第十四話

 私の名は尾関有美。昔から勉強は得意だった。勉強をするというより沢山の物事に興味があり、色々な事を学びたいという好奇心旺盛な子だった。

 特に青カビから抗菌作用のあるペニシリンを発見したという話を聞いてからは、生物の神秘というものに大変興味をもち、自分で生物の生態を研究したりもした。

 私の故郷のこの美郷村は自然に囲まれている。この自然の中に、まだ知られていない神秘的な生物がいるのではないかと思うだけで、胸のトキメキを抑えられなかった。それ故によく森に入った。一人で森に入るなと両親に怒られたが、私は森に入り動植物を見て回りたいとの衝動を抑えられなかった。

 そこで柴村保乃、田渕飛奈と知り合った。2人は私のたわいない話を目を輝かせながら聞いてくれた。当時の飛奈と一緒にいた情景が頭に浮かんでくる。虫を踏み潰さないように避けて通るような、優しい性格の飛奈が人を殺すなんて信じられない。


 絶対に何かそれなりの理由があるはず。


 私はそれを知りたい。

 

 飛奈と話がしたい。



 班長を失い保乃は荒れ狂っていた。こんなに荒れた保乃は今まで見た事がなかった。二人の大切な仲間を目の前で失ってしまい、致し方ない事なのだろうが、、朱璃が宥めようと必死で説得しているが一向に収まらない。荒れ続ける保乃を見て、私は覚悟を決めた。


「保乃。アイツ等やっつけましょ」

 その言葉に保乃は鋭い刺すような視線を送ってきた。


「栗林は一撃で殺られた。訓練で私の事を片手であしらっていた班長さえ殺られたのよ。貴女に何が出来るって言うの?」


 同情からの安易な慰めはやめて欲しい。そう思ったのだろう。いつもの穏やかな保乃からは想像出来ないくらいの強い口調で、厳しい表情でそう返ってきた。その強い口調に私は怖じ気づきそうになったが、しっかりとした口調で言い返した。


「ここは研究所よ。危険な薬品、爆発物や毒薬も扱っている。対抗する手段はいくらでもあるはず」

 私の強く握られている拳を見て保乃は私の覚悟を感じ取ったようだった。


「本気で言ってるの?」

 私の瞳をしっかりと見据えそう聞いて来る。


「防戦一方じゃ、いつかやられる。反撃に討って出るべきじゃない?」


「そ、そうだけど、、でも一般人の有美に危険が及ぶような事をさせるわけには、、」


 直ぐには考えがまとまらないようで言葉を濁すが、その時はいつもの保乃の口調に戻っていた。


「爆発物とは具体的にどういうものが有るのですか?」

 私と保乃の話の間に岡島さんが割って入ってきた。


「原液のニトログリセリンとか、、過酸化ベンゾイルとか、、」


「どちらも取り扱いが難しい物ですね。もっと取り扱いが安全な物の方が良いです。他に何かありませんか?」


「直ぐには思い付かないですけど、、何かはあると思います」


「それではいけないのですか?」

 そのやり取りを聞いていた朱璃が不思議そうにそう言った。


 爆発物があれば単純に敵をやっつけられるのではないかと思っているのだろう。私も同意見だった。敵をやっつけるには十分な威力があると思われる。何が不満だというのだろうか。


「爆発物は爆発して欲しいときに、確実に爆発してくれなければ意味がないのです」

 私達の表情を察して岡島さんはそう言った。


「いま私の手に手榴弾が有るとしましょう。二人は私の手の中にある手榴弾が、すぐに爆発するなんて思わないでしょ」

 保乃は私と朱璃の視線がこちらに向いているのを確認すると、、。


「簡単に仕組みを説明すると、上部についている安全ピンを抜くと発火レバーが跳ね上がり、バネ付きの発火装置が解除になる、発火装置が信管にぶつかり、ゆっくり燃え広がる薬品のヒューズに火が付く、ヒューズで起爆装置が発動し爆薬が発火となる」


 何となく保乃が言いたい事は分かったが、いま手榴弾の仕組みを知ったところでそれがどうだと言うのだろうか?


「要するに安全ピンを抜かない限りは爆発しないし、ピンを抜いても爆発するまでに逃げる時間がいくらかあるってこと」


「爆発物は安全に保管出来ないなら危険過ぎて扱い辛いし、スイッチを入れたら直ぐに爆発するようでは、遠隔操作でも出来ない限りは危険すぎてスイッチを入れられないでしょ」


 つまり、比較的安全に管理出来て、爆発して欲しい時に爆発させれないのであれば、爆弾の原料がいくらあっても意味が無いと言いたいのだろう。時間があれば簡単な起爆装置くらいは作れるかもしれないが、、。

 しかし、いつ敵が来るとも分からないこの状況では無理だろう。保乃の力になりたいと思ったがいきなり出鼻を挫かれる感じとなってしまった。やはりここはSPの皆さんに任せるしかないのだろうか?考えを巡らせる、、。


