第17話 孤児院先生、立ち上がる

 「じゃあ、この辺で準備するから皆は遊んで良いよ。目の届く範囲までなら移動して良いからね」


 国の外へ出て川へと来ている孤児院組。

 シートを広げながらシャルが昼食の準備を開始する。


 「モンスターの気配は近くにはせんの。川の中には居らんのか?」


 「知らないの? 浅い川とかだとモンスターは生き残れないから、居ないんだよ。大体はアニマルの魚達だから、安心出来るよ。ピラニアとかも居ないと思うし」


 「ほーん。妾はこの世界に来たのは二度目でな。一度目はどこもかしこもモンスターだらけやったからの。⋯⋯モンスターは退化しているのかもしれんな」


 シャルの手伝いをしているのはルアだけである。

 子供達と遊ぶよりも前にご飯を食べたい、美味い飯を食べると言う欲求を早く満たしたいようだ。

 悪魔は欲望に忠実なので、シャルの手伝いをしていた。


 「あれ? ルア髪飾り置いてきたの?」


 「え? あ、しまった!」


 ルアは子供達が仲直りの印とくれた髪飾りをいつも着けていた。

 自分でも自覚してない程に大切に扱い、それは体を洗う時以外は外した事も無い程に。

 シャルがその事を指摘しても本人は「ま、まぁあ。年長者だからな。子供達の前では⋯⋯」などなど言い訳を並べる。

 子供達が見ていなくても着けているので、本当に大切にしているのだと分かる。

 だと言うのに今は着けていないのだ。


 「デコポンの皮剥きの為に、髪飾りを外してゴム着けたんだ! ごめん取りに帰る。皆には成る可く隠しておいて! あと、サンドイッチ残しててね〜」


 「はいはい」


 自分の欲求を満たす事よりも優先する。

 それは悪魔にとってとても凄い事ではあるのだが、悪魔に詳しくないシャルはそこまで大事には捉えていなかった。


 「よし。ルアが来てから食べようかな。⋯⋯みんなー、混ぜて〜」


 川で水遊びをしている子供達にシャルが混ざる。

 それから二分間時間を忘れて遊んでいると、子供の一人が呟いた。


 「あれ? ルアちゃんは?」


 国の外に出れる事は滅多にない。

 はしゃいでいたので大切な友達であるルアの存在をすっかり忘れていたようだ。

 本人がその事を聞いたらショックで倒れる事間違いなし。


 「あーえーっとね」


 子供達から目を離す事がないシャル。

 その信頼度はとても高い。

 ルアは忘れ物を取りに行ったよ、それなら皆で移動するのがシャルだ。

 ルアは悪魔なので一人でも問題ないと思っていた。

 隠してと言われても、ルアも子供にカウントされているのでとても難しい。


 純粋な目を向けられてシャルが黙り込んで言い訳を考えいると、数人の人影が集まって来る。

 その気配を察知したシャルの気配が変わる。

 一般人が身につけるようなマナの量じゃないと感じからだ。


 「なんですか」


 「いやね。楽しそうな声が聞こえたから来ただけさ。そんなに警戒しないでくれよ」


 (男は三人⋯⋯それ以外に気配は感じない)


