第2話 思い出の商店街
私、田渕飛奈はここ、特に特産品も観光スポットも何もない、美郷村(みさと)という村で生まれ美郷村で育った。
美郷村は自然に囲まれた大変美しい村だが、刺激が少なく、若者達は都会に憧れ、村を出ていってしまっている状況が続いていた。
村唯一の商店街も年々、一つ、また一つとシャッターが閉まりだし、人通りは疎らになっていく一方の過疎化が激しい村だった。
と、いう私も村を出てしまった一人なんだが、、。
私は災害時に活躍している自衛隊の姿に感銘し憧れ、高校を卒業すると同時に入隊を目指しこの村を出た。自分で言うのもなんだが優等生だった。男性隊員にも負けないくらい優秀だった。
体を動かすのは昔から好きだったし、自然が私の遊び場だったので、生まれ育った環境が私を有能な人材へと育て上げてくれていたのかもしれない。
好奇心旺盛な私は森を探検するのが大好きだった。今日は西の森を、別の日は東の森を、周りを森で囲まれているので探検しても探検しても、回りきれることはなく飽きることは無かった。
それに加え、同じ森に行ったとしても新しく巣穴が出来ていたり、蕾だった花が咲き誇っていたり、毎回違う景色を見せてくれる。行く度に新しい発見があり飽きさせることが無い森だった。
熊は生息してないので、猿とか猪に注意すれば一日中遊んでいられた。あまり遠くに行くなとは言われていたが、村にある大きな一本杉のお陰で奥に入り込んでしまってもそれを目印にして必ず帰ってこれた。
近所のお姉ちゃんと遊ぶことも多かった。お姉ちゃんは私より運動神経が良く、急な斜面もぬかるんだ場所でもひとっ飛びで越えて行ってしまう。
よく置いてけぼりを喰らったが、負けじと必死で付いて行って追いかけ回していた。あれで大分鍛えられたのだと思う。
子供の頃の一、二歳の違いは成長過程においてかなりの差だと思う。それを感じさせないくらいの差で付いて行っていたのだから、かなり鍛えられたのだと思う。
それが男性にも引けを取らないほどの身体能力へと育て上げたのだと思う。この身体能力を活かしたい。何かの役に立てたい。そう思って自衛隊に入隊した。
私のこの類い稀ない身体能力でずっと、ずっと、人々の役に立てる仕事をしていきたい。人に自慢出来る仕事をしていられると思っていた。この研究所が出来た本当の理由を知るまでは、、。
地球温暖化が問題になってきている昨今、日本も平均気温が上がってきている性か、最近では熱帯地方の感染症が日本でも流行してしまうのではないかとの声が上がるようになってきている。
そんな感染症や科学テロの原因になりうる物質を研究するため、難病の治療法を確立するために美郷村に研究施設は建てられた。その計画に美郷村は大いに喜んだ。全国各地から優秀な若者達が沢山集まり始め、寂れた村はどんどん盛り返していった。
シャッターを閉めざるを得なかった商店街の亭主達は隣町まで出稼ぎに行く必要は無くなり、商売を再開出来るようになり、村は活気を取り戻しつつあった。
そんな人通りの戻りつつある商店街を池上梨名、川崎天衣を連れ立って歩く。吉田華鈴は『別にパソコンで村の様子なんていくらでも見れるからいい』と言って付いて来なかった。
全く陰気な奴だ。
『実際に見て感じてみないと分からないこともあるんじゃない?』そう言うと『監視カメラがそこらじゅうにあるから問題ない』のだそうだ。
国の研究施設があるとのことでいろいろ監視と規制が必要なのだろうが、華鈴のようなハッカーからしたら村中除き放題になってしまう。何とかして欲しいものだ。
「うわっー。美味しそう」
商店街を歩いていると、あんみつ屋さんを見つけた梨名が声を上げた。
梨名は甘い物に目がない。甘い物を食べてばかりいるくせに、全然太らないというなんとも羨ましい体質をしている。
寄って行こうと私の手を引いてくる。渋っていると天衣も入りたそうな顔をしていたので、少しくらい寄り道してもいいかなと思い入ることにした。
そんな私の反応を見て梨名は少し不満そうに口を尖らせた。また天衣ばかり贔屓してるとでも言いたいのだろう。
嫉妬するなんて可愛い奴だ。
私は『ごめん。ごめん。何でも好きなの食べて良いから』と、肩を抱きながら宥めると、眼を輝かせながら『良いの?』と、言ってきた。
単純なヤツめ。
中に入ると昼時を過ぎたばかりの時間帯とあって幸い空いているようだ。梨名と天衣は空いている席に座るとメニューを開き食い入るように見始めた。
私は深く帽子を被り目元が見えないように注意する。狭い村だ。どこで誰に見られているか分からない。当然このあんみつ屋さんにも何度も足を運んだことがある。
足を運んだことがあるどころか、よく遊んでくれた近所のお姉ちゃんの実家だ。
置いてけぼりを喰らって、不貞腐れている私を宥めるためよくここに連れて来てくれた。
不貞腐れている私に『そんなに怒んないでよー』と、言ってあんみつをご馳走してくれた。
ご両親も優しい方で『遠慮しないでいっぱい食べなさい』と、言ってくれた。美味しかったあんみつの味を思いだし、口の中が甘くなったような感じがする。そんな昔の事を思い出していると、、。
