第10話 凍り目の悪魔
『パン、パン』
全員何が起こったのか分からず放心状態になっていたので、落ち着くようにとの意味を込め拍手をして大きな音を出した。
私の拍手の音に全員の視線が一斉にこちらを向いたのだが、表情は固いままだった。
「取り敢えずバリケードを作りましょう。栗林、手伝って」
貴方は警視庁の人間なのだからしっかりしなさいとの意味を込めて、お尻を強く叩いてやった。
叩かれて不服そうな目を向けてきたが、何か不服でもあるの?と思い睨み返してやった。
「分かったよ!保乃には敵わないよ」
栗林がバリケードになりそうなものを探し始めたので、私は全員の身の安全を確認することにする。
班長達が向かって行ったのが分かったのだろうか、向かい側の屋上には既に人影は無くなっていた。
「大丈夫、怪我している人はいない?」
敵の脅威がなくなっているのを確認すると私はそう声を上げた。そして全員の無事を確認し、怪我をしていないかを確認しながら栗林の作業の手伝いをする。
大沢は『なんで私がこんな目に合わないといけないんだ』と、喚き散らしたり、怒鳴り散らしながら、周りの物に当たり散らし始めた。
所長さんが宥めようと必死になっている。こんな自分勝手な奴が国の未来を背負っているなんて信じられない。
私はそんな大沢は無視し、バリケードを張るため窓際に棚をずらしたりする。有美、朱璃、女生徒達も手伝ってくれた。
後片付けで少しでも多くの人手が欲しいというのにまったく嫌な奴だ。女子高生が力仕事を手伝ってくれているというのに、大の男が何をやってるんだ。
ブン殴ってやりたい気持ちを抑えながら私は作業を進めた。
その時だった、、その女が飛び込んで来たのは、、。
突然、天井板が破れ黒い物体が目の前に現れた。何か建材のような物が落ちてきたのかと思ったが違った。
全員が作業していた手を止め、驚きの表情を向ける。大沢も面喰らったように押し黙っていた。
人間だった。女だった。真っ黒な出立ちをし、とても研究所の職員だとは思えなかった。その女はゆっくり立ち上がると冷たい凍るような目で此方を見据えてきた。
「貴様ー。さっきの奴の仲間だなー」
栗林は興奮した様子で、冷たい目の女に飛び掛かっていった。
「ちょ、ちょっと」
一瞬の出来事だっただけに止める間も無かった。
女は右手で殴り掛かってきた栗林を右に凪ぎ払い、そのまま回転し遠心力たっぷりの肘鉄を後頭部に叩き込んだ。
強烈な一撃が栗林の後頭部を襲い鈍い、不快な衝撃音が響き渡る。そして、栗林は目をカッと見開き膝からくだけ落ちた。
一瞬で悟った。常人の動きではない。
私は咄嗟に銃のホルダーに手を掛け銃を抜き、女に向けようとした。
しかし、向ける前に銃を蹴り飛ばされてしまった。そして、さらに女が蹴りを出そうとしている動作に入っていたので、私は両腕でそれをガードする。
ガードをしている上からでも強烈な衝撃を感じ、私はそのまま吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。
「きゃーっ!保乃ー!」
そんな私の姿を見た有美の悲鳴が聞こえてきた。
私は衝撃で感覚がなくなっている腕を必死で動かし、警棒を取り出し冷たい目の女と対峙する。
物凄いプレッシャーを感じる。
その時まで私は同姓に負けたことなど無かった。だからSPにもなる事が出来たと思っている。
男性と対峙した時も、これほどのプレッシャーを感じたことなど今までになかったと思う。
どれだけの修羅場を潜り抜けてきたらこうなれるのだろうか?
この冷たい目をした女は何者なのだろうか?
横たわり動かなくなっている栗林が、冷たい目の女越しに目に入る。明らかに呼吸をしていないように見える。
共に苦しい訓練を乗り切ったときのこと、先ほどお尻を叩いてやった時のことが頭に浮かんでくる。
ついさっきまで笑い合っていた栗林が動かなくなっている。その姿を見て、怒りが沸々と沸き上がった。
怒りに任せに私は飛び込んだ。
女は私の振り下ろす警棒をいとも簡単に交わす。体制を崩さないように踏ん張り、振り下ろした警棒を薙ぎ払った。
薙ぎ払ったところを屈み込んで交わされ、懐に飛び込んできて腹部に膝蹴りを喰らわしてきた。
その衝撃に呼吸が止まり、意識が飛びそうになるのを必死でこらえ両手で女を突き飛ばす。
突き飛ばし距離を置くと片膝を付き腹部を押さえ苦痛で顔を歪ませながらも、相手を威嚇するように睨み付けた。
防護服を着ていなければ、先程の一撃で意識を失っていたことだろう。いや、意識を失うどころか死んでいたかもしれない。
華奢で腕も足も棒のように細いのに、何て攻撃力と瞬発力をしているのだろうか。
しかも寸分違わず急所をついてくる。この女はいったい何者だというのだろうか?素人とは到底思えないし、プロの殺し屋という年齢にも見えない。
先程蹴り飛ばされた時に弾き飛ばされた拳銃が床に転がっているのが目に入る。あの銃を取れれば、そう思った瞬間だった、、。
『ダン、ダン、ダン、ダン』
後方で四発の銃声がいきなり鳴り響いた。
私はその音に驚き振り返る。
そこには銃弾に撃ち抜かれた大沢とその秘書の姿があった。
そして更に私を驚かせたのがその銃を撃った女性の顔だった。
硝煙が曇るその向こうに見える顔には見覚えがあった。そこには懐かしい幼馴染みの顔があった。信じられなかった。何が起きているのか理解できないでいた。
そんな私に向かって田渕飛奈はブイサインをしてきた。
ブイサイン??
勝利宣言のつもりなのだろうか?
それともおちょくっているのだろうか?
「後2人」
「えっ!?」
「後2人殺るわ」
不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、あらかじめ用意していたと思われる、窓の外に垂らしたロープに飛び移り、下の階へと冷たい目の女と共に消えて行った。
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