第七話

「梨名、三人向かったわ」

 モニタールームで施設内の監視カメラの映像を見ている華鈴がそう伝える。


「了解。撤退する」

 その言葉を聞いた梨名はすぐその場を離れる準備を始めた。


 屋上からの銃撃は陽動。あわよくばここで仕留めたいとは思っていたが、やはりそう上手くはいかないようだ。自動小銃なんてそうそう簡単に扱えるようなものじゃ無い。

 こちらの動きを察知したのだろう。引き金を引こうとした瞬間、全員が身を屈めてしまった。銃口を向けているのに気付かれてしまったようだ。

 隣の建物からの狙撃にいち早く気が付くなんて、、やはり特殊訓練を受けているだけあって一筋縄ではいかないようだ。気配を消し、見えないように十分注意していた。光が反射しないようにも十分注意していた。特にミスは無かったので致し方ないことなのだが、悔しさが滲む。が、私は最低限の陽動するという役割は果たせた。

 SPの三人が上手い事、大沢から離れてくれた。私の達成出来なかった目的は飛奈、天衣の二人がきっと達成してくれる事だろう。


「勘のいい奴がいるみたいだから、十分注意するのよ」


「了解。梨名ご苦労様。あなたも十分注意して戻るのよ」

 

「了解、そっちも気を付けて」

「了解」


「二人残っちゃいましたね」

 隣にいる天衣が小声でそう声を掛けてきた。


「そうね」

 願わくはもう一人行ってくれていたら良かったのになと、思っていたのでその言葉に渋い表情をして答えた。


 私と天衣は所長室の天井裏に潜んでいた。想定通り大沢拓郎を連れてここに来てくれた。そして、想定通り何人かのSPを引き離す事が出来た。あとは私と天衣が一人ずつSPを相手し、どちらかがSPを突破し大沢に銃弾を浴びせるだけ。もう少しで私達の目的を果たす事が出来る。


「私が保乃をやる。天衣はもう一人の方お願い」

 そう言って飛び込もうとした時、不意に天衣に腕を掴まれた。私は驚いて天衣の表情を伺う。


「私が二人を引き付けます。リーダーは頃合いを見計らって、大沢の前に飛び出て銃弾を浴びせて下さい」


 思わぬ提案に私は驚いた。確かにその方が大沢暗殺の確率は上がるだろう。しかし、天衣はどうなってしまうというのだろうか?

 特殊訓練を受けているSPを同時に二人も相手にしなくてはいけなくなってしまう。危険だ。いくら天衣でも危険すぎる。


「言ってる意味分かってるの?いくらなんでも危険よ」

 掴んできた腕を掴み返し天衣の瞳を見つめ表情を強張らせ、強く否定するように首を振る。


「分かってます。でも、絶対にその方が良いと思います」


 確かにそうだろう。しかし、年少の天衣にそんな危険な事をさせても良いものかと思案する。


「大丈夫です。私はそう簡単に殺されたりしませんから」


 私を安心させるためか天衣はそう言って私に微笑みかけてきた。しかしまだ決断できていない私に、天衣は掴んでいる私の手に軽く自分の手を添えてきた。


「あんみつ美味しかったです。ここ出たらまたご馳走して下さいね」


 ウインクしながらそう言ってきた言葉に私は『ドキッ』と、してしまい掴んでいた手の力を緩めてしまった。それと同時に天衣は一人で敵前に飛び込んで行った。



「取り敢えずバリケードを作りましょう。栗林、手伝って」


 班長達が出ていき向かい側の屋上に人影が無くなっているのを確認すると私は皆にそう声を掛けた。そして全員の無事を確認し、怪我をしていないかを確認しながら作業を進める。

 大沢は『なんで私がこんな目に合わないといけないんだ』と、喚き散らしたり、わがままを言ったり、周りに当たり散らしたりしている。

 所長さんは宥めようと必死のようだった。こんな自分勝手な奴が国の未来を背負っているなんて信じられない。後片付けで人手が欲しいというのにまったく嫌な奴だ。

 私はそんな大沢は無視し、バリケードを張るため窓際に棚をずらしたりする。有美、朱璃、女生徒達も手伝ってくれた。

 女子高生が力仕事を手伝ってくれているというのに、大の男が何をやってるんだか!ブン殴ってやりたい気持ちを抑え作業を進める。


 その時だった、、その女が飛び込んで来たのは、、。


 突然、天井板が破れ黒い物体が飛び込んで来た。全員が作業していた手を止め、驚きの表情を向ける。大沢も面喰らったように押し黙った。その女はゆっくり立ち上がると冷たい凍るような目で此方を見据えてきた。