「きゃーーっ!!」


 その時、急に妃花留ちゃんが大声を上げた。指差している方を見るとモクモクと煙が上がっているのが見える。


「火事?」


「あの辺りに何が有るか分かりますか?」

 岡島さんが煙の方を指差し私に聞いて来る。


「あの辺りは確か、、階段ですかね?」


「階段ですか?すると地下の方から煙が上がってきているのかも知れませんね」


「地下ってもしかして薬品庫?」


「そうか!アイツ等、抗インフルエンザ薬を混ぜた水を、至るところにバラ撒いているのに気が付いて薬品庫に火を放ったのか!」


「不味いですよ。抗インフルエンザ薬は感染してから48時間以内に投与しないと効果無いんでしょ」

 今にも駆け出していきそうな勢いで野間さんが言う。


「感染してから既に24時間は経過していると予想されるから、今日中には投与しないといけない。奴等の罠と分かっていてもいかざるを得ないか、、」


 岡島さんは野間さんの肩を掴み制止させ、行くべきかどうか自問自答し表情を曇らせる。


「ちょっと待って下さい!皆さんが行ってしまっては、ここが手薄になってしまうんじゃないですか?私は殺されてしまいます」

 今にも飛び出していきそうなSP達に向かって坂口所長がそう言った。


「しかし、薬が燃えてしまっては、ここにいる研究員達の脳炎の進行が止められなくなってしまいますよ。彼等の命の保証が出来なくなってしまうんですよ」

 坂口所長と岡島さんが言い合いを始める。


「薬品庫は諦めましょう」

 私は咄嗟にそう言った。


「何言ってるの?さっきも言ったでしょ。職業上、助けられる命を見過ごすわけにはいかないって」

 保乃が私を諌めるように言ってきた。


「別に助けないとは言ってない。ここは太平洋に浮かぶ離れ小島でも何でもない。国道を真っ直ぐ飛ばして行けば、隣街まで一時間と掛からずに行けるわ」


「抗インフルエンザ薬は日本中でここの薬品庫にある分だけじゃない。隣街に無かったとしても、ヘリで輸送する方法だってある。無理に薬品庫に取りに行かなくても、外部と連絡を取ることさえ出来れば、24時間以内に投与することは難しいことじゃない。今は坂口所長の身の安全確保を最優先させるべきだわ」


「なるほど!一理ありますね。薬品庫への陽動には乗らず、外部との連絡に尽力した方が良い。そういうことですね」


「はい。今、研究所は閉鎖されています。正門の扉の向こう側にはきっと何事かと思い、中と連絡を取ろうとしている人が必ずいるはずです。急に中との連絡が取れなくなって疑問に思っている人がいるはずです。研究員の家族だって何事が起こっているのかと心配しているはずです。連絡がつかないことを疑問に思っているはずです。それより何よりも今日出勤するはずだった職員だっているはず、その人は中に入れないので何かしらの行動を起こしているはずです。正門まで行けば誰かしらとコンタクトはとれるはずです」


「大沢先生を追いかけてきたマスコミもまだ居るかもしれないしね」

 私の言葉に保乃がそう付け加えた。その言葉に私は力強く頷く。


「でも誰かが行かなければならないなら、結局は手薄になってしまうんじゃない?」

 朱璃がそう言う。


「そうね。だから私が行くわ」

「有美が?」


「私がここにいても役に立てるとは思えないし、それに考えがあるのよ」

「考え?」


「ええ。陽動に乗った振りをするのよ。バリケードを固めてSPさんの三人が薬品庫に向かうの。それを見たテロリストは当然こちらに向かってくるはず。ここに誘き寄せておいて出入口を塞ぎ、私達は避難ハシゴを使って裏からここを離れる。裏側には監視カメラは無いのでその動きは察知出来ないはず。そして向かったと思わせていたSPさんが戻って来てこの部屋にテロリスト達を追い詰める。何てのはどう?」


「危ないわねー。でもそれ良いかも。誘き寄せて袋のネズミにしちゃう作戦ね」

 保乃は意地悪そうな笑顔を見せる。


「ええ。それにさっき隣の部屋でいいもの見つけたの。テロリスト達の動きを封じるには十分な威力があるはず」


「何か考えがあるなら有美はここにいた方が良くない?私が正門まで行くわよ」

 朱璃はそう言ってきた。


「何言ってるのよ!危険よ!研究所内にはまだ感染者がゴロゴロいるのよ。研究所内の構造を理解してない朱璃では無理よ」


「それにテロリストに見つかったりしたら大変じゃないの?」

 保乃も朱璃の発言を咎める。


「私だって何か役に立ちたいの。狙われているのは私じゃないし、私の事をテロリストが狙ってくるとは考えにくい。感染者達だって物音たてないようにして、目合わせないようにすれば良いんでしょ。楽勝よ」


