第25話 孤児院魔術士、本音を打ち明ける

 洗い場は子供達が先に使うので、私は庭のベンチで夜風を感じる事にした。

 油の味がまだ口の中に残っている。

 食べている間は美味いのだが、こう後味が残り過ぎるとしつこく感じる。


 「お邪魔して悪かったね」


 「そんな事ないですよ。ハザールさん」


 私の隣にハザールさんが座る。

 きちんと刀を持っている。


 「アメリアとシャルさんは仲が良いね」


 「まぁ家族ですから」


 「君の本音が聞いてみたいな」


 「嘘は言ってませんよ」


 シャルも子供達もここで暮らし過ごす私の大切な家族だ。

 まぁ、ルアも認めてはいる。

 そこに嘘偽りは無い。


 「君がシャルさんに向ける想いが気になるな。教えたくないなら無理には聞かないけど」


 私はハザールさんを見る。

 純粋な好奇心からか、或いは相手の目から感情を読み取る力があるのか。


 「誰にも言わない?」


 「言わない」


 その言葉を信じる事にしよう。

 彼女なら、信用出来る気がした。

 そこまで彼女を深く知っている訳ではないのだが、子供達との接し方で人柄は分かった。


 「多分気づいたと思うけど、私はシャルが好きだよ」


 「ん〜だから本心をね」


 あぁ、家族とかそっち系の好きだと思われたか。


 「合ってるよ。男性が女性に向ける恋愛感情、私はそれをシャルに対して持っている」


 「⋯⋯ごめん、それは流石に予想外だったよ。元冒険者パーティの仲間で一緒に冒険したいから、そんな風に見てると思ってた」


 「あはは。ん〜シャルには戦わせられないな。気持ち悪い?」


 普通は男性が女性に対して恋愛感情を抱く。

 私が女性に恋愛感情を抱くのは本来おかしい事だ。


 「いや。人の愛の形はそれぞれ違うって知ってるか特には⋯⋯」


 「そう言ってくれるとこっちもありがたいや」


 いつからだったか、この気持ちを自覚したのは。

 いつからシャルを一人の女性として、生物として愛していたのかは分からない。

 でも、子供達に向ける想いとは違う想いをシャルには向けていた。

 一緒に寝る時や一挙手一投足に胸が高鳴る。


 「シャルには絶対に言わないでね。こんな気持ちがバレたら、きっと彼女は私を嫌ってしまうから」


 「⋯⋯そんな事は」


 「あるよ。人は本来、異性に恋をするんだ。同性愛なんておかしいしんだよ。男は女に、女は男に、それが普通なんだよ」


 「それを打ち明けずにずっと身に潜めておく気?」


 「うん。もしもシャルが結婚する日が来るなら、その相手次第では祝福する予定だよ。私にとって、シャルの幸せが一番大切なんだ。まぁ、シャル関係なくこの孤児院は守るつもりだったけど」


 ここには色々な思い出もあるし、お世話もしてくれたしね。

 きっと私はこのままおかしい感性で育つ事だろう。

 誰にも言う事の無いと思った私の想いを聞いたハザールさんは、本心から問題ないと言ってくれた。

 それが嬉しかった。


 「そろそろ洗い場が空くし、私は戻るよ。ハザールさんは?」


 「うん。そろそろ自分も宿に戻るよ。教えてくれてありがとう」


 「いや、問題ないさ。それじゃ、また明日」


 「うん。明日」


 私は洗い場に向かう事にした。

 そこではシャルが立っており、息を荒くしていた。


 「顔が真っ赤だけど、大丈夫?」


 「ひっひゃ! あ、アメリア!」


 「はいアメリアだよ」


 私の存在を全く感じ取っていなかったのか、驚いたように跳び跳ねて声が裏返っていた。

 目の焦点が合わず、こちらを見てはこなかった。

 様子がおかしいな。熱?


 「本当に大丈夫?」


 熱なんて、シャル程のマナを持っていたら問題ない筈だ。

 もしかして新種のウイルスか? グリフォンの肉に入っていたのか。

 それだと子供達も危険な気がする。ハザールさんもだ。


 「あ、アメリア!」


 「うん? どうしたの! き、教会の方に連絡しておく?」


 「え、なんで?」


 「なんかシャルがおかしいし⋯⋯」


 「お、おかしくない! 全然おかしくない! 普通、超普通、めっちゃ普通、凄く普通! もうこれでもかってくらい普通! もう普通過ぎて普通だよ!」


 「お、おう」


 やっぱり何かの病気かもしれない。

 シャルの体でも体内に侵入するウイルスか⋯⋯なかなかに危険だな。


 「ごめん。そんな深刻な顔しないで。本当に、大丈夫だから」


 「そう? 私、洗い場使うけど大丈夫?」


 「う、うん。もちろんだよ!」


 おかしなシャルを置いて私は体を洗った。

 その日のシャルは寝ている時も少しだけ挙動不審だったけど、子供達は至って普通だった。


 翌朝、シャルが紙をビリビリに破いて捨てていた。


 「どうしたの?」


 「あぁ。宗教勧誘の広告が郵便受けに入ってたんだよ。誰も神を信じてないし、献金も払うつもりはなし!」


 昨日の事は一体なんだったのか、そう思うくらいにシャルは普通だった。


 「あ、ギルドから手紙来てたよ」


 「ん?」


 ギルドからの手紙とは珍しい。

 それを開いて内容を確認する事にした。


 「Cランク冒険者以上の緊急招集? と言う事はパーティじゃなくて私だけを呼んでいるのか」


 ハザールさんとの待ち合わせはギルドなので、そこで合流しようかな。

 私だけしか呼ばれてないのかもしれないが、それを直接伝える文はないので問題ない。

 誰でも分かる事だろうが、そんなの関係ない。

 私は少し踏み込んで、彼女と仲間としての絆を深めようと、昨日の件で決めたのだ。


 朝食を食べて、イメリアとしての装備を完璧にする。

 そろそろ武器の一つでも持っていた方が様になるかな?