「何笑ってるんですか?」
天衣がそう言ってきた。
天衣は年少という事もあり基本、私達に敬語を使ってくる。『別にいいよ』と、言っているが『一応』と、言ってそうしている。彼女なりの礼儀なのだろう。
「食べたときの事でも想像してたんだろ」
梨名がそう茶化してきた。一番馴染みが深い梨名は私に遠慮がない。何でも思ったことをズケズケ言ってくる。
「それは貴女でしょ」
ニヤケ顔が止まらない梨名に冷たい視線を送りながらそう言い返す。
「えっ!そ、そう?」
そんな顔してないと誤魔化そうとしてるのか、両手を頬に当て頬を上下に動かし出した。
「さっきから口元が緩みっぱなしですよ」
天衣も便乗し、鋭い突っ込みを入れてきた。その指摘に梨名は今度は口角に中指を当て上下に動かしだす。
「だって~。このクリームが山盛りになってるのも美味しそうだし、この抹茶入りのも美味しそうだし」
「このフルーツが入ってるのも美味しそうですよ」
二人はメニューを決めるだけだというのにキャッキャッ、キャッキャッと楽しそうだ。
「あーもー、決められない」
「もう、全部頼めばいいでしょ」
「そうしよっか!」
おいおい。冗談で言ったつもりだったが二人は『そうしよう、そうしましょう』と、盛り上がりだし結局二人で六品も頼んでいた。
「何も頼まないんですか?」
そう言われたが一つ一つが結構ボリュームのある品物なので、私はどうせ食べきれなくなって、残すだろうと想定し何も頼まなかった。私は食べれるなら残り物でも良いと思っていた。
幸い対応してくれた店員は知らない顔だった。天衣と同じくらいの年頃に見える。
研究所が出来、周辺に人が増え商売繁盛となり、人手が必要となりバイトでも雇っているのだろうか?
懐かしい顔を見たいとは思ったが今は人目を忍ばなくてはいけない時、このままただの客としておくことにした。
注文したあんみつが運ばれてくるたび、二人は歓声を上げる。並んでいるあんみつに目を輝かせ一口味わっては別な皿をとり、一口味わって別のお皿を取るを繰り返す。
「ちょっと、はしたないわよ!」
と、注意はしてみるが、全く聞く耳を持つ様子はない。
お互いに食べさせ合いをしたりキャッキャッ、キャッキャッと楽しそうにしている。二人は美味しそうに次々と頬張り、その度に至福そうにとろけた表情をする。
私も一口二口貰った。その美味しさに表情がとろける。本当にここのあんみつは美味しい。
美味しそうに食べ進める二人だったが、急に梨名の表情が強張り鋭い目へと変わった。
「どうしたんですか?」
天衣が不思議そうに梨名の顔を除く。
「どうしたの?」
「普通じゃない車が近付いて来る!」
「普通じゃない車?」
梨名は人並み以上の聴覚を持っている。何か違和感の感じる音を聞き取ったのだろうか?顔をしかめ音の原因を探ろうと聞き耳をたてていた。
絶対音感も持っているので、音が重なりあっていたとしても何の音か聞き分けてしまう。普通じゃない車とは一般に走っている車とは違う音をしているという事なのだろうか?
「改造車?」
「故障車ですか?」
「いいえ違う。もっと重厚感が感じられるような、、」
何か違和感を感じているらしいが原因を特定するまでにはいかず、必死で記憶を探り何かを思い出そうとしている様子だった。
『もしかして!』と思い、私は窓の外に眼を向ける。明日、衆議院議員の大物大沢拓郎の視察がある。警備の下準備のために警備の人間がこの村を訪れていてもおかしくない。
目を凝らしていると黒塗りのセダンがゆっくりと商店街を走ってくるのが見えてきた。
ルートの確認でもしているのだろうか?窓は開け放たれ助席と後部座席に乗る男性がしきりに周りを見渡している。
私は帽子をさらに深く被るようにかぶり直し、窓枠に隠れるようにして様子を伺うことにした。
運転をしているのは女性のようだ。セダンが近付き運転手の顔が視認出来るようになりその見覚えのある顔に私は驚愕した。
「保乃ちゃん!?」
見間違えるはずはない。今通り過ぎたセダンを運転していたのは近所のお姉ちゃん、ここあんみつ屋の娘、柴村保乃に間違いない。
東京の大学に行って警視庁に入ったとは聞いていたけど、まさか大沢拓郎付きのSPをしていたとは!?
運命を感じざるを得ない。私は貴女を越えないといけないようね。貴女を越えなければ作戦は成し遂げられないかもしれないという事なのね。
「どうしたんですか?さっきから怖い顔をして」
天衣がそう言ってきたのでテーブルに視線を戻すと、更に驚愕の事実が私に突き付けられた。
「あなた達、全部食べちゃったの!!」
「至福のひと時でしたー」
二人ともとろけた笑顔を見せそう言ってきた。
「もっといけたかも」
アホかお前らは!?
二人の食欲には呆れてしまった。全く緊張感の無い奴等だ。でも心強く思う。私には二人と華鈴がいる。きっと全て上手くいくはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます