第5話 白衣姿の者、大暴れ
私の名前は尾関有美。大学に進学と同時にこの美郷村を離れたが縁があって新設された研究施設で働けることになった。
研究費が削られ潤沢な資金が用意できなくなっている昨今なのだが、大沢先生の尽力もあり資金に困ることなく研究を続けていられる。
大沢先生には大変感謝している、なのに大沢先生が訪れている日にこんなことが起こってしまうなんて。
「朱璃、大丈夫だから」
もう一人の生徒、妃花留ちゃんと抱き合って不安そうにしている朱璃にそう声を掛けた。
「有美、どうなってるの?」
睨んでいるような、怒っているような目を向けそう聞いてきたが、私に聞かれても何が何だか分からない。
今までこんな事無かった。不注意からの事故なのかどうかも分からないし、例えそうだとしても感染してしまっている人が一人だけではなく複数人いるなんて。
もう大事故じゃん。
私の施設でこのようなことが起こってしまうなんて信じられない。何とか対応策を考えなくてはいけないのだろうが、頭が真っ白で何も考えられなかった。
そうしている間にSPの岡島さんと栗林さんは白衣姿の者達と交戦状態に入った。
追い払おうと腕を突き出すと、腕に絡みつくような感じで捕まってきて顔を突き出してくるので払い除け、突き飛ばしていた。
突き飛ばしても突き飛ばしてもこちらに向かって突進するのをやめようとしないので、栗林さんが「いい加減にしろ」と言いながら殴りつけてしまった。
でも効果はあまりないようで、すぐに起き上がりこちらに向かってくる。
「何なんだよ、コイツ等!」
殴っても殴っても、突き飛ばしても突き飛ばしても直ぐに起き上がって向かって来る。痛みは感じていないのだろうか。
関節を決めて押さえ込もうとするが動きを封じ込めることは出来なかった。組み合うと筋肉トレーニングを欠かさないSPの有能株が力負けし押し込まれてしまっていた。
「コイツ等!本当に人間かっ!」
衰えることのない相手の勢いに栗林さんが弱音を吐くと岡島さんが『弱音を吐いても誰も助けに来ないぞっ』と、叱咤激励をしていた。
班長さんは私も含め室内に全員招き入れた事を確認すると二人の援護にまわり、二人から白衣姿の者を引き離すと中に入りドアの鍵を閉めた。
「ぷっはっー。マジかよアイツ等!マジの化け物になっちまったのかよ!」
岡島さんが荒れた呼吸を整えようと着衣を緩めながら言った。
「脳炎の影響で力の加減をして無いんだろう」
班長さんは岡島さんと栗林さんの背中を叩き、労いながらそう言う。
元来、人は自分の体を壊さないよう筋力をセーブしていると聞く。そのセーブが外れてしまっているのだろうか。
「これからどうしますか班長」
青ざめた表情の栗林さんがそう声を上げた。
「柴村が戻って来るかもしれん。ドアの前の奴らを排除しよう」
「班長、マジですか?またあの中に戻るんですか?」
栗林さんは信じられないような表情を浮かべながらドアの方を指差す。
そこで大沢先生の怒りが舞い戻り、また怒鳴りはじめた。
その時『ガタッ』っと音がし、何かが動いたと思い視線を移すと白衣姿の者が後ろから飛び出し大沢先生に襲い掛かった。
しかし、班長さんがその気配をいち速く察知し、白衣姿の者を羽交い締めにし押し倒す。
柔道の寝技が得意なのだろうか、班長さんはオリンピックで見るような形に抑え込み白衣姿の者の動きを封じようとする。
「凄い力だ。早く縛り上げてくれ」
「班長の寝技が決まれば普通は身動ぎ一つ出来なくなるのに、どんだけの怪力なんだよコイツ」
白衣姿の者はジタバタと班長さんの寝技を外さんばかりの勢いで暴れる。
「いいから栗林、なんか縛れるもの探せ」
「ロープ、ロープ」
岡島さんと栗林さんは何かしばれるものはないかと引き出しを開けたり、棚を開けたりし出した。
「これは、、」
私はガムテープを見つけ差し出す。
岡島さんは私からガムテープを取り上げるとグリグリ巻きにし、奇声を発し続けているので猿ぐつわをする。
それでもまだジタバタと身動ぎし、飛び出さんばかりの勢いで目を見開いているので、朱璃が『気持ち悪い』と、言いながら目にガムテープ貼るとようやく静かになった。
「目を塞ぐと大人しくなるのか?」
その光景を見ていた岡島さんがそんな声を上げた。
ホッと一息つくと朱璃の判断をナイスだと思ったのだろうか、妃花留ちゃんと朱璃はハイタッチを交わしていた。
「先生、あまり大きな声を出さないで下さい」
白衣姿の者は部屋の中に潜んでいたと思われる。私達が入って来てからしばらくは何も動かず大人しくしていたのに、急に襲い掛かってきて暴れ始めた。
なぜこのタイミングだったのか考えた時、大沢先生の怒鳴り声が響き渡った瞬間飛び出してきたので、声に反応したのではないかと思い班長さんはそう言ったのだろう。
「ああ、そ、そうだな、、」
肝を冷やしたのだろう大沢先生は班長さんの言葉を素直に受け入れていた。
そういえばエントランスでも大声を出して怒鳴っていたので、白衣姿の者が集まって来たのかもしれない。
あいつ等は声に反応するのだろうか?
「携帯が繋がらない」
妃花留ちゃんが困り顔でそう言っていた。
その言葉に反応し全員が自分のスマホを確認し始める。そして、『私のも、私のも、、』そんな声が広がっていった。
「無線機も駄目です。柴村も野間も応答がありません」
栗林さんがそう言った。さっきの揉み合いで壊れてしまったのだろうか。
「固定電話も駄目ですね」
部屋にあった電話の受話器を取り、岡島さんが首を振っていた。
「ドアの向こうに白衣姿の者はいなくなったようですよ」
ドアモニターから外を確認した私は班長さんたちに向かいそう言った。
「班長どうしますか?柴村の援護に行きますか?」
モニターに何も写っていない事を確認すると岡島さんはそう言った。その言葉を聞いた栗林さんがビクンと反応する。
「いいや。無線が使えない以上、入れ違いになってしまっては大変だ。二人とも優秀な刑事だ。きっと無事任務を遂行してくれるだろう。今は信じて待とう」
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