 威勢の良い事を言って飛び込んで来たけど、一人に手間取ってしまったらもう一人が大沢を連れて逃がしてしまうかもしれない。


 容赦は無用!!



「貴様ー。さっきの奴の仲間だなー」

 栗林が冷たい目の女に飛び掛かった。


「ちょ、ちょっと、、」

 止める間も無かった。


 女は右手で殴り掛かってきた栗林を右に凪ぎ払い、そのまま回転し遠心力たっぷりの肘鉄を後頭部に叩き込んだ。強烈な一撃が栗林の後頭部を襲い鈍い、不快な衝撃音が響き渡る。そして、栗林は目をカッと見開き膝からくだけ落ちた。


 私は咄嗟に銃のホルダーに手を掛け銃を抜き女に向けようとする。しかし、向ける前に銃を蹴り飛ばされてしまった。そして、さらに女が蹴りを出そうとしている動作に入っていたので、私は両腕でそれをガードする。ガードをしている上からでも強烈な衝撃を感じ、私はそのまま吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。


「きゃーっ!保乃ー!」

 そんな私の姿を見た有美が悲鳴を上げる。



 流石は天衣。SP相手でも全然引けを取っていない。天衣が圧倒的に優位な状況なのを見て一安心する。

 天衣は私と出会う前、凍り目の悪魔と呼ばれていた。私が天衣に初めて会ったのは拘置所だった。拘置所で拘束衣を着せられがんじがらめにされている時だった。

 私があの子の存在を知った時、是非とも仲間になって欲しいと思う程の逸材だった。格闘技の天性の才能をもった逸材だった。

 天衣の父親はキックボクシングの世界チャンピオン。母親は柔道の金メダリスト。格闘技の遺伝子を引き継いだ、超がつく程のエリート。格闘技界のホープだった。

 幼少の頃より格闘技ではどの種目をやっても連戦連勝。無類の強さを誇っていた。しかし、中学の時に出たある大会で悲劇は起こってしまったのだ。


 天衣の放った上段蹴りが相手選手の後頭部を直撃し、相手選手は亡くなってしまったのだ。


 今までうなぎ登りに評価の上がっていた天衣だったが、その一件の事故以来批判の的となってしまった。元々、天衣の才能に僻みを感じていた連中はこことぞばかりに叩き、天衣を爪弾き者とした。罵倒し、扱き下ろし、厄介払いするようになった。そんな環境に耐え兼ねた両親は一家心中を計ったそうだ。

 山の中で車にガムテープを張り密閉し練炭自殺を計った。しかし、運良く近くの住人に発見され、天衣だけ生き残った。生き残る事は出来たが、その後の天衣の人生は正に地獄だった。両親という頼れるかけがいの無い存在がいなくなってしまった天衣は大いに荒れた。


 盗み、恐喝、暴行事件を多数起こしていた。何度も警官に追われた。そして何度も警官を撃退した。


 何の躊躇もなく急所を狙い振り抜いてくる打撃技、冷静にその場を逃れようと見極めようとする冷たい目をしている姿から、凍り目の悪魔と呼ばれるようになった。

 そしてある日、たった一人の少女相手に警官は十数人で取り囲んだ。天衣は臆することなく抵抗する。一人目を払腰でねじ伏せ、後ろから掴みかかろうとした警官を一本背負いにする。さすまたで向かってくる警官は、さすまたの先を踏みつけ柄の部分に蹴りをいれる。そうすると手元の部分が警官の腹部に突き刺さり警官は痛みに悶え踞る。

 そして、次に向かってきた警官の喉仏に天衣の右ストレートがカウンターぎみにまともに入った。その警官は呼吸困難になってしまったのか喉元をかきむしるようにし、悶えながら死んでいったそうだ。

