第30話 孤児院魔術士、レストランに行く

 「冒険者を引退?」


 「うん。唐突でごめんだけど、少しだけやりたい事が見つかってね」


 「⋯⋯そうですか。止める資格は私にない。頑張ってください」


 「あぁ。機会があったらまた会おう」


 私はハザールさんと握手を交わして解散した。

 ハザールさんが居なくても問題は無いのだが、少しだけ寂しいな。

 短い時間しか一緒に冒険していないが、一緒に飯を食べた仲だ。

 別れてしまうのはやっぱり寂しい。


 「はぁ。今日はどうしようかな」


 なんか心にぽっかりと穴が空いた様に何かをする気力が無くなった。

 ルルーシュから邪神教の存在とか色々と聞かされあけど、特に私からする事はないし。

 帰るか。


 私はする事もなく帰り、庭で空を見上げていた。


 「あれ、アメリアどうしたの?」


 「あ〜実は」


 私はシャルにハザールさんとの話をした。

 唐突に別れを切り出された事、ハザールさんが冒険者を引退した事。


 「そっか、仲良くなれると思ったんだけどね」


 「だね〜」


 「⋯⋯こ、この機会にアメリアも冒険者を引退するのはどうかな!」


 「ん〜確かに、その考えも良いかもしれないね。最近、シャル達との時間をもっと大切にしたいって考えてたし⋯⋯まぁまだ辞めないけど」


 「辞めないんだ⋯⋯」


 「うん。悪いね」


 とりあえず今日はシャル達と一緒に行動しようかな。

 何かをする気力がない。


 「⋯⋯せっかくなら贅沢しない?」


 「え?」


 と言う訳で夜、シャルの提案により我々は高級レストランに来ている。

 予約制であり、午前中にシャルが予約しに行った。

 私の心が落ち込んでいるからか、今日中にしたかったらしく、チップを弾んだそうな。

 シャルが珍しく無駄使いしたので、皆と一緒に楽しむ事にした。


 子供大人関係なく、コース料理に金貨20枚を支払うらしい。

 皆がワクワクしているので、私的には問題がない。


 「シャルが珍しいね」


 「うん。せっかくならね。アメリアが落ち込んだままだと、こっちも辛いしさ」


 「シャル⋯⋯」


 レストランへと入り、案内された席へと向かう。

 子供達と一緒だから机を三つ程使う事となっている。

 私はシャルの隣が良かったのだが、年長者としてそうはいかない。

 私、シャル、学生組と別れて子供達を見守る事にした。

 学生組にルアも混ぜる。


 運ばれてくる高級料理の数々を皆で和気あいあいとしながら食べる。

 ん〜シャルの料理をめいっぱい食べた方が良い気がする。


 「シャル先生の料理の方が美味しいな」


 「しーだよ」


 隣の男の子がボソリと呟いた。

 不味い訳では無い。むしろ美味しいのだが。

 やっぱり、どこか一歩だけ足りない感じがしたのだ。

 これを言ったら爆笑モノだが、シャルの隠し味『愛情』は最高のスパイスだったのかもしれない。


 「にしても、これらの食材ってなんだろ?」


 メニュー表とか無いから分かんないや。

 味でも高級の肉なんて分からないし。

 先日食べたグリフォンの肉ではない事は確かだな。


 「おいおい。ここはいつからガキ臭い連中の集まりになったんだ」


 「「ッ!」」


 ちょうど最後のデザートが来るのを待っているタイミングで、近くに座っていた連中の一人がこちらに寄って来た。


 「お前ら孤児院の奴らだろ!」


 「だったら何ですか?」


 いち早く反応したのは当然シャルだ。


 「臭いと思ったら亜人が居たのか」


 私、我慢しろ。

 ルアも我慢している。

 私達がここでマナを少しでも解放したら出禁ってレベルじゃすまない。

 ここは富裕層が来る所だ。

 戦いに慣れてない連中が濃いマナに当てられると気絶する可能性がある。


 そうなったら店的にも対処しないといけない事件となる。

 来るのは警察だ。それで孤児院の評判はさらに落ちる。

 それだけは、ダメだ。


 「ここはいつから貧乏人共が来る低俗な店に成ったんだぁ!」


 男が叫ぶ。

 誰もが迷惑がる素振りを見せない。それどころか、同情的と言うか賛同的と言うか肯定的と言うか、誰もがこいつらと同じ意見のようだ。


 「ガキ共にここの味が分かるかよ!」


 「それで、なんですか?」


 「い〜や? 俺は皆が思っていることを代弁しただけだ。亜人臭くてガキ臭いってな」


 「⋯⋯それは申し訳ございません。もうすぐ終わりますので」


 「さっさとしてくれよ〜味が落ちてかなわん。と言うか、お前達がここの支払いを出来るのかぁ? 食い逃げするつもりで来たんじゃなかろうな〜」


 「なっ! なんの根拠もないのに言いがかりは止めてください!」


 「ほんとかぁ? 貧乏集団なんだからする可能性はあるだろ!」


 「⋯⋯クッ」


 落ち着け。

 周りの目が集まって来てしまったか。


 「シャル、座ろう。そろそろ来る」


 私はシャルを宥めて席に戻そうとする。

 孤児院の評価なんてこんなモノだよな。


 「いいご身分だよなぁ。国から補助金が出来るからって、それで豪遊するなんてよォ〜」


 「⋯⋯」


 補助金?

 そんなのがあるなら私達は今まで苦労してねぇんだよ。

 何も知らない癖に。何も分かってない癖に。


 「何か言ったらどうだよ! 俺達の税金でこんな所で贅沢している穀潰しがよぉ!」


 「何故そのような言葉が使えるのですか!」


 「シャル!」


 「頭の悪いガキ共の為に、俺達が汗水流して働いて国に納めている税金をこんな所で使われないとダメなんだよ。生産性も将来性も無い、親に見捨てられたカス共の集まりがよぉ! 亜人に洗脳でもされてんじゃねぇか? なんとか言ってみろよぉ!」


 「ッ!」


 私はシャルの平手打ちを止めた。

 ここで暴力沙汰を落としたらこちらが十割悪いと判断が下される。

 エルフであるシャルが行えば罪はさらに重くなる。

 なんの確証も無く適当をほざいているコイツらの証言も、この場では正義なのだ。

 誰もが孤児院の人達と一緒の空間で食事をしたいとは思ってないのだ。


 コイツらが上級国民だと言うのなら、私達は下民だ。


 「なんで、そのような事が言えるのですか⋯⋯」


 「俺は事実を述べただけだが?」


 「⋯⋯ッ!」


 「シャル! 戻ろう。デザートが来る。これ以上空気を悪くしたら皆が不憫だ」


 私達は席に戻り、来たデザートを食べ始めた。

 笑顔が多かった子供達がデザートだと言うのに、一言も喋る事なく食べた。

 中にはアイツの言葉を真に理解している人も居るだろう。

 私のような物心つく前からここに居るなら良いが、もちろんそうでは無い人達も居るのだ。


 はぁ、胸糞悪い。


 食事を終えてレジに向かった。


 「金貨60枚です」


 「え?」


 「は?」


 私達は同時に呟いた。

 シャルは一番安いコースを選んで、皆で金貨20枚になる予定だった。

 多少のズレはあっても3倍になる訳がない。


 「あの、そこまで高いコースを頼んだ覚えはないんですけど?」


 「はて? おかしいですね。こちらでは確かに、ディナーBコースで予約されておりますが?」


 「待ってください! そもそもBコースならあの料理だとおかしいです! 証明しますのでメニュー表を持って来てください」


 「困りますよお客様、規則として予約段階でのみ、見せるようにしております。規則を曲げる事は出来ません。扉の注意書きの書いてあるでしょう?」


 後ろに先程絡んで来たチンピラが並んだ。

 嫌な予感がする。


 「早くしろよおせぇな! まさか払えねぇのか! 払えないのに美味い飯を食ったのか! これだから孤児共は! 俺達の税金で食えてんのによォ!」


 「違っ、これは何かの間違いで⋯⋯」


 そんなのは通用しない。

 レジの店員が薄ら笑いを浮かべていた。


 「⋯⋯ルア、手を貸せ」


 「ん」


 ルアが私の左手を掴んだ。

 これでマナの制御は格段に上がり、魔術の精度も上がる。

 マナを周囲に感じ取られる事無く魔術を発動できる。


 「アポーツ」


 孤児院にある金を魔術で私の右手に転移させた。

 袋中には大体100枚入っている。

 ⋯⋯これは銀貨も含めている全財産だ。

 金貨も40枚以上は入っている筈だから、シャルが用意してある金と合わせれば問題なく払える。


 「これで問題ないな」


 私は金貨40枚を置いた。


 「アメリア⋯⋯」


 「シャル、こいつらと会話するだけ時間の無駄だ。さっさと帰ろ」


 「うん」


 支払いは完了する。舌打ちが聞こえた。

 これでもシラを切って来るようなマネをするなら⋯⋯ルアの力を全力で使う。

 ルアの力を使ってしまえばこいつらの記憶にも今回の事は残らない。

 まぁ、最終手段だがな。


 「まぁ良いでしょう」


 「二度と来んなよ!」


 誰が来るか、こんなクソッタレな店。


 私達は暗い気持ちのまま帰る事となった。


 「皆、親に捨てられたなんて考えるな。私やシャル、それに他のみんな、新しい家族に出会えたと考えろ。⋯⋯ここが私達の家でファミリーホームだ。そして、私達が家族だ。その事を忘れないでくれ」


 私がそう言うと、子供達が少しだけ笑顔を向けてくれた。

 孤児院に入る。


 深夜、眠れなかったので庭で水を飲んでいる。

 無性にムカつく。


 「アメリア」


 「シャル?」


 私が振り向いた瞬間、ダッシュして来て飛びついて来た。

 体が痛まないように優しく支える。


 「ありがとう。もしかしたら、魔術を使っていたかもしれない」


 「⋯⋯あぁ、そうだね。よく我慢した。私達は身の丈にあった生活をしよう。平和が一番だ」


 「うん」


 翌朝、何時のタイミングでやられたか分からないが孤児院に落書きがしてあった。


 「ルア、何故追い返さなかった」


 「気づかなかった。昨日はずっと脳内でアイツら殺してたから⋯⋯」


 「お前もムカついてたんだな。ま、私も気づけなかったからお互い様だな」


 にしても白いスミレ、か。


 「なぁルア、今どんな気持ちだ」


 「そうだね〜感情のコントロールが出来そうに無いや」


 「だよなぁ。⋯⋯私達の家に手を出しやがって、絶対に許さない」

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