第38話 孤児院魔術士、厄災を起こす
シャルは庭で呆然と空を見上げていた。
その方向には霧の森があり、アメリアを心配しているのは一目瞭然だった。
「シャル、心配か?」
「うん。アメリアが凄く強いのは分かるけど、それでも心配だし不安はある」
「そうじゃな」
ルアはシャルの横に並び、アメリアを心配しているシャルを支えた。
物理的に支えるのではなく、心で支えるのだ。
「お主はアメリアの事が好きじゃの」
「うん。家族だしね。とっても好きだよ」
「ふん。妾は淫魔族だぞ? 人の感情には敏感でな。お主はアメリアに友情や家族愛以外の感情を感じるぞ」
シャルは静かに人差し指でルアの口を塞いだ。
それ以上は言ってはダメ、言葉では言ってないがそう感じる行動だった。
「少しだけ妬けるの」
シャルはただ、アメリアの帰りを一秒でも早くなるよう、祈った。
◆
ドラゴンの体の形が変わり、四足歩行から二足歩行の形になる。
機動力が上がった可能性がある。何よりも、前足が先程よりも脅威になると予想出来る。
『行くぞ、人の子よ』
「ああ来なよ、霧の龍」
『ミストナックル!』
「雷電の槌」
霧に濃く覆われたドラゴンの拳と魔術で生み出された電気の槌が衝突する。
ドラゴンが加速して私の背後に現れ、その拳を突き出した。
ギリギリで躱したが、一瞬で蹴りだ下から上がって来た。
「ちぃ!」
結界で防ぐが、吹き飛ばされた。
上へと吹き飛ばされたが、体にダメージはなかった。
「おいおい。全力で来ますか?」
『どうだろうな。霧の剣!』
真っ白な霧が剣の形を作り出して、全てが私に迫って来る。
あの数を一瞬で作り出すって、術式の構築が確実に私よりも上だな。
でも、ドラゴン本体じゃないならこれは通用するだろ。
「
私は魔術を対象に時間停止魔術を使って動きを止め、攻撃の魔術で破壊する。
煙の中をヌルりと出て来るドラゴン。
『ふははは! 懐かしい、この感覚は本当に懐かしいぞ!』
「速い! 電光石火」
加速して飛んで避ける。
距離を離しながら術式を構築して行く。
当然、ドラゴンは追って来ており、木々の隙間を通っても木々を破壊しながら攻撃して来る。
攻撃を躱して術式が完成する。
「界雷! 双撃の落雷!」
二つの魔術でドラゴンを襲う。
しかし、防ぐ事はしないで躱しやがった。
先程の形態よりも戦闘特化なのは明らかだったけど、ここまで戦い方が変わるのか。
一撃の火力は高いし、スピードも段違い。
スリムな体型になったからか。
『その程度では我と渡り合えんぞ! 霧の刃!』
飛び回りながら魔術で攻撃しているが、相手からの反撃も当然ある。
ホーミングのように追って来る霧の刃を加速しながら避ける。
魔術で破壊していく。時止めは使うだけ時間の無駄なきがしている。
攻撃した方が速いのだ。
『遅いぞ!』
「あんたが速いんだよ!」
一瞬で上を取られ、拳が飛んで来る。
大地を簡単に砕くその拳を私が受ける訳もなく、髪一重で躱す。
しかし、その隙に襲って来るのが霧の剣だ。
ドラゴンは物理の攻撃をしながら術式を構築して魔術の攻撃をしている。
しかも、私が集中して特訓し、ようやく少し扱えるようになった、放った後の魔術を操る技術も並行して使っている。
簡単に言えば、魔術の技術でも相手の方が上なのだ。
「私の勝ち目がっ!」
結界で防ぐが、当然簡単に砕いて来るよね知ってたよ。
「フレイム!」
炎の魔術で強く下に向かって進み、緊急回避する。
もう少し使える魔術は増やしておくべきだったか。
『つまらんぞ。もっと力を使ってみろ!』
「良いね。じゅあ、遠慮なく!」
相手の攻撃を逃げながら躱す鬼ごっこを再開する。
「天地抜刀、天より降り注ぐ輝く星々よ、闇に染まる地表を照らし砕け、抜きたるその力を彼の者に落としたまえ」
『魔法か』
「善も悪も等しく無にしろ、災害を呼びて世界を破壊する天災よ、その力を天より地に与えたまえ!」
さらに加速してドラゴンとの距離を離す。
魔術と魔法(詠唱魔術)は別物、魔術を使ってドラゴンの動きを遅らせる。
「降り注げ星々よ、
空が闇に染る。正確には星によって日光が遮断された。
『ほう』
巨大な隕石と小さな隕石の数々。
こんなのを森に落としたら住まうモンスター達が全滅してもおかしくない。
そう、ウル達も漏れなく、これを受けたら確実に死ぬ。
大量のマナを消費する。
本来は数十人の一級魔術士が詠唱を行って行使出来るような代物だ。
詠唱なので、この世界の概念に干渉して扱う魔術である。
つまり、この世界を創造した神が創り出して与えた超大規模広範囲殲滅魔術。
さぁどう出る、霧の古龍!
