第八話

 私の名は池上梨名。普通の家庭に生まれ、それ相応に不自由のない生活を送っていた。幼少の頃より習っていたピアノが趣味で、腕前は人並み以上はあったと思う。幼少の頃より音楽に触れていたお陰で、絶対音感なんかも持っていた。

 私はそのピアノの腕前を活かしたくて高校入学と同時に軽音部に入部した。皆でワイワイとセッションというものをしてみたかったし、何となくバンド活動というものにも憧れていた。

 私は入部して直ぐ実力を買われ、キーボードの重要なポジションを任されるようになった。やり甲斐を感じていたが、先輩方のレベルについていくのは大変と感じていたのだろう。


 ある日私は猛烈なめまいと吐き気に襲われ、その場に踞り動けなくなってしまった。


 病院に運ばれ、私に告げられた病名は『突発性難聴』というものだった。ストレス性ともウイルス性とも言われている原因不明の難聴で、初期にめまいを伴うものは予後が悪いと言われている。

 私は直ぐ入院となった。入院し治療したが私の聴力は元通りになることはなかった。絶対音感を持ち合わせ聴力には自信があった私が、普通の会話も出来ないくらいの聴力になってしまった。

 絶望的だった。昔から音楽を聴いたり奏でたりして楽しんでいた私が、こんな耳になってしまうとは、、正直死にたいと思っていた。私はどんどん塞ぎ込んでいってしまっていた。

 そんな時だったこの研究施設の事を知ったのは。新しい難聴の治療法を確立するための臨床試験の協力者を募集していたのだ。私は藁にもすがる思いでその募集に飛び付いた。

 協力者は私以外、全員年配者で成果は今一つのものとなっていたが、私だけ上手くいった。上手くいっただけでなく、人並み以上の聴力を手に入れることが出来た。これでまた普通の生活に戻れる、また音楽を楽しめると思っていた。


 が、研究所の方から、、。


 なぜ上手くいったのか?


 なぜ君だけ人並み以上の聴力を手に入れる事が出来たのか?


 今後のためにも、他に悩んでいる人のためにも、引き続き研究させて欲しい。


 と懇願され、私は渋々この研究所に残ることを決断した。研究所側の真意を知るまでは、、。


 聴力が人並み以上というのは、時には良くない方向に作用する事もある。私は聞いてしまったのだ。聞いてはいけないことを、、。


「高畑室長。なぜ池上さんを退院させてあげないのです。あの子は通常の生活を望んでます」


 その日、私の事を担当している看護師さんが『普通の高校生活をさせて上げて欲しい』と、担当責任者の室長に直談判を行ってくれていた。私は壁の向こうでその様子に聞き耳を立てていた。


「お前はバカか!患者のどうこうなんて関係無いだろ!ここの施設にどれだけのお金がかかってると思ってるんだ!確実な治療方法を確立しなければ儲けられないだろ!」


 絶句した。世界中の難聴の人を救うための協力だと思っていた。でも、施設側としては私の成功をお金稼ぎの道具にしたいらしい。それが本音だった。

 私はその日の夜脱走した。といっても施設からの道は1本しかないので直ぐ捕まってしまった。私が数人の男性に囲まれ車に押し込められそうになっていた時、一人の女性が現れた。

 その女性はあっという間に数人の男性をなぎ倒してしまった。スタイルがよく、か細い女性だというのに大柄の男性をあっという間にねじ伏せてしまった。それが田渕飛奈という女性に初めて会った瞬間だった。

 その後も何度も施設側の人間が訪れて来て、私に戻るように説得してきた。そしてそのうちの何回かは強引に私を連れ去ろうとしてきた。その度に飛奈に助けられた。

 私は通常の生活を諦め飛奈と行動を共にするようになる。格闘技は飛奈に教わった。自分一人で撃退できるようになるために。


 私は普通の高校生活を送らせてくれなかった施設側の横暴さに怒りを感じている。絶対に許さない。

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