 シャルは一度目線で子供達を集める。

 男達は三人おり、それぞれ武器を持っている。

 もしもここにアメリアが居たら、コイツらを速攻で殴っていただろう。


 「君はこの子達の保護者かな?」


 「そうですよ」


 「そうですか。それでは少しだけ悲しいかもしれませんね」


 「はい?」


 「その子達をください」


 そんな物を欲するかのような言い方にシャルの眉間が上がる。

 明確な怒りを見せていた。


 「そのような言い方をしている人にこの子達は譲れません。きちんと親になる覚悟はありますか?」


 「⋯⋯ん〜まぁエルフだし問題ないか。実は俺達⋯⋯」


 そう言った瞬間に全員が行動した。

 そのスピードは戦闘に慣れてないシャルが追えるモノではなく、一瞬で吹き飛ばされた。


 「かはっ!」


 容赦のない蹴り。

 子供達との距離が離れる。

 今日は学校のある日。

 学生達も居ない。居たとしても、役に立つかは不明である。


 「俺達は世界を救う研究をしているんだ。その為の材料が欲しくてね」


 「⋯⋯タルタルソース教団か」


 「⋯⋯⋯⋯は?」


 長い沈黙の後に、脳が言葉の意味を理解して男が言葉を漏らした。

 タルタルソース教団、それはルアとの出会いを作った教団の名前。

 本当はタルタロス教団なのだが、アメリアが最初の文字だけしか覚えて居らず、それっぽい名前を適当に言ってしまったのが原因。


 「子供達を試験材料として使う、と」


 「ああそうだ」


 「それは、許せませんね!」


 シャルが術式を展開する。

 今自分が出せる最速の魔術で男達を子供達から引き剥がす。

 しかし、絶望的にシャルは対人戦に弱かった。


 「んだそりゃ」


 奴らは武闘派。

 人攫いを得意として、実験材料を集めて来る集団だった。

 そんな戦闘に慣れている輩にシャルはかなうはずもない。

 使える魔術がいくら強力でも、使えなければ意味が無い。


 「がっ」


 腹に食い込む拳。

 舐められて武器は抜かれてない事が幸いして、死んでは無い。

 吹き飛んで何度も地面を転がる。

 痛い。でも、彼女は立ち上がる。


 「離れろ。皆から離れろ!」


 孤児院の先生を継いだ。

 自分には子供達を、家族を守り抜く義務と権利があるのだ。

 その想いだけが彼女を支えて立ち上がらせる。


 「おい。ソイツさっさと殺せよ。うるさい」


 「そうだな」


 男二人は子供達をまとめて縛っている所だった。

 持ち運びやすいようにしている。


 「いやああああ! 助けて、シャル先生!」


 「く、来んな!」


 「怖いいいいい!」


 子供達の泣き叫ぶ声。

 男の一人がそれに苛立ちを覚えてひっぱ叩いた。

 パチンと言う爽快な音が響き渡る。


 「黙れクソガキが! 俺はガキが嫌いなんだ!」


 その光景を見て、シャルの何かがキレた。


 「もう、絶対に許さない!」


 全身にマナが巡る。

 それは近接戦闘で戦う人達が良くやる身体強化の技術。

 加速したシャルが風魔術を使ってさらに加速する。

 接近するのは子供達の所。

 しかし、その間にシャルを殴り飛ばした男が入る。

 魔術での補助はしておらず、あくまでマナによる純粋強化だけだった。


 「遅いな」


 再び蹴られる。


 「がはっ!」


 圧倒的な力の差。

 それでもシャルは動いた。前へ。


 「離れろおおおおお!」


 氷の魔術を展開して放つ。

 それはちゃんと男を捉えていた⋯⋯だが、結界に阻まれてそれは防がれた。

 シャルの場合、瞬時に構築された魔術では大した火力にならない。


 「ぐふっ」


 踵落としが頭に入り、地面に倒れる。

 男達はコレで終わりだと、引き上げる。


 「待て、皆を、家族を、連れて、行くな」


 子供達を持ち上げて去ろうとした一人の足を右手で掴んだ。

 目は半開きとなり、頭が割れたのか脳天から血を流していた。

 それを鬱陶しそうに見下ろす。


 「エルフ風情が、俺に触るな」


 「うぐっ」


 反対の足で蹴り飛ばされてしまう。

 自分達とは違う種族を嫌う風潮があるようだ。

 亜人と言うカテゴリに位置するエルフに掴まれた事が余程嫌だったのか、靴を川の水で洗っている。

 エルフは奴隷として高値で売られているが、男達の目的は奴隷売買ではなく材料の確保。

 エルフには興味がないようである。


 「ま、て。家族を、かえ、ごほ」


 シャルがボロボロに成りながらも立ち上がる。

 口から大量の血が流れようとも、自分の意思は流れない。

 霞んだ瞳でもしっかりと男達を睨む。


 『契約しろ』


