第十八話

 完全に失敗だった。私のミスのせいで大切な仲間を危うく失うところだった。今回の計画を立ててから何度もシミュレーションを繰り返してきたというのに、、。

 まさか液体窒素を爆弾がわりに使ってくるとは想像もしていなかった。この施設には爆弾の原料になるもの、人体に害になるガスや催涙ガス等も貯蔵されている。

 本気で抵抗しようとしてきたら物量的にも、人の頭数的にも太刀打ち出来なくなってしまう。そこでインフルエンザウイルスを使い多くの者を行動不能にし、容易にガスなどを使ってこないように感染させた人間を徘徊させ、向こうの動きを封じる手段とした。

 それに加えて、薬を飲ませさえすれば正気に戻るということも意識させ、それには時間制限が有る事も意識付けさせた。

 順調だった。想定通りに事は運んでいた。薬品を取りに来るはずと想定していた。薬を飲ませれば回復出来るであろうと思われる人達を放置するはずがないと思っていた。


「くそっ!シミュレーション通りにはいかないか、、」


 今回の件は完全に私のミスだ。私が作戦中に一度でもサーモグラフィーの映像に、画面を切り替えていれば防げていたかもしれない事だった。

 私がもっと危機感を持って事に当たっていたのなら、仲間をあんな危険な目に合わせることはなかっただろう。自分の描いた作戦に胡座をかいてしまっていた。策士策に溺れるというが、正に今回の私はそれだったかもしれない、、。


 飛奈の機転のお陰で本当に助かった。おそらく飛奈は窓枠に上がり斜め上から箱の反対奥側を銃弾で撃ち抜いたのだろう。

 気化することにより体積が膨張し抜け口を探していた気体は、空いた穴から一気に噴出したはず。その部分を基点にし大放出が起こり、大爆発となったはずだ。

 飛奈のいた側も無事ではなかったと思うが、威力は前面と後面では大きく差があったはず。現に3人は無傷で帰って来た。本当に頼りになるリーダーだ。


 それに比べて私は、、。


 私の名は吉田華鈴。普通の家庭に生まれ普通に育った。と、思っていた。母親から父は公務員の仕事をしていると聞いていたからだ。公務員という言葉から区役所みたいなところで、事務作業をしているような仕事だと思っていた。

 小さい頃は何も疑問を抱かないでいたが成長するにつれ、家で一切仕事の話をしない父に疑問を感じ面白半分で調べてみることにした。

 調べていくうちに警察だという事が分かった。警察という誇らしい仕事をしているのに、なぜ隠す必要があるのだろう?別に警察だと言ってくれれば良いのではないか?何か問題が有るのだろうか?もしかして特殊な任務、潜入捜査のような事でもしているのだろうか?父はスパイなのだろうか?

 私は好奇心に駆られ、父の仕事の事を詳しく調べだした。調べていくうちに父は公安部という部署に所属しているという事が分かった。

 その時の私は公安という部署が何なのか知らなかった。調べてみると公安とは政治犯やテロリストなどの政治に対する犯罪や反社会的な活動を取り締まる役割を持つ部署とのことだ。

 それを知ってから益々、父が何の仕事をしているのか知りたくなった。もしかしたら映画に出てくるような影でテロリストと戦っているような仕事をしているのではないのだろうか?妄想を膨らませた。


 私は次第に父のパソコンを勝手に開いて覗くようになっていた。最初は簡単なハッキングだった。自宅のパソコンはそれほどセキュリティが高い訳でもなかったので容易に侵入出来た。

 ハッキングの技術を磨いていくうちに、友人のパソコン、学校のパソコンへと次第に難易度の高いセキュリティのものへ、挑戦するようになっていった。そして、いつしか私は幾つものサーバーを経由し、自分の痕跡を残さないようにハッキング出来るようになっていった。

 何度か危ない場面にも出くわして、パソコンごと廃棄せざるを得ないときもあったが、セキュリティの高いものへハッキング出来た時の興奮は忘れ難いもので、私はその世界にどんどんのめり込んでいった。


