第14話 手のひらの上
「私、薬品庫に行ってきましょうか?」
朱璃は表情一つ変えずさらりとそう言った。朱璃の事だからあまり深く理由を考えず言ったのだろう。
「何言ってるのよ!?猛獣がいる檻の中に飛び込んで行くようなものなのよ?危険すぎるわ!」
私は慌ててそれを制する。
「でも、そのチョウって人はフラフラな状態なのに薬品庫から、ここまで無事に来てるじゃない?」
確かにそうかもしれないが、だからと言って次も安全とは限らないのではと思った。
「サラッと行ってサラッと帰ってこれば大丈夫よ。きっと」
「サラッと行って来れるかしら?」
だったら薬品庫までの道順を知っている私が行ったほうが良い。そう思ったが、また襲われてしまったらと、考えてしまうと私が行きますとどうしても言い出すことは出来なかった。
朱璃は本当に勇気あるな。
「ここに来る時も何も無かったし大丈夫そうじゃない?」
「確かにそうですけど万が一の事を考えるとですね」
私は朱璃の提案に反論が思いつかないでいると、岡島さんが朱璃の事を宥めつかせようとしてくれた。その様子を見ている間に私はまた沢山の疑問点が頭に浮かび上がってきた。
「ねえ?チョウ君。起きてる?少し話せる?」
おもむろにチョウに近づいて話しかけた。チョウは目を開け私の言葉に軽く反応して頷いた。
「ねえ、どうやって薬品庫まで行ったの?」
「いや、どうやってって言われても、記憶が曖昧で」
袖で横になっていたチョウは私の言葉に反応し、少し体を起こそうとしてきたがそれは制した。
「どうかしたの?」
その会話を聞いていた朱璃が私が難しい顔をしているので除き込みながら聞いてくる。
「だってチョウ君のこと、暴れるから皆んなでロープでぐるぐる巻きにしたじゃない?どうやってロープ外したのよ?一人じゃ絶対に外せないくらいぐるぐる巻きにしたよね?」
その場の全員がそう言われるとそうだなと思ったのだろう。お互いに顔を見合わせ出した。
当然答えを出せる人なんていなかった。
ぐるぐる巻きにして放置してきたはず。なのにこのチョウという青年はなぜここにいるのだろうか?なぜここに来れたのだろうか?
自分では絶対に外せるはずはない。あれだけ雁字搦めにされていては、いくら暴れてもひとりで外れたとは考えにくい。
「誰か解いた奴がいるって事か?」
独り言のように低い声で岡島さんはそう言った。
「そう考えるのが妥当ですよね?」
私は拳を口に当て、考え込むように虚空を見つめる。
「そう言えば不可解な事が多いですよね?さっきから疑問に思ってたんですけど。僕達がここを出て行って、間髪入れずにここに刺客がやって来たんですよね?どうしてここで待ち伏せ出来たのでしょうか?彼等は我々がここに来るって分かっていたのでしょうか?」
考え込んでいる岡島さんに野間さんはそう言った。
「それにおかしいんですよ。狙撃するなら普通、ターゲットを狙って1発で決めようとしませんか?こんなに滅茶苦茶に撃つ必要なんて無い」
「何が言いたい?」
「さっきの狙撃は我々を殺すためのものじゃない。自分の方におびき寄せるものだったんじゃないでしょうか?」
「つまり陽動だったと?俺達はまんまとアイツ等の手のひらの上で踊らされてしまったという事か?」
戦力を分散させ、確実に暗殺出来る方法をとったという事なのだろうか?
「狙撃なら敵と距離を取れる。反撃されにくいし、逃亡する時間も稼げる。暗殺するなら狙撃という手段を取るのが得策だぞ」
「狙撃の技術が未熟だったとしたら?」
「なるほど!それは有り得るな」
岡島さんと野間さんが議論しているのを聞いて察しがついてきたような気がした。
狙撃で暗殺したいが狙撃の技術は無い。ならば護衛は少ないに越した事はない。それで陽動作戦をとったのだろうか?しかし、なぜここに来ると予想できたのだろうか?
「もしかして、全て最初から仕組んだ事だったのかしら?」
「どういう事です?」
二人の目がこちらに向いたので、私はこれは仮説ですと、前置きしてから話始めた。
「感染者がどういう習性を持っていて、どういう行動パターンをとると予想が出来ていたとします。大沢先生がこの施設を訪れる事は知っていた。それに坂口所長が迎えに出てくる事も知っていた。そこへインフルエンザ脳症を発症しているチョウ君を解き放つ」
「どこかに縛り付けておいて、時が来たらロープを切断して、私達の方に行くように仕向けたとかですか?」
「いいえ。初めてチョウ君に会ったとき、身体にロープの跡は無かったわ。おそらく部屋に閉じ込めておいて解き放ったのよ」
「まず、第一段階としてチョウ君を解き放ち、おかしくなってしまっている人間がいると印象付ける」
「そして、第二段階として複数の者を解き放つ。一人取り押さえるのにあれだけ苦労したと知っている私達は当然、逃げることを選択する」
「その時、坂口所長から研究中のインフルエンザウイルスが原因の可能性があるということを告げられる。私達もウイルスに感染したかも知れない、所長室に行けば抗インフルエンザ薬が手に入ることを告げられる。その事を予想しておく」
「もしそうだとしたら。相当頭が切れる奴等ですね?」
全身に鳥肌が立ったのか野間さんは体を摩りだした。
「でも、感染者は理性を失ってる奴等ですよ。そう簡単にコントロール出来ますか?」
「習性を利用したんだと思います」
「習性と言いますと?」
「水に敏感に反応するって事ですよ」
「彼等は水に対して異常なまでの執着心を見せてくる。水の音を聴けばそちらに必ず向かって行きます。それを利用したんだと思います」
「部屋の中から水の音を出して招き入れ電子ロックをする。各部屋に何人か分けて入れておけば必要な時に必要な人数を送り出すこ事が出来る」
「なるほど!それは考えましたね。でももしそれが本当なら我々は完全にアイツ等の術中に嵌められているって事じゃないですか?」
「そうですね。所長室に招き入れたいので、ここまでの行程には問題無く来れた。もしいま動いたら、薬品庫に向かったら、感染者に囲まれてしまう可能性が高いかもしれません」
「まいったなぁ。手のひらの上で転がされているってことか」
「大丈夫よ。こっちには有美がいるんだからそう簡単に向こうの思い通りにはならないわよ」
朱璃が私の肩を叩きながらそう言ってきた。
「しかし、部屋で水の音を出して招き入れるとか命懸けですね。一階なら窓から逃げれるでしょうが、二階では逃げ場確保出来たのでしょうか?下手したら。感染者に囲まれてしまう事になりかねないでしょうに」
「いいえ。本当の水を用意する必要は無いですし、そもそも部屋に入ってないと思います」
「入ってならどうやって水の音を出して、部屋の中に招き入れたのですか?」
私は天井を指した。
「そうか!館内放送」
「ええ。音で反応するなら別に水を流さなくても、スピーカーから水の音を流せばいいだけです」
「スピーカーからの音で招き入れ、電子ロックをし閉じ込める。そして必要なときに電子ロックを外す」
岡島さんはそう言って絶句していた。
「最初から全て仕組まれていたって事か、そうするともしかしてあと二人殺すっていうのも罠かもしれないな?」
「いいえ。それは間違いない事だと思います」
二人のSPを見つめ力強くそう言いきった。
「何か根拠でもあるのですか?」
「飛奈は嘘を付くとき目が泳ぎやすい。あの時の飛奈の目は、嘘を言っているような目には見えませんでした」
「あなたが知っている飛奈さんとは変わっているかもしれませんよ。現に、、」
岡島さんが『現に、、』と言いかけたところで、私はその先の言葉を聞きたくなかったので遮るように言った。
「間違いありません。飛奈は嘘は言っていません」
岡島さんは気圧されしたようで次の言葉を飲み込み、発する事はなかった。
「では幼馴染みのあなたならこれから飛奈がどう動くか検討つきますか?」
「現在、私達は戦力を二分している。飛奈ならそのチャンス逃さないはず」
「ここに来る可能性が高いと?」
力強く頷いた。
「どうします?岡島さん合流しますか?」
「いいや。取り敢えず自分達の身の安全の確保だ。有美さんどこか安全に身を隠せる場所有りませんか?あなたの言葉を信じ所長室に止まっているのは危険と判断し移動することにしましょう」
その時、通路の方から『ピッ』と、ドアロックが解除される音が聞こえてきた。
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