第十三話

「班長の八神殺ったんだって!?」

 部屋に飛び込むなり、飛奈は矢継ぎ早にそう言った。


「梨名さん凄いじゃないですか!」


「あはは、でも保乃先輩にはボコられたけど、、」


「いちち、、」

 華鈴の手当を受けていた梨名は傷口に沁みたのか声を上げた。


「ごめん!大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫、ありがとう。でもダメだな。天衣みたいにはいかないや」

 

 天衣は二人のSPと対峙しても怪我一つせずに帰って来たというのに、私ではやっぱ無理ね。そんな意味を込め言ったのだろう梨名の表情は曇っていた。


「SP2人と対峙して良く無事で戻って来れたわよ。鉢合わせになるって分かってホント冷や汗掻いたし。SPっていったら日本トップレベルの人よ。この程度で済んで良かったわよ」


 華鈴にそう慰められても納得いかない顔をしていた。梨名は梨名なりにもっと頼られる存在で有りたいと思っているのだろう。


「今回の最大の難敵、八神殺ったんだから大金星じゃない!もっと胸張りなさいよ」


「華鈴が私に有利な状況を作ってくれたし、保乃はカッとしやすいから挑発してとアドバイスもくれたからね。助かったよ、ありがとう」


「天衣は特別なのよ。比べちゃダメ、梨名は十分やってくれたわよ」

 華鈴はそう気落ちするなとの意味も込め、梨名の肩を揉みご機嫌を取ろうとする。


「なんで私は特別なんですか?」


「あなたは化け物だからよ」


「リーダー!化け物って言われました!酷くないですか?」

 天衣は私に告げ口するようにそう言ってきた。


「実際に化け物みたいに強いんだから仕方ないでしょ。意地悪で言ってるんじゃなくて華鈴なりの最大限の褒め言葉よ」


「胃袋も化け物だしな」

 私がフォローしたというのに梨名は追従して茶化してきた。


「ひどーい。酷すぎる!」

 天衣は皆に茶化されすっかり膨れっ面になってしまった。


「もー。皆、私の可愛い、可愛い天衣ちゃんを苛めないでよー」

 膨れっ面の天衣に愛着を感じ抱き寄せる。


「あー!また贔屓が始まったー」

「贔屓だ!贔屓だー」


 穏やかな時間が流れていく。私の掛け替えのない頼もしい仲間。皆良くやってくれている。


「それでどうだったの所長室は?」


「ペットボトルが複数転がってて感染者が倒れ込んでたわ。どう思う?向こうは完全に習性把握してしまったと思う?」


「そうでしょうね。それよりあの短時間で感染者複数を突破して、他の部屋に移動するなんて想定外ね。向こうに相当の切れ者がいるわね。SPのどちらかかしら?」


「でしょうね。そのどちらかが黒幕かもしれないし」


「黒幕って?」

 飛奈の放った一言に、天衣が疑問顔をする。


「警察組織に裏切り者がいるかもしれないって噂よ。まだ確証を得ている訳ではないから想定した上で行動しましょ」


「天衣は余計なこと考えないでいいんだよ。まあ考えても無駄だろうけど、単細胞だから」


「華鈴さん化け物の次は単細胞ですかー!」


「いい加減にしとかないと、お前マジで殺されるぞ」


「殺しませんよー、私の事なんだと思ってるんですか?」


「殺人鬼」

「殺人鬼」


 あーもう、なんですぐこうなっちゃうんだろ!こんなんだからさっきから出し抜かれている気がする。戯れあっている3人を他所に一人で考察して見ることにした。


 梨名がパクを解放し、華鈴がパクを誘導し、パクの登場にアイツ等が混乱している間に梨名が高畑を殺る。銃声を聞いたSPは何かしらの行動に出る。その間に私と天衣が坂口所長を殺りに行く。そんな計画だった。

 二人は当初の計画通りに見事に遂行してくれた。色々なトラブルは合ったが二人は臨機応変に対処し、事を乗り切ってくれた。

 梨名の方にSPが向かった事をいち早く察知し、耳の良い梨名が有利になるよう、相手の視界を封じる作戦を思い付き、梨名は梨名でこの緊急事態を上手く乗り切ってくれた。

 梨名でなかったら無理だったろう。梨名と華鈴の頭の回転の早さが、冷静に事を判断し緊急事態を無事に乗り切ったといえる。本当に頼りになる仲間だ。



「皆、無理はしちゃ駄目よ。引くときは引きなさい」


 でも、無理はして欲しくない。そう思って忠告した。わちゃわちゃしていた空気が一気に引き締まる。


「分かってるわ」


「でも良くやったわ。お陰で今のところ計画通りに進んでる。ありがとう」

 私は梨名を抱き寄せ感謝の気持ちを伝えた。


 梨名と天衣のお陰で5人いたSPは3人になっている。残りのSPが警察組織の裏切り者かどうかは置いといて、まず当初の目的の坂口暗殺をどうすべきか考える。


「それで華鈴。アイツ等どこにいるか分かる?」


「恐らく二階の会議室だと思う」


「なぜそう思うの?」


「ここの施設は火災対策が万全でブロック、ブロックごとに防火シャッターが設置されているのね。そのシャッターは熱に反応し、自動で瞬時に降りるように設計されているの。ということは常に熱センサーが働いているってことで、人が近くにいれば他より温度が高いとの反応を感知しているはず」