「なら。私が行きます!」

 朱璃の提案に妃花留ちゃんが割って入ってきた。


「先生はとろいからダメだと思うんですよ。先生より私の方が足が速いからいざとなって走って逃げなきゃならない時がきたら私の方が良いはず」


「何言ってるの!?生徒にそんな危険な事させれる訳ないでしょ。ここは先生に任せておきなさい」


「じゃあ。私も付いて行きます」

 流唯ちゃんも名乗りを上げてきた。


「一人よりは二人の方が良いでしょ」

 そう言って妃花留ちゃんの方にウインクする。


「二人とも無茶言わないの」


「気持ちだけで十分。未成年の君達にそんな危険な事をさせる訳にはいかないわ」

 保乃も二人の女生徒を宥めつかせようとするが、、。


「ここに残っていたって感染者に襲われる可能性は無いとは言えないし、テロリストは間違いなくここに来る。ここにいれば安全という保証は無いと思います。なら、私達は私達の出来る事をすべきだと思います」


 妃花留ちゃんは毅然とそう言い切った。確かに坂口所長と行動を共にしてしまっては常に危険が伴ってしまう。ここを離れた方が安全かもしれない。しかし、女子高生にそんな事をさせてしまっていいものなのだろうか?答えが見つけられない。


「そう言う問題では、、」

 朱璃、保乃が答えに困っていると、、。


「確かに一理ありますね。いきなりマシンガンをぶっ放してくるような奴等だ。我々と一緒に行動を共にするより安全かもしれない」


 岡島さんのその言葉で、止めようとしていた周りの大人達の空気が変わった。正面玄関まで行けば誰か助けてくれる人が居るかもしれない。感染者達の行動パターンも分かっていて、目さえ合わせなければ問題ない事も分かっている。

 何人かの感染者に薬を飲ませる事も出来た。これからパク君のように回復して正気を取り戻す大人達も増えて来ることだろう。我々と一緒にいない方が良いかもしれない。


「分かったわ。でも十分注意するのよ」

 朱璃はそう言って妃花留、流唯の事を抱き寄せた。目には涙が浮かんでいるようだ。


「先生、大丈夫ですよ」

「先生の方こそ気を付けてよ。先生はいつも肝心な時にドジするんだから」

「言ったなー」


 生徒から指摘があったように昔からちょっと天然が入っているところがあるが、ちゃんと先生をしている姿に何か胸が熱くなってきてしまった。


「リュックに水の入ったペットボトル入れとくわ。もし襲われたらそのペットボトルを投げつけるのよ。そうすれば感染者達はそちらに気が取られるはずだから、逃げる時間を作れるはず、その隙に逃げるのよ」

 そう言いながら保乃は水の入ったペットボトルを荷物の中へ押し込んだ。


 理性を失った人達の中に女子高生の二人を解き放って良いものなのだろうかと思うが、ここはテロリストが襲って来る可能性が高い。それを考えればここに居る事も安全とはいえない。少しでも何かしてあげたいと思っての行動なのだろうが、どちらが安全だとも言えない状況だけに、この判断が後で悔いが残らない決断になるよう祈るばかりだ。


「光牙。スタンガン有ったでしょ。二人に持たせて上げて」

「あ、は、はい!」


 保乃にそう言われた野間さんはスタンガンを取りだし、二人に使い方をレクチャーしだした。


「なに楽しそうにしてんのよ」

 保乃が冷やかすように言う。


「女子高生二人も相手に出来て羨ましいわねー」

 朱璃もそれに乗っかり追従するように言う。


「ちょ、ちょっと!からかわないでくださいよ!」


 野間さんが顔を赤らめていたので、保乃はついつい揶揄いたくなってしまったようだ。束の間の一時、その場は和らいだ空気に包まれる。


「いい?誰も守ってくれる人は居ないのよ。何があっても立ち止まっちゃダメ。追い詰められた時は、メチャクチャで良いから暴れてその場を逃れるのよ。それと奴等は音に敏感だから悲鳴を上げたりしちゃ、絶対ダメだからね」

 そう言って朱璃は二人の手を強く握った。二人はその言葉に力強く頷いていた。


 今日会ったばかりだが、これまで共に危機を突破してきた。愛着が出ない訳がない。まるで自分の妹のように可愛くみえる。絶対無事に帰って来て欲しいと思った。


「歯痒いわね。私にもう少し力があったなら、、」

 二人の背中を見送ると、朱璃が唇を噛み締めながらそう言った。


 二人が出ていった後、私達は中にあったテーブル、イスで簡易的なバリケードを作り始めた。SPさん三人は隣の部屋からもせっせとテーブル、イスを運び出しドアの前に積み上げ出した。そして消火器を抱え上げると薬品庫へと向かい走り出していった。

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