!行くわよ!伏せてなさい」


 そう言って銃の安全装置をはずし構える。


「えっ!えっ!ちょ、ちょっと!マジー!」


 二人は頭を抱えうつ伏せになった。


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