第十五話
「出た!3人とも向かって行く!」
薬品庫から火災が起こったように見せ掛けるため、発煙筒を焚き煙を上げたが全く動きが見られず諦めかけ横になろうとしていたその時、設定していたセンサーが鳴り響いたので、華鈴は慌ててモニター画面を確認しそう言った。
「3人とも!?よし!行くよ!」
華鈴の言葉にこのチャンスを逃すものかと思い飛び起きた私は梨名、天衣を叩き起こす。バリケードで入れないようにして、突破出来ずにいる間に戻ってくればいいと踏んだのだろう。複雑に積み上げられたテーブル、イスを見た私は予め用意しておいたバイクに股がりエンジンを掛ける。
「ちょっと!自分だけバイクで行くつもりかよ!」
梨名がそう叫んだようだがバイクのエンジン音で良く聞こえなかった。ヘルメットをかぶりバイザーを下ろすと華鈴が部屋のドアを開ける。私はエンジンを吹かせ廊下に一気に飛び出した。
「私達は走って行くの?」
一人で行ってしまった飛奈を追い掛け、部屋を出たところで華鈴にそう問いかけた。
「バリケードにバイクを体当りさせ一気に障害物を排除するつもりよ。早く行って!あの単細胞一人で乗り込んじゃうわよ」
華鈴の言葉が終わらないうちに天衣は飛び出した。
「ちょっと待ってよー」
梨名も後を追い掛け走り出す。
階段を一気に駆け上がると素早く視線を動かし進むべき通路を探す。通路の奥にバリケードの塊を見つけた私はバイクをそちらに向けると、エンジン音を響かせ一気に加速した。
静まり返っている施設内に轟音が鳴り響く。狙いを定め突進し前輪を浮かせウイリーさせた後、私はバイクを飛び降りた。身体を回転させ受け身を取るが、全身に痛みが広る。その後、猛烈な衝突音が広がった。
顔を上げるとドアの前に積み上がっていたテーブル、イスは弾き飛ばされ辺りに散乱し、会議室のドアがキレイに顔を出していた。想像以上に上手く行ったので思わず『よしっ!』と、声を上げ握り拳を突き上げる。
その様子をモニター越しに見ていたのだろう、華鈴がすかさず会議室の電子キーのロックをはずしたようで『ピピッ』と、音が聞こえてきた。まだ体に痛みがあり立ち上がれずにいた私の横に天衣が滑り込んで来た。
「滅茶苦茶しますねー。大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫よ」
天衣は声を掛けながら私の腕を自分の肩に回すと、ゆっくりと私の体を抱え上げる。
「無茶してんじゃねーよ!」
そこに梨名も追い付いて来た。
天衣のお陰で立ち上がれた私は礼を言うと、ドアノブに手を掛け二人の方に視線を送る。
「いい?行くわよ」
二人は軽く頷き、身を強張らせ緊張する。
ゆっくりドアを開け隙間から中を覗き、向こう側に特に動きがない事を確認すると警戒しながらドアを開け中に一気に飛び込んだ。
「寒い!」
「何これ!?」
中に入った瞬間、頬をヒンヤリとした空気が包み込む。人の気配は全く感じられなく、ドライアイスの煙のようなものが漂い、床を這い広がっていた。
煙の流れてくる先を見ると部屋の中央付近にポツンと1つの箱が置かれていた。その箱を中心に煙は広がっているようだった。
銀色の海外用のスーツケース程の大きさをしたその箱からは、部屋のヒンヤリした空気も手伝い異様な気配が感じられ薄気味悪い様相を呈していた。私はその異様さに目を奪われしばし視線を反らせることが出来ないでいた。
「何あれ?」
と、言いながら無警戒に近付こうとする天衣を慌てて制止する。
「どうしたのよ?」
私の慌てた様子に梨名が声を上げたが、その問い掛けには答えることが出来ず箱を凝視する。
目一杯に目を開き注意深く観察する。表面に無数の水滴、霜のような白いものが付き出してきているように見える。何か冷たい物が入っているのだろうか?
状況から考えてドライアイスでも収納されているのだろうか?しかし、煙はドライアイスの煙ほど残るようなことはなく、どんどん消えて見えなくなっていく、、。
なぜこんな物をここに置いていったというのだろうか?理由もなく置いていった物とは考えにくい。私は警戒しながら近づこうとしたその時だった、、。
「ロープが擦れる音!」
そう言って梨名が部屋を飛び出した。
私も続いて飛び出すと、隣の建物からロープ伝いにこちらの建物に飛び移ってくるSP達の姿が飛び込んできた。飛び込むと同時に銃を構えこちらを威嚇してきた。とっさの事に対応できず部屋に入り身の安全を確保し、私達も銃を取り出した。
「飛奈!そこは危ないわよ。早く出てきなさい」
保乃の声が響き渡る。ここが危ないとはどういう事なのだろうか?