 その苦しそうな姿に天衣は中学時代の試合で、命を奪ってしまった対戦相手の女の子の事を思い出し戦意を失ったそうだ。そこを拘束されてしまったそうだ。

 過失の事故だったとはいえ将来有望な女の子の命を、、そして日々、悪者と戦い治安を維持している警察官を殺してしまった。天衣は自分のした事の罪の重大さに潰され心を失った。


 そんな時だった。私が拘置所に赴いたのは。拘置所で拘束され心を失い死んだ魚のような目をして、天衣は虚空を見つめていた。

 天衣を解放するに当たって、もし天衣が心を全く持たない冷徹な人間だったら仲間にするのはよそうと思っていた。拘置所に忍び込み天衣の前に立ち、目を除き込み私はこう質問した。


「あなたの罪を帳消しに出来る方法を私は知っている。付いて来る気ある?」


 そう伝えると死んだ魚のような目をしていたはずの目の奥に光が灯り、潤いだし涙を流し始めた。


 私の思惑は正しかった。天衣は辛かったんだ、天衣は苦しんでいたんだと。天衣は必死で生きようとしていただけだった。

 盗みだって、恐喝だって生き残るために致し方なくしていたに違いない。天衣は優しい心を持っている。その目を見た時、そういう印象を受けた。私は天衣を仲間にすると決めた。



 あなたが味方になってくれて本当に心強く思う。あなたを味方に引き入れて本当に良かった。天衣が一人を倒したところを見た私は天井づたいに大沢の方へ移動した。



 私は警棒を取り出し、冷たい目の女と対峙する。物凄いプレッシャーを感じる。その時まで私は同姓に負けたことが無かった。だからSPにもなる事が出来たと思っている。男性と相対した時も、こんなプレッシャーを感じた事がない。どれだけの修羅場を潜り抜けてきたらこうなれるのだろうか?この冷たい目をした女は何者なのだろうか?

 横たわり動かなくなっている栗林が、冷たい目の女越しに目に入る。明らかに呼吸をしていないように見える。共にキツい訓練を得たときの事を思いだし動かなくなっている栗林の姿を見て、怒りが沸々と沸き上がった。怒りに任せに私は飛び込んだ。


 女は私の振り下ろす警棒をいとも簡単に交わす。体制を崩さないように踏ん張り、振り下ろした警棒を薙ぎ払った。薙ぎ払ったところを屈み込んで交わされ、懐に飛び込んできて腹部に膝蹴りを喰らわしてきた。

 その衝撃に呼吸が止まり、意識が飛びそうになるのを必死でこらえ両手で突き飛ばす。突き飛ばし距離を置くと片膝を付き腹部を押さえ苦痛で顔を歪ませながらも、相手を威嚇するように睨み付ける。

 防護服を着ていなければ、先程の一撃で意識を失っていたことだろう。華奢で腕も足も棒のように細いのに、何て攻撃力と瞬発力をしているのだろうか、、。

 しかも寸分違わず急所をついてくる。この女はいったい何者だというのだろうか?素人とは到底思えないし、プロの殺し屋という年齢にも見えない。

 先程蹴り飛ばされた時に弾き飛ばされた拳銃が床に転がっているのが目に入る。あの銃を取れれば、、そう思った瞬間だった、、。


『ダン、ダン、ダン、ダン』


 後方で四発の銃声が鳴り響く。私はその音に驚き振り返る。そこには銃弾に撃ち抜かれた大沢とその秘書の姿があった。

 そして更に私を驚かせたのがその銃を撃った女性の顔だった。硝煙が曇るその向こうに見える顔には見覚えがあった。そこには懐かしい幼馴染みの顔があった。信じられなかった。何が起きているのか理解できないでいた。


 そんな私に向かって田渕飛奈はブイサインをしてきた。ブイサイン??勝利宣言のつもりなのだろうか?それともおちょくっているのだろうか?


「後2人」

「えっ!?」


「後2人殺るわ」


 不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、あらかじめ用意していたと思われる、窓の外に垂らしたロープに飛び移り、下の階へと冷たい目の女と共に消えて行った。

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