第18話 華鈴の作戦の意味
「あっれー!もぬけの殻?」
私と天衣が所長室に飛び込むとそこには誰もいなかった。
梨名の方が気になって出遅れたとはいっても、感染者の襲撃があったはず。襲撃を交わし、私たちが来る前にここを引き払ったっていうのだろうか。
「リーダー、見て下さい」
天衣の指し示す方には水が入っていたと思われるペットボトルが転がっていた。
まさか!抗インフルエンザ薬飲ませたの!?
「班長の八神殺ったんだって?」
現状を報告するためすぐに皆んなのことに戻ると、部屋に飛び込むなり私は矢継ぎ早にそう言った。
「梨名さん凄いじゃないですか!」
天衣も称賛の言葉を贈る。
「あはは、でも保乃先輩にはボコられたけど」
梨名は当然だろとかいうかと思ったがそうではなかった。
「いちち」
華鈴の手当を受けていた梨名は、傷口に沁みたのか声を上げた。
「ごめん!大丈夫?」
華鈴は心配そうな顔を梨名に向けた。
「大丈夫、大丈夫、ありがとう。でもダメだな。天衣みたいにはいかないや」
天衣は二人のSPと対峙しても怪我一つせずに帰って来たというのに、私ではやっぱ無理ね。そんな意味を込め言ったのだろう梨名の表情は曇っていた。
「何言ってんのよ!SP2人と対峙して良く無事で戻って来れたわよ。鉢合わせになるって分かってホント冷や汗掻いたし。SPっていったら日本トップレベルの人よ。この程度で済んで良かったわよ」
華鈴にそう慰められても納得いかない顔をしていた。梨名は梨名なりにもっと頼られる存在で有りたいと思っているのだろう。
「今回の最大の難敵、八神殺ったんだから大金星じゃない?もっと胸張りなさいよ」
私も梨名に称賛を送った。
「華鈴が私に有利な状況を作ってくれたし、保乃はカッとしやすいから挑発してとアドバイスもくれたからね。助かったよ、ありがとう」
「天衣は特別なのよ。比べちゃダメ、梨名は十分やってくれたわよ」
華鈴はそう気落ちするなとの意味も込め、梨名の肩を揉みご機嫌を取ろうとする。
「なんで私は特別なんですか?」
「あなたは化け物だからよ」
「リーダー!化け物って言われました!酷くないですか?」
天衣は私に告げ口するようにそう言ってきた。
「実際に化け物みたいに強いんだから仕方ないでしょ。意地悪で言ってるんじゃなくて華鈴なりの最大限の褒め言葉よ」
「胃袋も化け物だしな」
私がフォローしたというのに梨名は追従して茶化してきた。
「ひどーい。酷すぎる!」
天衣は皆んなに茶化されすっかり膨れっ面になってしまった。
「もー。皆んな、私の可愛い、可愛い天衣ちゃんを苛めないでよー」
膨れっ面の天衣に愛着を感じ抱き寄せる。
「あー!また贔屓が始まったー」
「贔屓だ!贔屓だー」
穏やかな時間が流れていく。私の掛け替えのない頼もしい仲間。皆んな良くやってくれている。
「それでどうだったの所長室は?」
華鈴が急に表情を変えそう聞いてきた。
「ペットボトルが複数転がってて感染者が倒れ込んでたわ。どう思う?向こうは完全に習性把握してしまったと思う?」
「そうでしょうね。あの短時間で感染者複数を突破して、他の部屋に移動するなんて完全に想定外ね。向こうに相当の切れ者がいるわね。SPのどちらかかしら?」
「でしょうね。そのどちらかが黒幕かもしれないし」
「黒幕って?」
私の放った一言に、天衣が疑問顔をする。
「警察組織に裏切り者がいるかもしれないって噂よ。まだ確証を得ている訳ではないし、現場の人間が黒幕とは思えないけど、全てを想定した上で行動しましょ」
私がそう言うと天衣は頭に?マークを浮かばせているような状態で固まっていた。
「天衣は余計なこと考えないでいいんだよ。まあ考えても無駄だろうけど、単細胞だから」
「華鈴さん、化け物の次は単細胞ですかー!」
「華鈴、いい加減にしとかないと、お前、マジで殺されるぞ」
梨名は華鈴にそう忠告をする。
「殺しませんよー、私の事なんだと思ってるんですか?」
「殺人鬼」
「殺人鬼」
天衣は二人に同時に殺人鬼と言われ固まってしまっていた。
あーもう、なんですぐこうなっちゃうんだろ!
こんなんだからさっきから出し抜かれている気がする。戯れあっている3人を他所に一人で考察して見ることにした。
梨名がチョウを解放し、華鈴がチョウを誘導し、チョウの登場にアイツ等が混乱している間に梨名が高畑を殺る。
銃声を聞いたSPは何かしらの行動に出る。その間に私と天衣が坂口所長を殺りに行く。そんな計画だった。
二人は当初の計画通りに見事に遂行してくれた。色々なトラブルは合ったが二人は臨機応変に対処し、事を乗り切ってくれた。
梨名の方にSPが向かった事をいち早く察知し、耳の良い梨名が有利になるように、相手の視界を封じる作戦を思い付き、梨名は梨名でこの緊急事態を上手く乗り切ってくれた。
梨名でなかったら無理だったろう。梨名と華鈴の頭の回転の早さが、冷静に事態を判断し緊急事態を無事に乗り切ったといえる。本当に頼りになる仲間だ。
「皆んな、無理はしちゃ駄目よ。引くときは引きなさい」
でも、無理はして欲しくない。そう思って忠告した。
梨名と天衣のお陰で5人いたSPは3人になっている。残りのSPが警察組織の裏切り者かどうかは置いといて、まず当初の目的の坂口暗殺をどうすべきか考える。
「それでSPの人が裏切り者ってのはどうしてなんですか?」
天衣が気になっているようなので簡潔に説明した。大沢拓郎には黒い噂が付き纏っている。でも表面化しないのは身辺警護しているSPが警察だという事を利用して、隠蔽しているからではないかってこと、と簡単に説明した。
「あー、そういう事ですか!悪いことしてるならやっつけても良いってことですよね?」
「そうよ。やっつけて良いの」
天衣が納得してくれたようだったので話を進める。
「それで華鈴。アイツ等どこにいるか分かる?」
「恐らく二階の会議室だと思う」
「なぜそう思うの?」
「ここの施設は火災対策が万全でブロック、ブロックごとに防火シャッターが設置されているのね。そのシャッターは熱に反応し、自動で瞬時に降りるように設計されているの。ということは常に熱センサーが働いているってことで、人が近くにいれば他より温度が高いとの反応を感知しているはず」
そう言ってパソコンのキーボードを素早く操作し始めると、モニター画面にサーモグラフィーのような熱分布が分かる、色の濃淡で周辺の温度が見てとれる映像を表示した。
「ここ見て。ここのドアだけ若干色が濃く出ているでしょ。ドアの向こうに人がいるのよ」
そう言って華鈴はモニター画面の一部を指差したが、私にはその違いはいまいち分からなかった。そんな私の曇っている表情を見て軽く笑うと。
「ここよーく見てて」
そう言われ画面を凝視していると色がいくらか薄くなったような気がした。
「色が変わったでしょ。きっと誰か動いたのよ」
他の画面も多少なりに色の濃淡の移り変わりはあるが、この画面のようにゆらゆらと動いているような感じで色の濃淡が変わることはないようだ。
「ここで間違いないわね」
椅子の背もたれに体重を預け、自信満々に華鈴はそう言った。
「分かったわ。そこで間違いないようね。信用する。それで、何か策は考えているの?」
「薬品庫に火をつけるわ!」
「火を?また思い切った作戦ね」
「ちょっと待って。薬品庫に火をつけるって。平気なの?爆発とかしないの?」
私と華鈴のやり取りを隣で聞いていた梨名が心配そうに聞いてきた。
「大丈夫よ。別に本当に火をつける訳じゃ無いから。発煙筒を焚いて警報を鳴らすだけ。それで十分奴等を勘違いさせる事が出来る」
「あー、なるほどね。しっかし本当に華鈴は小芝居じみたようなことよくポンポン思い付くわね」
「それ褒めてんの?」
また戯れ合いが始まりそうだったので、私は早めに制した。
「薬品庫に火がついていると勘違いさせると、何か良いこと有るんですか?」
今度は天衣が割って入ってきた。華鈴は天衣に一度視線を送った後、得意げな表情になって詳細を語り出した。
「現在この建物にインフルエンザウイルスに感染した人間が複数いる事は奴等も既に周知の事実。そして、インフルエンザウイルスのお陰で理性を失っているが、薬さえ飲ませられれば元通りの人間に戻るという事実を突き付けてある。薬さえ有れば元通りにしてあげれる。そして、その薬は薬品庫に大量にある事も伝わっているはず。薬品庫が燃え、薬が無くなってしまえば、元に戻してあげれなくなるという心理が働くはず。火をつければ薬を奪還しに必ず来るわ」
「籠城している奴等を引っ張り出せるってことですか?」
「まあそれもあるけど、敵を分散させられるかもって事が今回の1番の目的ね」
「そういうことですか!」
華鈴の次の作戦はこうだ。
薬品庫に火がついていると奴等に思わせる。そうすれば向こうは何らかの行動を起こすはず。SPの何人かは消火活動に向かうだろう。敵を分散させ手薄にさせることができれば暗殺の確率は上がる。
私が作戦の概要を復唱していると、天衣がキョトンとしている姿が目に映ってきた。
「どうかした?」
「もしかして感染者を作り出したのって、最初から薬が必要になることを想定してやったんですか?」
「そうよ。今更何言ってんのよ。何でわざわざ危険犯して研究所に忍び込ませてウイルスばら撒かせたと思ってたのよ?」
「いや、ただ単純に、混乱させるためかと」
天衣のその言葉に華鈴は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。
「そんな事のためだけのはずないでしょ。私だって色々考えているのよ。更に言うなら、向こうの顔見知りを一番最初に送り込んで、新型のインフルエンザウイルスが原因なんじゃないかと思わせる事も、その感染者が一人じゃない事を見せつけるのも、抗インフルエンザ薬を服用すると元に戻れる事を気付かせるも想定の上。ついでに薬品庫に大量に抗インフルエンザ薬が有ることを認識させる事も想定済みよ。だから坂口所長を最後のターゲットにしたのよ」
天衣が感心したように声を上げる。その声に再び華鈴は得意げに微笑んでいた。
「ひゃー、スゲーなーっ!そこまで考えていたのかよ!そういうことだったのか!」
梨名も驚きの声を上げる。
その後こちらに振ってきた。当然私もその作戦を考えた一人だと思ったのだろう。
「そ、そうよ」
冷静を装おうとしたが無理だった。
「華鈴、任せにしてんじゃねーよ」
私の動揺した表情を見て察した梨名は冷めた視線を向ける。
「良いのよ。私が口出ししない方が上手くいくんだから」
「開き直っちゃったよ」
梨名の表情はリーダーなんだからちゃんと作戦考えるの手伝えよ。と、言いたげに見えた。
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