 だけど、下手な武器を使っても耐えられないと思うんだよね。


 「それじゃ、なんかギルドから呼ばれているので、早めに行きますね。行ってきまーす」


 皆からの返事を受けて、私はギルドに向かった。

 街中は忙しなく冒険者達が蠢いていた。

 どれもがCランク以上なのかもしれない。


 「黒薔薇白狐か。久しぶりだな」


 「試験官⋯⋯今日はなんですかね」


 「さぁな。行ってみれば分かるだろ」


 私達はギルドに到着した。

 おう。かなりの人数だな。

 Cランクパーティが20、Bが10、Aが5と言ったところか。

 あくまでも私が見た感じの評価だけど。

 数的にランク内でも選抜した感じがあるな。


 「アメ⋯⋯イメリア」


 一応偽名を名乗っている事も伝えてあった。

 それは正解だったようで、ハザールさんが言い直して来てくれた。


 「これはなんだ? なんで高ランクのパーティが朝から集まっているんだ?」


 「なんか緊急招集らしいですよ。これです」


 私は手紙を渡しておく。

 自分の口で説明するよりも分かりやすいだろう。

 少し待っていると、ギルド職員が前に立ってメガホンを構える。

 ギルド職員⋯⋯じゃない!

 あの貫禄のあるおじいさんはギルドマスター!


 「冒険者の皆さん。お集まり頂きありがとうこざいます。今回集めさせて頂いたのは、ワシが直々に決めた冒険者達です」


 近頃の成績から選んだのかな?


 「今回はギルドからの依頼です。報酬は一人に付き金貨20枚」


 そんな。

 人数が多いパーティの方が稼げる仕様にするのか。

 せめて一パーティにしろよ。平等に行こうぜ。


 「今回の内容は霧の森ミストフォレストにて発生したイレギュラーの調査です。本来群れる事の無い種族のモンスター達が群れを成していると情報がありました。これは極めて危険な事です。正確な情報を掴むために、この依頼を出します。情報資料もお配りします」


 これは国からの調査依頼かもしれないな。

 ギルドからの直接依頼なので断る選択肢は無い。そもそも報酬が良いからね。

 サボっていても金貨がかなり貰える。サボっていてもバレないからね。

 たまたま自分たちは問題なかった、それで押し通せる。


 その点も何かしらの対策をしているのだろう。

 後は真面目な冒険者達を集めたか。


 「これは自分も居て良いのだろうか?」


 「私のパーティメンバーだし。問題ないでしょ。行きますか?」


 「それなら、ありがたく行かせて貰おう」


 私達、緊急依頼で集められた冒険者達の大移動が行われた。

 霧の森まで手配された馬車で向かう。


 「四時間の移動時間、私が全力で走ったら数十分なのに」


 「まぁ仕方ないよね」


 霧に覆われた森に到着して、グループ分けが行われた。


 「Aランク冒険者は俺たち、ヌードザモンキーの下で動いてもらう」


 「ッ!」


 遠くからの声に私は驚いて凝視してしまった。

 ナキミル⋯⋯しかも他の二人も。後知らない女。


 「どうしたの?」


 「い、いや」


 なんだこの気持ちは。

 心臓が高鳴る。

 あまり意識しないようにしよう。自分の身が持たない。


 「なんで落ちぶれのお前達に従わないといけない!」

 「そうだ! 俺らは俺らで動かせて貰う! 今回の探索範囲なら問題ない!」

 「落ちぶれは何するか分かったもんじゃないからな! こっちも別行動を取らせて貰う!」


 信用がガタ落ちしているな。

 昔なら色んな冒険者に見つかっては騒ぎが起きていたのに。

 今ではコレか。

 ⋯⋯なんとも思わないけど。


 「黒薔薇白狐、私のパーティと合同調査しないか?」


 なんのパーティか分からないけど、話しかけられた。

 ライセンスを見せて来ており、そこにはAと記されていた。

 ハザールさんを見る。


 「自分はおまかせするよ」


 「そうですか⋯⋯ならお断りします。霧の森は視界が悪いですからね。もしもの時に助け合えない可能性もあります。それだと意味がないので。すみません」


 「そうか。最近話題になっている冒険者の実力を知りたかったが、仕方あるまい。五分後に一斉に出発だ。互いに気張って行こう」


 「はい」


 高額報酬も当然嬉しいのだが、それよりも気になっている事がある。

 モンスターの種類関係なく群れを成す⋯⋯この上には知性の高いモンスターが絶対に居る。

 もしかしたら何らかの情報を得られる可能性がある。


 「良い結果になる匂いがプンプンするぜ」

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