 脳内に響く声を振り切り、男達に近づく。

 足取りは重く、地面に血を垂らす。


 「はぁ。面倒臭いしウザイな。⋯⋯ちょっとこいつで遊んでから行くわ」


 「程々にしろよ?」


 「わーてる」


 男がシャルの腰まで伸びている長い髪を掴んで持ち上げる。

 痛みに苦しみながらも男を睨むシャル。

 男の口角が吊り上がった。


 「俺はなぁ。人間を壊す事が大好きなんだ! エルフも見た目は人間と差程変わりないよなぁ! 楽しもうぜ!」


 腹、足、顔の順番に強烈な一撃を浴びせる。

 マナで補強して耐えようとしても、相手もマナを拳に込めるので意味が無い。

 全体にマナを流すのと、一点にマナを集中させるのと、どちらの強度が高いかは一目瞭然。

 次々に骨の折れる音が響き渡る。

 でも、痛みに悶える言葉をシャルは出さない。子供達を心配させない為に。


 涙を流してシャルを見る事しか出来ない子供達。

 徐々に運ばれてその距離は離れて行く。


 「オラオラ! もっと楽しませろよ!」


 「⋯⋯くっ! か」


 「まだまだ元気だなぁおい!」


 それからも何発と殴られて、子供達との距離は二十メートルは開こうとしていた。


 (いや⋯⋯)

 

 ──刹那、空気の切り裂く音と共に子供達を運んでいた男達の首が吹き飛んだ。

 まさに青天の霹靂、誰もが息を飲んだ。

 一瞬の出来事、瞬きすら出来ない極僅かな時間。

 それだけで男達の首が吹き飛び、子供達は解放されて地面に座り込む。


 「貴様ら、シャルに、子供達に、妾の『家族』に何してくれとんじゃあああああ!」


 髪飾りを着けたルアが来た。

 怒りによって解放したマナは、男がシャルを手から離すのには十分過ぎる脅威と成っていた。

 悪魔の時よりもそのマナ量は多い。

 私生活でアメリアから漏れていたマナを吸収し、教団が用意した魔石を数個埋め込まれた肉体だからこそのマナ量。

 担いでいた剣を抜いた。


 コイツはやばい。


 そう本能が告げていた。

 だが、アメリア達に負けても上位悪魔。

 たかが誘拐犯如きに負ける程弱くは無い。


 「何っ!」


 剣を真っ向から拳で粉砕して肉薄する。

 男は逃げるように後ろに下がりながら懐に隠してあった暗器を飛ばす。


 「ヘルフレア!」


 炎の魔術で暗器を全て焼き払い、視界から男が消えた瞬間に男は背後に移動していた。

 折り畳み式の槍を展開していた。


 「この化け物が、死ねぇぇええええ!」


 「視野が狭いの。妾は現世でも魔界でも落ちこぼれじゃあ!」


 攻撃を受ける前に振り返り、裏拳で槍を受け流し反対の手で相手の顔を掴んだ。

 契約内容で『人間を襲うな』とあるが、場合によっては問題ない。

 それが今回の場合だ。

 シャルを傷つけて、子供達を怯えさせた。

 家族を攻撃した。


 家族と言ってくれたシャル。

 自分の正体など気にする事無く、友として兄弟のように接してくれた子供達。

 そんなシャルがここまでボロボロとなっている。子供達に危険な思いや経験をさせた。

 ルアはその事実だけあれば、力を存分に使う。


 「地獄を知れ、幻夢ファントムレーヴ


 ルアの瞳が真っ赤に輝き、二秒後には相手は廃人のように倒れ込んだ。

 淫魔族の得意分野は魅了や洗脳である。

 そしてルアが使ったのはその応用。


 夢の世界に意識を閉じ込めて生活させた。

 耐え難い苦しみ、地獄道を三百年経験した男は廃人と成り果てた。

 ここでは二秒そこらでも、男は三百年の時間を苦しんで生活したのだ。


 「死ね」


 そしてくたびれた顔を踏み付けて、グチャりと粉砕させた。

 その顔には躊躇いなんて浮かんでない。


 「シャル、無事か!」


 「だい、ごふ」


 「全然無事じゃない!」


 「家族って、言ってくれて、嬉しい⋯⋯」


 「シャル! 今すぐに教会に行って回復して貰うぞ! 子供達の記憶は川遊びまで戻しておくから、さっさと元気になってピクニックを再開するぞ!」


 「でも、教会って」


 「なーに! ちょっと神聖なマナに犯されて全身が痒くなるだけよ!」


 本当は体が焼けるような痛みを受けるのだが、言わずに子供達を眠らせる。

 眠った子供達は徐々に絶望の記憶を失っていく。

 風の魔術で運び、シャルは背負って運ぶ。

 今のルアの体は子供ではなく魅力的な女性の姿となっている。本来の姿の方が力は出しやすい。

 子供の姿で男達は皆殺しにした。


 「シャル⋯⋯すまんかったな。遅れてしまって。皆、今は眠っておいてくれ。でも永眠はするなよシャル!」

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