「あなた達の目の前にある箱にはね、液体窒素が目一杯詰め込められているのよ。液体窒素が込められている箱を、常温に放置したらどうなるか分かる?液体窒素の沸点は-196度。常温に放置したら瞬時に気化が始まる。液体から気体になったときの体積はおよそ700倍。そんなちんけな箱では圧力に耐えられずいつ爆発してもおかしくない状態よ」
「早く出てきなさい。そこにいると命の保証は出来ないわよ」
「ははは。やってくれるわね」
思わず笑いが込み上げてきてしまった。向こうを手玉に取っているつもりだったのに罠にはまってしまうとは。
「私達、まんまと嵌められたみたいですね」
ドアを開けたときヒンヤリした空気が広がったのは、箱の周りに何かで敷居を作りその中を液体窒素で満たし箱が直ぐに常温にさらされることがないようにでもしていたのだろう。そして、ドアを開けた瞬間敷居が壊れるように細工していた。そんなところだろうか。
「なるほどねー。液体窒素を爆弾がわりにするとは考えたわね。つまりこの部屋にはいつまでもいれない。でも出ていったらこちらに銃口が向けられている。私達はチェックメイトってところなのね」
「そうよ。早いとこ諦めて出てきなさい」
「ごめんね保乃。私達はあなた達に絶対負けられないの。負けられない理由があるのよ。素直に出ていく訳には行かないわ」
「分かってる。分かってるから、悪いようにはしないからそこから出て来て話を聞かせて頂戴。ちゃんと聞いてあげるから。早くしないと本当に爆発するわよ。あなた達、本当に死んじゃうわよ」
保乃のその切羽詰まった言い方からも時間が無い事と、かなりの威力があるのだろうという事が容易に想像出来た。
「はは。参ったなーこりゃー。完全にやられたわね。まさかこんな形で追い込んで来るなんて」
「誰か一人飛び出していって、注意が反れたところに二人が飛び出して行って反撃するってのはどうですか?」
「そんなことしたら最初の一人が死んじゃうでしょ!」
「全員が犠牲になるよりは良いんじゃないですか?私行きます」
「バカ言わないの。やるんなら私が行くわ」
「私達が撃って当たる訳ないじゃないですかー?」
「何ごちゃごちゃ言ってるの。早くしないと本当に爆発するわよ。悪いようにしないって言ってるでしょ。早く出てきなさい」
「くっそー!アイツ等、図に乗りやがって」
「どうするんですか?」
「大丈夫。焦らないでゆっくり対応策考えましょ」
「大丈夫なのかよ!」
「あれだけの大きさがあれば直ぐには気化は始まらないわよ」
「!!」
「今!ピキッていいませんでした?」
箱から軋むような音が聞こえ、天衣は青ざめ私の影に隠れる。
「き、気のせいよ、、」
一応、強がって見せるが声が震えてしまった。まるでいつ襲ってくるか分からない猛獣に睨まれている気分だ。
「いいや。絶対いったわよ。どうすんの?爆発しちゃうよ」
梨名が私の腕にしがみついてくる。
「もうあれ爆発させちゃおうか?」
「アホ言うな!」
「何言ってるんですか?気でも触れちゃったんですかー?」
「ガス抜きするなら穴を開けるのが一番」
そう言って箱に銃口を向ける。
「そ、そういう問題なのか?だ、大丈夫なのかよ?」
「いつ爆発するか分からないなら、こっちで爆発させちゃいましょ」
「えーっ!結局爆発はするんですね?」
「開いた穴から上手いことガスがシューっと抜けるだけで終わるかもしれないし、爆発しても良い感じの爆発なら。爆煙に紛れてここを脱出出来るかもしれないし」
「良い感じの爆発じゃなかったらどうなるのよ?」
「この辺いったいもろとも粉々になるかもね」
「えーっ!ちょ、ちょっと本気でやるんですか?」
「本気よ!行くわよ!伏せてなさい」
そう言って銃の安全装置をはずし構える。
「えっ!えっ!ちょ、ちょっと!マジー!」
二人は頭を抱えうつ伏せになった。
銃の発砲音が聞こえ身を屈めた次の瞬間、大きな爆発が起こり一瞬で辺りは爆煙に包み込まれた。慌てて身を伏せ爆風をやり過ごすと腕で顔を覆うようにしながらゆっくり立ち上がり爆発のあった方を伺う。
口の中に埃の味と臭いが広がり、むせてしまい気持ち悪くなって唾液を吐き出した。隣にいる光牙もむせて咳き込んでしまっている。
「爆発してしまったみたいですね」
軽く背中を擦ってやるとそう言った。
「バ、バカヤロー、飛奈、飛奈ーー!」
怒りが込み上げる。
何を考えてこんな行動を起こしたというのだろうか?何も語らず死んでしまうなんて絶対に許せない。立ち上がって飛び出していきそうになった次の瞬間、光牙が腰にしがみ付き止めに入って来た。
「崩れてくるかもしれないから今行くのは危険です」
「でも、飛奈が、、飛奈が、、」
いくら敵になっているとはいえ、幼少期を共に過ごした幼馴染みの死に冷静ではいられなかった。かなり大きな爆発だった。確かに今行けば二次被害に巻き込まれる可能性は高い。でも、自分ではこの衝動を抑える事は出来なかった。
光牙は私の前に回ると、立ち塞がり爆発現場から引き離そうとした次の瞬間だった。『バン、バン、バン』と、三発の銃声が響き渡る。次の瞬間、私を押さえ込もうとしていた光牙の力がガクッと抜け、体重を此方に預けてきた。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ?」
力なくこちらに寄りかかる光牙の体を抱き抱えると、手にぬるっとした感触が広がった。嫌な予感がし恐る恐る自分の手を覗き込む。手は真っ赤に染め上げられ血の臭いが鼻をついてきた。
「な、なに、、何これ!?」
遅れてきた岡島さんが私達に覆い被さるように飛び付いてきて、身を伏せさせる。その後、自分の体を軸にし回転し転がり壁の方まで私達の体ごと持っていった。
そして、素早い動きで身を起こすと、煙の方に銃口を向け注視する。が、薄れていく爆煙の向こう側には既に飛奈達の気配は感じられなくなっていた。
「光牙ー!光牙ー!」
身体中から血が溢れだし辺りが真っ赤に染められていく。既に動かなくなってしまった光牙を私はただただ抱き締め続けるしかなかった。
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