 そう言ってパソコンのキーボードを素早く操作し始めると、モニター画面にサーモグラフィーのような熱分布が分かる、色の濃淡で周辺の温度が見てとれる映像を表示した。


「ここ見て。ここのドアだけ若干色が濃く出ているでしょ。ドアの向こうに人がいるのよ」


 そう言って華鈴はモニター画面の一部を指差したが、私にはその違いはいまいち分からなかった。そんな私の曇っている表情を見て軽く笑うと。


「ここよーく見てて」

 そう言われ画面を凝視していると色がいくらか薄くなったような気がした。


「色が変わったでしょ。きっと誰か動いたのよ」


 他の画面も多少なりに色の濃淡の移り変わりはあるが、この画面のようにゆらゆらと動いているような感じで色の濃淡が変わることはないようだ。


「ここで間違いないわね」

 椅子の背もたれに体重を預け、自信満々に華鈴はそう言った。


「分かったわ。そこで間違いないようね。信用する。それで、何か策は考えているの?」


「薬品庫に火をつけるわ!」

「火を?また思い切った作戦ね」


「ちょっと待って。薬品庫に火をつけるって。平気なの?爆発とかしないの?」

 私が驚きの表情を向けている横で梨名が心配そうに聞いてきた。


「大丈夫よ。別に本当に火をつける訳じゃ無いから。発煙筒を焚いて警報を鳴らすだけ。それで十分奴等を勘違いさせる事が出来る」


「あー、なるほどね」


「薬品庫に火がついていると勘違いさせると、何か良いこと有るんですか?」


「現在この建物にインフルエンザウイルスに感染した人間が複数いる事は奴等も既に周知の事実。そして、インフルエンザウイルスのお陰で理性を失っているが、薬さえ飲ませられれば元通りの人間に戻るという事実を突き付けてある。薬さえ有れば元通りにしてあげれる。そして、その薬は薬品庫に大量にある事も伝わっているはず。薬品庫が燃え、薬が無くなってしまえば、元に戻してあげれなくなるという心理が働くはず。火をつければ薬を奪還しに必ず来るわ」


「敵を分散させられるかもって事ね」

「そういうこと!」



 華鈴の次なる作戦は薬品庫に火がついていると奴等に思わせる。そうすれば向こうは何らかの行動を起こすはず。SPの何人かは消火活動に向かうだろう。敵を分散出来れば暗殺の確率は上がる。私が作戦の概要を復唱していると、天衣がキョトンとしている姿が目に映ってきた。


「どうかした?」

「もしかして感染者を作り出したのって、最初から薬が必要になることを想定してやったんですか?」


「そうよ。何でわざわざ危険犯して研究所に忍び込ませてウイルスばら撒かせたと思ってたのよ」


「いや、、ただ単純に混乱を引き起こさせるためかと」

 天衣のその言葉に華鈴は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。


「そんな事のためだけのはずないでしょ。私だって色々考えているのよ。更に言うなら、向こうの顔見知りを一番最初に送り込んで、新型のインフルエンザウイルスが原因なんじゃないかと思わせる事も、その感染者が一人じゃない事を見せつけるのも、抗インフルエンザ薬を服用すると元に戻れる事を気付かせるも想定の上。ついでに薬品庫に大量に抗インフルエンザ薬が有ることを認識させる事も想定済みよ。だから坂口所長を最後のターゲットにしたのよ」


 天衣が感心したように声を上げる。その声に華鈴は得意げに微笑んでいた。


「ひゃースゲーな!そこまで考えていたのかよ!そういうことだったのか!」


 梨名も驚きの声を上げる。その後こっちに振ってきた。当然私もその作戦を考えた一人だと思ったのだろう。


「そ、そうよ、、」

 冷静を装おうとしたが無理だった。


「華鈴任せにしてんじゃねーよ」

 私の動揺した表情を見て察した梨名は冷めた視線を向ける。


「良いのよ。私が口出ししない方が上手くいくんだから」


「開き直っちゃったよ」


 梨名の表情はリーダーなんだからちゃんと作戦考えるの手伝えよ。と、言いたげだった。

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