第11話 梨名の過去

「華鈴、どっちに行ったらいい?」


「SPは階段を降りてそっちの棟に向かうつもりよ。だから梨名は渡り廊下を渡って別の棟に移動しなさい」


「了解、でも狙撃して一人くらい倒せたりできないかな?」


「バカ言わないの!簡単に当たるものじゃないって分かったでしょ。いいから早く戻って来なさい」


「じゃあ、爆弾とか使ってドッカーンみたいな」


「はいはい、分かったわよ。じゃあ、爆弾用意しとくから早く戻って来なさい」


「ほーい」


 失敗だった。金属製のものは反射しやすいから注意するようにと言われていたのに、きっと反射させてしまい光が向こうに届いてしまったのだろう。


 私が撃とうと思った時には身を伏せられてしまった。慌てて乱射したが成果を挙げる事はできなかった。


私の名前は池上梨名。普通の家庭に生まれ、それ相応に不自由のない生活を送っていた。


幼少の頃より習っていたピアノが趣味で、腕前は人並み以上はあったと思う。幼少の頃より音楽に触れていたお陰で、絶対音感なんかも持っていた。


私はそのピアノの腕前を活かしたくて高校入学と同時に軽音部に入部した。


皆んなでワイワイとセッションというものをしてみたかったし、何となくバンド活動というものにも憧れていた。

私は入部して直ぐ実力を買われ、キーボードの重要なポジションを任されるようになった。


やり甲斐を感じていたが、やはり先輩方について行くのは大変だった。先輩方のレベルは高く、負けじといっぱい練習した。

いっぱい練習していたが苦痛ではなかった。元々好きなのもあったし、先輩方と上手に合わせられるようになっていくのが、成長してきているのが嬉しくて練習が苦痛だなんて全く思っていなかった。


ただそれが悪かったらしい。


体が悲鳴を上げているのに楽しさが勝ってしまい、不調に気づくことができないでいたようなのだ。


ある日私は猛烈なめまいと吐き気に襲われ、その場に踞り動けなくなってしまった。


病院に運ばれ、私に告げられた病名は『突発性難聴』というものだった。


ストレス性ともウイルス性とも言われている原因不明の難聴で、初期にめまいを伴うものは予後が悪いと言われているのだそうだ。


私は直ぐに入院となった。


入院し治療したが私の聴力は元通りになることはなかった。絶対音感を持ち合わせ聴力には自信があった私が、普通の会話も出来ないくらいの聴力になってしまった。


絶望的だった。


昔から音楽を聴いたり奏でたりして楽しんでいた私が、こんな耳になってしまうなんて、正直死にたいと思っていた。


あの時の私は希望を失い、どんどん塞ぎ込んでいってしまっていた。


 そんな時だったこの研究施設の事を知ったのは。新しい難聴の治療法を確立するための臨床試験の協力者を募集していたのだ。私は藁にもすがる思いでその募集に飛びついた。


 協力者は私以外、全員年配者だったので成果は今一つのものとなっていたのだが、私だけなぜか上手くいった。


 上手くいっただけでなく、人並み以上の聴力を手に入れることが出来た。これでまた普通の生活に戻れる、また音楽を楽しめると思っていた。


 が、なぜ上手くいったのか?


 なぜ君だけ人並み以上の聴力を手に入れる事が出来たのか?


 今後のためにも、他に悩んでいる人のためにも、引き続き研究させて欲しい。と懇願され、私は渋々この研究所に残ることを決断した。


 だが良すぎる耳のせいで研究所側の真意を知ってしまったのだ。


 聴力が人並み以上というのは、時には良くない方向に作用する事もある。私は聞いてしまったのだ。聞いてはいけないことを。


「高尾室長。なぜ池上さんを退院させてあげないのです。あの子は通常の生活を望んでます」


 その日、私の事を担当している看護師さんが普通の高校生活をさせて上げて欲しいと、担当責任者の室長に直談判を行ってくれていた。私は壁の向こうでその様子に聞き耳を立てていた。


「お前はバカか!患者のどうこうなんて関係無いだろ!ここの施設にどれだけのお金がかかってると思ってるんだ!確実な治療方法を確立しなければ儲けられないだろ!」


 絶句した。世界中の難聴の人を救うための協力だと思っていた。

 

 なのに、施設側としては私の成功をお金稼ぎの道具にしたいらしい。それが本音だったのだ。


 私はその日の夜、脱走した。


 といっても施設からの道は1本しかないので直ぐ捕まってしまった。私が数人の男性に囲まれ車に押し込められそうになっていた時、一人の女性が現れた。


 その女性はあっという間に数人の男性をなぎ倒してしまった。スタイルがよく、か細い女性だというのに大柄の男性をあっという間にねじ伏せてしまった。


 それが田渕飛奈という女性に初めて出会った瞬間だった。


 その後も何度も施設側の人間が訪れて来て、私に戻るように説得してきた。


 そしてそのうちの何回かは強引に私を連れ去ろうとしてきた。その度に飛奈に助けられた。


 私は通常の生活を諦め飛奈と行動を共にするようになる。格闘技は飛奈に教わった。自分一人で撃退できるようになるために。


 私は普通の高校生活を送らせてくれなかった施設側の横暴さに怒りを感じている。そして裏では何をしているのかも知っている。


 絶対に許さない。


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