第3話 柴村保乃凱旋
私の名は柴村保乃。柴村保乃、セキュリティポリスになって美郷村に凱旋帰郷!
何と誇らしい気分なのだろう!なんか金メダルでも取って地元の英雄になって凱旋帰郷している気分だ。気持ちの高揚が抑えられない。
しっかしこの村も変わったもんだ。こんな綺麗な道路と歩道が整備されちゃって、私が高校生の時は舗装なんてされてなかったぞ!よく水溜りの跳ね返りで制服汚して怒られていたっけ。
そういえば用水路に落ちたこともあったな。
それなのになんで、今は立派な柵が出来ているのよ。私の時は柵なんてなかったでしょ!柵なんて!
しかも柵を斜めから見ると『美郷村へようこそ』って見えるようにペイントしやがって!
反対側は『またきてけろ』とでも入っているのか?おい?
村を出て行く時は本当に何もない村だったけど、研究所が出来てからは全国に美郷村もその名が知れわたる事となった。
まさかこんな形で帰郷出来るなんて思いもしなかった。見た目は大分変わっちゃったけど、懐かしい村の空気は感じることが出来る。
しっかし立派な建物が出来たもんだ。白を基調としたその建物は細かいところまで凝ったデザインとなっていて、見ているだけでも飽きさせない。
もう少し早く出来ていたら自分もここで働いていたのだろうか?との思いが込み上げてくる。
お昼休みは中庭のベンチでサンドイッチをかじりながらレポートを書いたりしていたのだろうか?
でも、理数系は苦手だったから無理だったかな。
そういえばここで働く事になった、幼馴染みの尾関有美は元気でやっているだろうか。あの子は私と違って理数系が得意で優秀だった。私が来ることは伝えておいたが、どうしているだろうか。
『また夜にでも連絡してみよう』と、昔の思い出に浸っていると、ふとこの村のシンボルだった大杉の事を思い出し周りを見渡す。
私が急に周りを見渡し出したので、班長たちが慌てた様子で「どうした?」と聞いてくる。
「任務に集中しろ」
事情を話すと怒られてしまった。でも「久々の帰郷なので仕方ないですよ」との声が上がって、車内は笑いに包まれた。
このチームは本当にいいチームだと思う。
しばらく進んでいくと中庭の方に大杉がそびえ立つのが見えてきた。『切られずに残っていたんだね』と、感慨深い気持ちでいっぱいになる。森で迷ったとき、よく君を目印に帰って来たっけ。
そういえば、森の中を連れ回した田渕飛奈は元気でやっているだろうか?駄目だ。感傷に浸ってるばかりで全然仕事にならない。
集中しなければ。
私は衆議院議員の大物、次期総理大臣候補ナンバーワンとも言われている大沢拓郎の警護の仕事をしている。同じ県の出身とあって親近感を持っていただいて接して貰っている。
地球温暖化による感染症拡大を防ぐため、高度な化学兵器を用いてのテロ対策のため、難病の治療法確立のため研究所は建てられた。
その研究所建設に尽力したのが大沢拓郎だ。選挙が近いこともありパフォーマンスの一貫として、自分の功績をアピールするため明日ここを訪れる。
広大な敷地に十分な設備の整った研究施設がいくつも入り、大学と併設していて多くの学生達が高度な勉学を学べる環境が整っている。
その学生達はいずれ優秀な研究者に育ち、世界へと羽ばたくことだろう。まだ設立して間もないので学生の数は少ないが、全国から集められた優秀な研究者達が幾人も最先端の設備で日夜研究に励んでいる。
そして後日、大沢拓郎を乗せた私達のチームは研究所を訪れた。
私達のチームは班長八神哲也、先輩でエースの岡島秀樹、同期の栗林俊一、後輩の野間光牙(こうが)と私の5人で編成されている。
入り口には何人かのマスコミが見られた。大沢はそれに気付くと停車するよう指示し、車の窓を開けこちらに向けられたカメラに笑顔を振りまき手を振る。
記者の一人が大沢にコメントを貰おうと詰め寄るがチームの数名がこれを制止する。
施設内の撮影許可は出ていない。テロ対策の部所もあるためマスコミは入り口までとなっていた。
「ご苦労様です。視察の様子は後でお話しします」と、大沢は閉め出しを喰らったマスコミ等に軽く頭を下げ優しく声をかけていた。
正面玄関まで来ると、研究所所長の坂口誠司と尾関有美が迎えに出てきていた。
有美が迎えに出て来ていることには驚かされたが、さらに傍にいた知った顔に私は驚愕した。
同級生の平井朱璃(あかり)の姿があるではないか。朱璃の隣には女生徒二人の姿も見える。朱璃は地元の高校の教師をしていて今日は2人の生徒を連れ、研究所に社会科見学らしい。
高校生が帯同するとは聞いていたがまさか教師が朱璃だったとは。
社会科見学を口実にして私の仕事ぶりを見に来ているらしいとのことだが、職権濫用なんじゃないかと思う。手前勝手なところは昔から変わってないようだ。
有美に朱璃、二人とも幼馴染み。二人の方に視線を送ると手を振ってきた。私は答えるように軽く笑みを浮かべる。
それに気付いた班長が私の事を小突いてきた。班長め、知っていたな。
朱璃の隣にいる可愛らしい女の子がこちらに丁寧にお辞儀をして来た。朱璃のクセにしっかり生徒に指導しているんだなと思って笑みが溢れる。
私も着ていた懐かしい制服を着ているので、その制服を見せられたらまた感傷に浸るようになってしまうではないかと思い、気合いを入れ直すように唇を固く結んだ。
有美、朱璃と一緒に送った学生生活の記憶が甦り胸が熱くなる。その光景を思い出しながら、熱くなった胸を抑えながら私は周りを警戒した。
「ヤバい。ちゃんと集中しないと!」
大沢拓郎には黒い噂が常に付きまとっている。それは非社会組織との繋がりや黒い金の流れなど多種に渡る。
今日、この施設を訪れたのも表向きは選挙向けのパフォーマンスとなっているが、何かここの所長と密談があるのではないかとも言われている。
しかし、それは別の部所が捜査すれば良いだけの事。私の役目は外交手腕や牽引力が国内トップクラスと思われる大沢拓郎という人物を警護する事、それだけだ。
それに集中すれば良いだけのこと。
大沢拓郎と坂口誠司はにこやかに握手を交わす。その後、坂口に促され施設内に入って行く。入ったところで坂口に代わり有美が施設内の説明を始めた。
ここまでは何事もなく順調だった。しかし、一人の男が近付いて来たことをキッカケにし、事態は急変したのだった。
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