『面白い。ならばこちらもそれ相応を見せてやろう。同じような』
ドラゴンが厄災に向かって両手を向ける。
同じ⋯⋯まさか。
『八つの頭を切り落とせ、悪しき人喰いの竜を滅する刃よ、再びその力を現世で振るいたまえ、切り裂くは地に落ちる厄災、万物を守る盾となり、厄災を切り開く刃となれ、天羽々斬!』
無数の斬撃が隕石に向かって進み、切り裂いていく。
最初は真っ二つになり、そこから細切れにされ、粉々になっていく。
日光に当たればそれが反射して、私達の周囲を明るく照らす。
詠唱魔術を知っていて、しかも覚えていて、その上で使えるドラゴン。
こいつ、私の想定以上に化け物だ。
そう、それはファフニールに及ぶ程に。
だけど、ファフニールはダンジョンマスターとなり、暇な時間をひたすらマナの練習などに費やしていた。
その技術や経験を今は私が受けている。
反対に奴は霧の森を作り出してからただゴロゴロしていただけ。
そう判断するのは、今も私が平然と立っている事が根拠となっている。
ブランク、奴には戦ってない時間が沢山あり、戦闘勘などが鈍っている。
知識量がファフニールに迫っているとは言えど、その差は歴然の筈だ。
だけど、だからと言って私が勝てる保証はこれっぽちもない訳だ。
だって、ファフニールと比べても意味が無いから。
私、まだ全然ファフニールに勝てませんし。
『どうした?』
「いや。それ程の詠唱魔術を使える事にびっくりでしてね」
『あぁ。我も魔法を再び使う事があろうとは夢にも思っていなかった。力をつけても、それを競ってくれるアイツが居なくなったからな。だから嬉しいぞ。ここまで戦える相手が居て。⋯⋯まぁそれが、人間か魔人か分からんが』
「私は人間だと思ってるよ。一部では半魔人って言われているけど」
『半魔か。成程⋯⋯通りで。我とここまで戦えたのは過去に数体のみだ。その中で人型なのはお前が初めてだ。誇りに思え』
「⋯⋯断る」
ドラゴンと互角に戦えたから誇りに思え? ふざけてんじゃないよ。
ドラゴン程度と互角で戦えたからって私達にとっては自慢にならない。
確かに、今の私では本気の霧の古龍には勝てない。流石は古龍と言ったところか。
互角に戦えただけでも、人間としては最高峰の存在だと言われるだろう。
だけどな、私とファフニールの目標を考えたらちっぽけなんだよ。
寧ろ、互角だと言う事を恥じるべきだ。
だからこそ、私はドラゴンと互角に戦えた事を誇る気は無い。
「私はアンタを越える。そして神を越える。超越者になる。誰も敵にならない、誰もが恐れる、そんな最強に私は目指しているんだよ。だから、アンタと互角なんて嫌だね」
『懐かしい。なら、これでどうだ? 幻影多重存在』
ドラゴンの数が六体に増える。
そして、霧のように姿が消えた。
龍眼を持ってしても、⋯⋯見えない。
「体を霧に変えたのか!」
しかも、普段から森を覆っている霧とマナの性質は当然同じなので、どこに居るか分からない。
どこだ。アイツはどこに隠れた。
『ここだ』
「しまっ!」
後ろに迫ったドラゴンの拳が諸に入る。
骨が沢山砕けた音が鼓膜を揺らして、私は森の外まで吹き飛ばされた。
地面を抉るようにして。
今の一撃で内蔵もぐちゃぐちゃだろう。
私の意識は⋯⋯途切れた。
『加減が難しいな』
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