第16話 孤児院先生、ピクニックを決行する

 『なんでシャルの耳って長いの?』


 『なんかエルフって言う種族だかららしいよ』


 『へ〜』


 『やっぱり、気持ち悪いかな?』


 『え? 全然そんな事ないよ。耳がちょっと長いだけで人間と変わらないじゃん!』


 そんな他愛もない昔の話。


 「ッ!」


 まさか夢を見るとは思わなかった。

 昨日のシャルとの話の影響かな?

 シャルは既にベッドには居らず、朝食を作っている所だろう。

 私も着替えて向かう。


 「⋯⋯」


 外には鳥が飛んでいた。

 ただの鳥ではない。モンスターって訳でもないけど。


 朝食を食べて私はケンケン達が出るよりも早く出る事にした。


 「今日は早いね」


 「うん。ちょっと用事が出来てね」


 「気をつけて」


 「ちょいちょい」


 シャルを手招きする。

 普段はしないので、なんなのと不思議に思いながらシャルがゆっくりと近づいて来る。

 私はシャルの柔らかい手を掴んで自分の元に一気に引っ張る。

 そして抱き締める。


 「気をつけて行って来ます」


 「急は止めてよ。⋯⋯皆の前だと恥ずかしい」


 私は孤児院から離れて人気の無い路地裏に入る。

 そこではルルーシュが待っていた。

 上空には鳥が飛んでいる。


 「どうした?」


 「はい。実はタルタロス教団の基地を一つ潰しまして。とある物を入手しました。これはアメリア様の道標になると思い、お時間を頂きました」


 「ほう。て言うか様は止めない?」


 渡された資料に目を通す。

 そこには邪神について記されていた。

 ざっくりまとめてあっさり言葉に変えると、『邪神は神と戦う存在』だと言う事。

 長々記されているけど、概ねコレで合っているだろう。

 戦う存在、ね。


 どうして戦うのかと言う理由には『世界を滅ぼし、新たな世界を創り出す』為だと書いてある。

 あんまり信憑性は無いな。曖昧過ぎる。

 何よりも、この世界で生み出された邪神が神にかなうはずがない。

 神がどれ程の数が居るかも分からないしね。


 次は魔術の術式のような感じである。

 なんだこれ。記憶にないぞ?


 「なにこれ?」


 「はい。ヤツらが研究していた古代魔術の術式です」


 「古代ね〜。人間は日々の研究で生活を豊かにしている。それは魔術にも言える。日々の研究で扱いやすく強力になるように研究されている」


 昔のファイヤーボールと今のファイヤーボール。

 今のファイヤーボールの方が術式を構築しやすくて扱いやすいだろう。

 火力はどれだけマナを扱えるかの問題で術式の問題では無い。

 人間⋯⋯生物は日々進化しているのだ。

 何が言いたいかと言うと、古代の魔術を研究しても意味は無いと言う事だ。


 そもそも歴史的なモノは研究者達によって調べられている。

 一体なんの目的があって昔の魔術を調べていたのやら。


 「その術式はただの魔術の術式ではなく、神を倒すために開発された魔術らしいんです」


 「なるほど。それじゃ、全力で調べてみますか」


 確かにファイヤーボールとかの一般的な魔術を研究する訳ないか。

 龍眼──開眼。


 ⋯⋯ふむふむ。

 おぉ。なるほどなるほど。

 なんだコレ。


 私の知識の中にも無いし、これを見ても全く反応を示さない眠る記憶的にファフニールの知識にもコレに関する情報は無い。

 もしもファフニールの知識にコレに近い何かがあったら反応があり、頭がムズムズするのだ。

 それがないのならファフニールですら知らない魔術と言う事。


 伝説の賢者ですら知らない魔術。

 ⋯⋯いや。これ本当に古の魔術だな。

 ファフニールが産まれる前に使われて消えて行った魔術って事でしょ?

 良くたかが人間の集まりでこの情報を引っ張ってこれたもんだ。

 タルタロス教団凄っ。褒めたくないけど。


 「でもなんか、コレ不完全っぽいな」


 「不完全、ですか?」


 「うん。なんか術式として成立してないように見える。私の分かる範囲で術式完成図を予測しても、完成しないからこの魔術の再現は現状無理だな」


 もしもこの魔術が使えたら⋯⋯一気に神に近づけるかもしれない。


 「なるほど。これからも奴らを潰す予定なので、新たな情報が手に入り次第、アメリア様に共有します」


 「うん。ありがとう。あと、様は止めようか」


 資料を返して、龍眼を解除して私は転移を使って村の宿に移動した。

 ここから再びエルフの里に向けて出発だ。弁当も受け取っているので、一日中走る!


 ◆


 シャルが片付けをしていると、そこにルアが寄って来た。

 子供達は現在孤児院内で勉強中である。

 朝は勉強、昼はマナの練習だったり遊んだりするのがここでの過ごし方と成っている。

 常識やある程度の知識を持っているルアにとって朝とは退屈な時間なのだ。

 コレでも上位悪魔レベルには長生きなのだ。


 「なぁシャルよ」


 「ん? どうしたの?」


 「シャルは、あの化け物⋯⋯基アメリアは怖くないのか?」


 「化け物って⋯⋯全く怖くないよ? なんかああなってから少しだけガサツに成ったけど、やっぱり一緒に育ってるからね。家族と変わりないよ」


 「そうか」


 ルアなどの悪魔にとっては家族と言う概念は存在しない。

 魔界で魂として漂い悪魔となるのだ。

 そこでの生活は過酷としか言いようがなかった。

 強くなる為の修練も出来ないのだ。

 理由は単純。


 弱い奴らは強い奴らの下っ端としてゴミのように働かされるのだ。

 ただのんびり暮らして中位悪魔に成れる存在は本当に稀である。

 上位悪魔に見つかったらすぐに手下にされる。力でねじ伏せられる。


 悪魔は生きた年数が強さに直結する事が多い。

 生きた分、それだけ知識は豊富だし、マナの量や技術も上となる。

 後から生まれた存在が上位の悪魔を越える事は限りなく難しい。


 ルアは悪魔の中でもとにかく弱かった。

 上位悪魔としての実力はあくまでもマナの量だけであり、戦闘性能やそのほかの性能で見たら彼女の実力は中位悪魔程度。

 さらに淫魔族なので強制的に性処理で使われる。

 悪魔に生理機能があるかと問われたら疑問になるかもしれないが、ある奴はあるのだ。

 ルアもある。妊娠はしないが。


 そして悪魔と言う生物は欲望に忠実だ。

 当然中には性欲が存在する。

 悪魔の欲望は人間の抱く欲望が可愛く思える程に強い。

 ルアは淫魔族なのでそれ自体は苦では無い。

 一番苦だったのは、本当にそれだけの為の『道具』として見られて扱われた事だった。


 今でも思い出す魔界での暮らし。

 ようやく魔界よりも平和な現世に来たと思ったら化け物に出会う始末。

 でも、今の生活は案外気に入っている節もあった。

 化け物が居るので安全に暮らせる場所があり、美味い飯を作ってくれる料理人がおり、ルアに食欲と美食探求を与えた。


 「シャルは妾が怖くないのか? 妾はコレでも悪魔なのじゃぞ? 主らを食らうかもしれんぞ。あ、物理的に食うって意味じゃないぞ?」


 「ん〜別に。ルアはそんな事しないでしょ?」


 「どこにその保証が」


 シャルがルアの顔を覗き込むように近づいた。


 「するの?」


 純粋な疑問を向けるシャルにバツが悪そうに目を逸らす。

 小さく「どうだろうな」とだけ答えた。


 「それにルアも今では家族しね。家族は疑わない」


 「は?」


 「おかしいかな?」


 「おかしいだろ! 悪魔なのじゃぞ!」


 「それを言ったら自分はエルフだよ? 他は人間。種族なんて関係ないんだよ。どうありたいか、その考えだけで構わないんだよ」


 「そう言うもんか」


 「いずれ分かるよ。生まれなんて関係ない。ここで暮らす皆は家族、それだけよ。だからねルア、君を守る義務がこっちにはある。その事だけは覚えてて、遠慮なく頼ってね」


 「ふん」


 ルアは少しだけ嬉しかった。

 悪魔だと言うのに家族と言ってくれた事が。

 家族と言う概念が存在しないルアにとって、家族と言う言葉は凄く心に刺さった。


 「そう言えば。シャルとアメリアだけ家名があるじゃろ? 何故じゃ?」


 「元々孤児には今後を見据えて家名はないんだけどね。⋯⋯本当の理由は家族に捨てられたって言う戒めだけどさ。ルアの質問の答えは正直分からない。何故か元々用意されていたらしいよ」


 「なんじゃそりゃ」


 「分かんない。ここに捨てられた時にフルネームも添えられていたらしい。もしかしたら家族が迎えに来るかもって⋯⋯ま、そんな事はなくアメリアとこうしている訳だけど」


 「ふーん」


 「ちなみにアメリアと同じ日に捨ててあったらしいよ。運命的だよね」


 「運命なんて言葉は嫌いじゃ」


 「そう? あ、今日は天気も良いし折角だから国の外に行こっか。ピクニックだよ〜」


 「モンスターが居るのに危険じゃろ!」


 「国の近くで出るモンスターなら倒せるから問題なし!」


 シャルは戦闘が苦手なだけで戦えない訳では無い。

 それにルアも居ると言う安心感もあった。

 本当ならアメリアとも一緒に行きたい。

 だけど、彼女の荷物には成りたくないとその思いはひっそりと潰した。


 「ピクニック、か。悪くないな。妾もようやく広い世界を見渡せそうじゃ」


 「うん。準備に入るから、ルアは子供達の勉強を見てやって」


 「おう! 任せるのじゃ。一番の年長者が面倒を見てやろう!」


 こうして時は流れて昼となり、一行は外へと向けて歩き出した。

 孤児院のメンバーに向けられる世間の目は、お世辞にも良いモノとは言えないが。

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