第7話 現状確認
「保乃先輩、こっちはクリアです」
光牙と共に周りを警戒しながら進み、先ほどの場所の近くまで行くとドアの前で岡島さんと栗林が待っていてくれた。私達の姿を確認すると早く、早くと手招きを始めた。
「全員無事です」
栗林が中にそう報告すると朱璃と妃花留ちゃんが顔を出す。流唯ちゃんは二人の姿が見えたと同時に走り出していた。
二人に駆け寄り抱きついた。
「まったくー。心配かけないでよ!」
「先生。ごめんなさい」
あの少し天然が入ってておっとりしている性格の朱璃が、ちゃんと先生をしている姿に意外だなーっと思ってほっこりしてしまう。
まあ、私達も大人になったということかな。
その微笑ましい光景に今までの疲れが吹き飛んだ気がする。私達は人の命を守るために日々厳しい鍛練をしている。報われた瞬間だった。
抱き合っている三人を見て自分の仕事に誇りを感じた。光牙の方を見ると同じような感情を抱いているようだった。
「なに、泣いてんのよ」
目を潤ませていたのでそう茶化してやった。
「泣いてなんかいないですよ」
目元を拭い、平静を装っている姿がいたく滑稽にみえた。
「二人とも良く無事で戻った」
班長が強い視線を送りご苦労様と言わんばかりに力強く頷く。
「疲れていると思うが我々は今すぐ所長室に向かわなければならない。大丈夫か?」
いきなりのその言葉に光牙と目を合わせる。
「それはどうしてですか?」
一呼吸置きたいと思っていたのでそう聞き返す。
「所長室に行けば抗インフルエンザ薬が手に入るそうだ。まずは我々の身の安全の確保が必要だ」
そう言って班長は今後の事を、分かっている事を説明し始めた。
我々が今接しているインフルエンザウイルスは潜伏期が1~4日ほどで直ぐに症状が出る訳でもないが、はっきり分かっている訳でもないとのことだ。
マウス実験ではインフルエンザウイルスに感染後、1時間で発症した例もあるとの事なので急いだ方がいいらしい。
抗インフルエンザ薬は感染してから48時間以内に飲めば、効果が十分期待出来るらしいとのことだった。
「というと、もしかしてさっきから暴れている白衣姿の者達も元通りに戻せるかもしれないということですか?」
一緒に班長の説明を聞いていた光牙がそう質問をする。
「そういう可能性もあるということだ。ただ48時間以上経ってしまうと薬の効果は無に等しいらしい」
「白衣姿の者は感染してからどれくらい経過しているのですか?」
私が班長にそう聞くと言葉に詰まった班長を見兼ねたのか有美が説明し始めた。
「ハッキリとは断言出来ないけど、昨日会った時は特に症状が見られなかったので、感染してから24時間も経ってないと思う」
「48時間以内ならまだ1日以上あるわね」
「でも、何人感染者がいるか分からないし、早ければ早いほど薬の効果は良いと思うの」
「事は急を要するということね。分かったわ。早く所長室に行きましょう」
「それと柴村、もう一つ厄介なことが起こっているんだ」
厄介なこと?
「外と連絡が付かない」
私が疑問顔をしていると光牙がどうしてですか?と聞いていた。
「携帯も繋がらないし、固定電話も繋がらないんだ。柴村どう思う?」
どう思うってどういうことだろうか?
「もしかして誰かに仕組まれているとか?」
「まだ、なんとも言えん」
班長はなんとも言えんと言って微妙な表情をしていたが、一瞬大沢へ視線を送ったのを私は見逃さなかった。
班長も大沢の黒い噂の事が気になり、何か起きているのかもしれないと考えているのだろうか。
感染者が出ているのは、事故や不注意から来るものではないってことなの?
一体何が起こっているのか、ぜんぜん全容がつかめない。
「よし、1回状況をまとめよう」
班長が浮き足立っている皆んなをまとめるためにそう言った。
いきなりの事で全員、気が動転してしまっている。現在まで分かっている事をまとめ落ち着くことが必要だろう。
「大沢先生が怒鳴り声を上げた時に集まって来たし、襲い掛かって来た時の状況を考えると感染者は音に敏感ということは間違いないだろう。それに加え、視界を塞ぐと急に大人しくなるようだ」
そう言えば流唯ちゃんを助けに行った時、大声で叫んだら急に向きを変えこっちに向かってきた事があった。
あれはそういう事だったのか。妙に納得してしまった。
それにテーブルクロスを顔に被せたら急に大人しくなった。あの時は、少し黙りなさいと自制心を促すくらいの気持ちで被せたのだが、結果的にそれが正解だったみたいだ。
視界を塞ぐと大人しくなるのね。
今までの感染者の行動を見て、思い当たることが合ったので班長の推察はさすがだなと思った。
混沌とした状況でもきっちりとそこまで物事を冷静に見極め判断するとは、流石SPの班長に任命されるような方は違うなと改めて思った。
「抗インフルエンザ薬は48時間以内に服用することが必須。私達も感染している可能性が高いので、早く服用しなければならない。まず私達が抗インフルエンザ薬を服用して安全を確保してから感染者達に何とかして服用させる。今やるべき事はそんなところか?」
「ちょっと待て。私は手伝わんぞ」
班長が説明し終わったところで大沢がそう言った。人手がいくらあっても足りないというのに本当に勝手な奴だ。
「分かってます。危険な事は我々SPでやりますので、先生は安全なところで休んでいて下さい」
イラついた表情を一切見せずにそう言った班長の姿に、なおいっそう流石だなと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます