第15話 孤児院魔術士、少しでも歩みを進める

 ダンジョンの報酬は正直良い物とは言えなかった。

 ワーウルフの時の報酬よりも低いぞ。

 ウルフ達はワーウルフに任せる為に、霧の森に向けて放った。

 生態系を壊さない事を祈ろう。


 「少しでも前に進むか」


 エルフ里に向けて少しでも進む為に加速する。

 夕方には小さな村には到着出来ると思うので、そこで宿を取ろうと思う。


 「お?」


 近くで戦闘音が聞こえたので寄ってみる事にした。

 六人パーティでオーガを囲んで、戦闘をしていた。

 私も昔はこんなふうな時があったなぁ。

 オーガはDランク推奨のモンスターなので、そこまで強い敵では無い。

 それはあくまでも単騎の場合の話だけどね。


 「と、寄り道は終わり」


 私は歩くのを再開した。


 村に到着する。

 そこは木の柵で囲まれて、門番が立っていた。

 この辺にはイノシシ型のモンスターが多いので、ソイツらが突っ込んで来たら大変な事態になりそうだ。

 まぁ、この村にも冒険者とかは居るだろうし問題ないんだろう。

 村がちゃんと機能しているのがその証拠だ。


 このような村が無いと人口の多い国等は食糧不足に陥る。

 ライセンスを見せて中に入れさせて貰う。

 村などは仲間意識がとても強いので、余所者が来ると村人達は怪訝な表情で迎えてくれる。

 居心地が悪い。


 「早く宿に行こう」


 看板を頼りに宿に入る。

 怖そうな女将さんが笑顔を全く振り撒かずに出迎えてくれる。

 ⋯⋯と言うか、この村冒険者が全く居なかったな。

 戦えそうな人達の気配は感じるのだが、冒険者を見かけなかった。宿か拠点に居るのかな? 夕方だし。


 「一泊お願いします」


 「銀貨八枚。飯付きなら銀貨十枚」


 「もう少し安くなりません?」


 「これが限度だよ!」


 「さいですか」


 街なら色んな所から人が来たりするので、銀貨五枚でも宿は取れたりする。

 でも、他所から人が来る事の少ない村などでは宿は少しだけ高い。

 その中でもここは安い方か。


 「飯抜きでお願いします。銀貨八枚で」


 渡された鍵の番号の部屋に向かう。


 「ジャイアントボアがもうすぐこの付近に現れる時期だね〜」


 「そうだな。アイツ美味いからヤル気爆上がりするよな〜」


 冒険者かな?

 三階の廊下でそのような会話をしていた人達とすれ違う。

 刹那、美味いと言葉を出していた女性が短剣を抜いて私に向けて来る。


 「お前魔族か? 禍々しいマナを隠せていると思ったか!」


 「⋯⋯失礼だな。確かに一か月程前に半魔人とか言われたけど、こちとら人間のつもりだ」


 ま、過半数のマナはファフニールって言う化け物のモノですけど。

 それでも自分のモノにしているし、そこまでモンスター的なマナじゃないと思うけど。

 ⋯⋯ってあれ?

 普通の人間にそこまで精密にマナが見破られるのか?


 私は相手の方を見た。

 短剣を向けながらフードを深く被っている女性。

 その顔は見にくかったが、少しだけハッキリと見えたモノがある。

 長い耳だ。


 「エルフ⋯⋯」


 「おい、無視しているのか!」


 「ちょ、止めなよ!」


 「ダメだ。こんな危険生物、放置出来ない!」


 エルフが人里に来るのか?

 シャルの出生とかも分からないけど、彼女が例外なだけだと思っていた。

 街ではシャル以外のエルフを見た事がない。

 なんでエルフが?


 「おい聞いているのか!」


 「あ、ごめん考え事していた」


 「剣を向けれてそのような余裕があるとはな! やはりお前、上位魔族だろ!」


 あー面倒臭い。


 「⋯⋯やばい」


 「「ん?」」


 エルフの奥に見えた時計の針が六時に近づいていた。

 もうすぐで晩御飯の時間だ。帰らないといけない。

 どうする?

 問題事は良くない。

 ここでの最適解は。


 「私は多分人間だよ。悪いね急いでいるから行くよ」


 私の事は知らないと思うので、仮面を外して顔を見せ、ローブを外した。

 魔族の特徴がない事を見せて、自分が魔族ではないと証明する。

 人間に一番近い魔人でも、魔族の特徴がある。


 「モンスターのような角とかがない⋯⋯本当に、人間なのか?」


 「これ以上私の時間を奪うなら⋯⋯容赦しないよ」


 「⋯⋯ッ! わ、分かった。問題は起こすなよ」


 「ああ」


 そもそもここにそこまで滞在する予定は無い。

 きっと彼女達と再び会う事はないだろうな。

 てか、絶賛問題を起こそうとしたのはそっちだろ! 謝罪もなしか!

 コイツらは少しでもシャルを見習うべきだ。


 自分の部屋に入り、鞄からとあるアイテムを取り出す。

 これは魔石に術式を刻んで、マナを込めて使用する道具だ。

 錬金術師が使うエンチャントと言う技術の真似事だ。

 一度使ったら粉々に砕けて消滅する一回きりのアイテムだ。

 名前は『マーカー』としている。


 一度きりしか使えないが、模様に黒薔薇のラウンドマークを刻んでいる。

 やっぱり黒薔薇が無いと私が使っている感じがしない。

 仮面もローブにも黒薔薇があるしね。


 「この辺で良いかな」


 人に見つからないような場所に置いておく。

 これがあれば転移魔術でいつでもここに来れる。


 「さて、帰るか。⋯⋯ワープテレポート」


 転移魔術を使って孤児院に用意してある術式に転移する。

 これはルアと一緒に作った術式であり、何回転移を使っても壊れる事は無い。

 帰る時だけにしか使えないけどね。


 「ふぃーただいま」


 「おかえりアメリア」


 「おーめっちゃ良い匂いする」


 「ふふ。久しぶりにポトフを作ってみたんだ。手洗ってね」


 「はーい」


 術式は孤児院の外に刻んであるので、中に入る前に水の魔術で手を洗う。

 苦手だけど、水を生み出す程度なら使う事は可能だ。


 悪魔のルアもシャルの料理には舌鼓を打つ程だ。

 子供達の笑顔もあり、毎回ご飯が美味しい。シャルの腕もあるけどね。


 「明日はどうするの?」


 「取り敢えず、当分はエルフの里に向けて進みながら、マーカー置いて帰って来るよ」


 「冒険者涙目よね。それ」


 「一級魔術士の力がそれだけ凄いって事だね。ファフニールのお陰だけど」


 この方法を使えば野宿する必要もないし、安全策を取らなければ宿代も要らない。

 ご飯もここで食べれるから栄養価も高くて美味しい。

 洗い場も使えるので清潔感も保てる。

 空間魔術は本当に凄い。


 「異空間に物を収納出来る魔術も使えたら良いんだけど、なんか上手く出来ないんだよね」


 「アメリアが強くなる事は嬉しいけど、反対に嫉妬も増えるな」


 「へへ。シャルじゃ追い付けない領域に来てしまったようだ」


 「も〜そんな言い方するな〜」


 頬を抓られる。


 「痛い痛い」


 その光景をルアがジト目で見て来た。


 「主ら、仲がええの」


 そんなルアに向けて子供達が群がった。

 その光景を見ていると、ルアも子供達と仲が良い気がする。


 私とシャルは三年間の時間を取り戻すかのように、洗い場も寝る時も一緒である。

 どちらからもそこにツッコミを入れないのでずっとこの関係が続いている。

 誰も、この関係に口を挟んで欲しくは無い。

 毎回私は自分を律する事を心がけている。


 「アメリア⋯⋯まだ起きてる?」


 「ん? 起きてるけど」


 寝ていると、シャルが起き上がって声をかけて来た。


 「どうした?」


 「少しだけ目が冴えちゃって。良ければ少しだけ夜風に当たらない?」


 「風邪ひくぞ?」


 「そこまで免疫力は弱くないよ。それにマナがある程度あれば体内にウイルスは侵入しないし」


 満月が輝く夜に私達は歩き出した。

 私はこの体に成ってからあまり寝る必要が無くなった。

 ドラゴンは物語とかでも良く寝ているイメージがある。ファフニールと初めて会った時も寝ていた。

 でも、実際はそこまで寝ない。

 数日動いて一気に眠る、このような体に成っている。


 私も毎日寝る必要はないのだ。

 ただ、消費したマナを回復させる為に毎日寝ている。

 後は皆と生活バランスを合わせる為だ。ケンケン達は夜な夜な勉強しているけどね。


 「にしてもどうしたの? 珍しいじゃん」


 いつもなら健康の為やら生活バランスの為やらで同じ時間帯に寝ては起きているのに。


 「うん。ただちょっとだけ話したくてね。二人きりで」


 「ん? あぁルアか」


 二人で話すだけでなんで外に出て来たのかと思ったけど、ルアは悪魔で寝てないからか。

 ⋯⋯いや。それよりももっと単純な理由か。

 子供達が寝ている所で会話はしたくない。それだけか。


 庭にあるベンチに座り、体を冷やさない為に火種を顕現させる。


 「アメリア。改めて聞くけどさ、冒険者を辞めるつもりは無いの?」


 「⋯⋯無いよ。力を振るってお金を稼げる。私にとっての天職だよ」


 「⋯⋯でもさ。冒険者って何かしらの出来事があったら最優先で召集されるじゃん」


 「まぁね」


 例えば大きなモンスターが攻めて来たとか、近場で異変が起きたので調べて来て欲しいとか。

 国の兵士は動かしたくないから、冒険者を先行で行かせる。

 Cランク以上の冒険者はそれらに良く呼ばれてしまう。

 冒険者はギルドの強制クエストを断る事は出来ない。


 「やっぱりまだ怖いよ。確かにアメリアはとても強いよ。簡単には死なない。知っている中でアメリアよりも強い生物を知らない」


 私は知っている。

 多分世界を見ればもっと沢山いる。

 シャルが言いたいのはそう言うのでは無いのだろう。

 先程から声がちょっとだけ震えている。


 「でもさ、もしもの事があるじゃん。怖いよ。今度こそ本当にアメリアが居なくなったらって」


 「だから大丈夫だって⋯⋯」


 「その保証がどこにあるの? アメリアが目指しているのは神の領域なんでしょ? 下手したら神と敵対するんだよ! その時、アメリアは生きて帰って来れる?」


 「⋯⋯」


 私はその質問に答えられなかった。


 「冒険者を辞める事とファフニールとの約束は関係ない」


 「そうかもね。ただ言いたいのは。アメリアには生きて欲しいから、ファフニールさんとの約束は守って欲しい。だけど、それ以外の事で命を危険に晒して欲しくないの。アメリアのお陰で生活は豊かったになったよ。それはとてもありがたい」


 「うん」


 「ねぇアメリア。もっとここに居てよ。皆と一緒に遊ぼうよ。もっと、もっと傍に居てよ」


 シャルが軽く泣きながら身を寄せて来る。

 私は優しく、彼女を抱擁する。


 「⋯⋯」


 「冒険者以外の事でさ、お金を稼げる方法をみつけよう。今なら当面はお金に問題ないしさ。安全で安定な道を探そう? 神を目指すにはそれからで良いじゃん!」


 シャルの瞳から大粒の涙が流れる。


 「シャル、何があった? 君はそんな事言わないだろ」


 「⋯⋯そう、だよね。らしく、ないよね」


 「何があったの」


 理由は笑ってしまう程に幼稚な事だった。

 でも、私は笑えなかった。


 シャルは何度も悪夢を見ていたようだ。

 私が死んでしまう、居なくなってしまう夢。

 それを私と再開してから、その前から何度も見てしまう。


 何かのきっかけが無いとそれは治らない。

 もしも一度だけなら笑って流していたかもしれない。

 だけど、それを何度も見て悩み悩んで、私に打ち明けてくれたのだ。

 きっとそれは誰にも笑えない事だ。


 「ごめんね。それでも私はこの生業を辞める訳にはいかない。冒険者ならモンスターとかダンジョンの情報も手に入るしさ、他にも戦闘とかに関しては優遇されるし。⋯⋯だからごめん。私は続けるよ」


 「うん。分かってた。この答えが返ってくるの。難しい問題突きつけてごめんね。今日の事は忘れて」


 忘れて⋯⋯無理に決まってるでしょうに。

 シャルが涙を流す程に悩んでいる事を打ち明けてくれた。

 この事を私は絶対に忘れない。


 「アメリア。無事で居てね」


 「もちろん。私は絶対にシャル達の元に帰って来るよ。今日はもう寝ようか」


 「うん」


 私は強くならないといけない。

 ファフニールとの約束を果たす為に。

 ⋯⋯死なない為に。シャルを安心される為に。

 敵が居ない程に強くならいと⋯⋯いけない。

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