 遊び半分でセキュリティの高いシステムに侵入するのを趣味としていた私は、ある日結構ヤバイものに侵入してしまったのだ。


 以来、誰かに狙われるようになり身の危険を感じた私は飛奈の元を訪ねた。自分の事を守ってくれる有能な人物だと思った。私と似たような思考を持ち、運動能力に長け、銃火器の知識に優れている人物。正に適任の人物だった。

 飛奈の方もセキュリティなどのシステムに詳しい人物を探していたようで、私達は直ぐに意気投合することが出来た。私は独自に沢山の情報を集約出来るシステムを開発していて、そこに飛奈が引っ掛かったのだ。天衣の存在もそのシステムが教えてくれた。

 飛奈に会うのがもう一日でも遅かったら、私は亡き者にされていたかもしれない。私はそれだけ危険な状態になっていた。私の話を聞いた飛奈は直ぐに行動を起こしてくれ、つけ狙っていた人間を梨名と共に撃退してくれた。

 大柄な男達をあっという間にねじ伏せた飛奈の姿は今でも忘れてない。まるで映画の中のヒロインのように華麗だった。

 飛奈から今回の計画を聞いたとき、是が非でも成功させてあげたいと思った。飛奈に協力し力になってあげれるのなら『何でもしてあげたい』そう思っている。


 もう絶対、策に溺れるようなことはしない。



「これ着て行って」

 そう言って私は三人にカメラを取り付けたベストを差し出した。


「何こそこそやってると思ったらこんなの作っていたの?」

 飛奈はカメラ付きのベストを取り上げ不思議そうに眺めながらそう言った。


 天衣はそのベストを着用し、首を左右に振り、腕を回し自分の感覚の邪魔にならないかどうかチェックし始める。


「何で今さらカメラ?」

 梨名は不服そうにベストを手に取ると、カメラがしっかり付いていることを確認しながらそう言う。


「さっきみたいな事になったら、こちらで何かアドバイス出来ることが有るかも知れないし。カメラを通していち早く、危険な物かどうか検索できるかもしれない。見た目は良くないかもだけど着て行ってよ」


「よくカメラなんか持って来てたわね?」


「現地調達よ」

 私がサラリとそう言うと『この泥棒め』と、言わんばかりの視線が飛んできた。


「何よ!あなた達の為にやっているんでしょ」


「ていうか泥棒だった天衣に、泥棒呼ばわりされる筋合いは無いわよ」


 意地悪くそう言ってやると天衣は『そういうこと言う?』と、信じられないような顔をした後、ドカっとソファーに腰を落としうつむき、イジケてしまった。


「ちょっとー、うちの子を苛めないでよ!」

 そう言って梨名は天衣の頭を抱き寄せると頭を撫でてあげた。


 天衣は天衣で大袈裟なくらいに梨名に甘えるリアクションをしてきた。天衣の過去は私達の中では冗談で触れれるくらいになっている。飛奈はそのやり取りを見て隣で大笑いしていた。


 私は人見知りで引っ込み思案な性格。学生時代はスポーツ万能の娘や明るい性格でクラスを盛り上げるようなタイプの娘と一緒にいる事はなかった。何でも気合いで乗り切ろうとか、何事も深く考えずまず行動しようとする人が苦手でいつも皆より一歩後にいるタイプ。

 クラスの皆とは常に距離があり、上手く馴染めていなかった。ましてや天衣みたいな力でねじ伏せようとしてくるタイプの娘には近付かないようにしていた。

 昔の私からすると、冗談を言って弄るなんて考えもしないことだった。私は他人と意見が違った時でも、自己主張はすることなく他人の意見に流されてしまうタイプ。言い返すことなんてまずあり得なかった。

 ここにいる皆は私の意見をちゃんと聞いてくれる。ここにいる皆は私に心地良い空間を提供してくれる。私の為に体を張ってくれる。蔑まれても卑怯者と言われても、この娘達を守るためだったらどんな手段だって使ってやる。

 皆を見つめ『ギュッ』と拳を握る。飛奈は察したのだろう。緩んでいた顔を引き締めた。


「よし、行くわよ!」

 両手をパチンと鳴らして飛奈は発破をかけるように言った。

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