第2話 夢を受け継ぐ契約

 ダンジョンは強いモンスターがマスターとして君臨し、構築する場所である。

 ダンジョンを構造するにはマスターのマナを使う必要がある。

 ダンジョン内に出現するモンスターやアイテムはそのマスターのマナで作られている。

 マスター、つまりはボスモンスターを倒せばダンジョンは活動を停止しする。


 元々ダンジョンがあり、そこにモンスターが入ってマスターとなるのか、モンスターがマスターとなってダンジョンを作ったのかは現在も不明瞭なままだ。

 今は魔術の火力を上げるためにマナの修練を行っている。

 同じ量のマナを込める場合、その精度が高い方が火力は大きい。


 集中してマナの制御を修練し、食料は近寄ってくるモンスターを倒す。

 水なども魔術で補える。


 そして一週間。

 このままではダメだと気づいた。

 どれだけマナを練っても、私の保有しているマナの最大量には限界がある。

 それを超えなければ奴を倒す事は出来ない。


 「どうすれば」


 こんなところで挫折する訳にはいかない。

 皆の元へ帰らないといけないから。

 ⋯⋯この場所はダンジョン。

 周囲には構築する為に黒龍のマナが充満している。

 このマナを自身に取り込む事が出来れば⋯⋯越えられるか?


 「モンスターのマナって人間と違ってどす黒いって聞くけど⋯⋯やるしかない」


 吸い方はどうするんだろうか?

 周囲に自身のマナを一度放出して、周囲の気体を集めるようにする。

 それを自身の体内に取り込むようにマナを戻す。


 「⋯⋯ッ! あが、ああ、あああああ」


 成功したか?

 でも、凄く苦しい。

 猛毒で身体中を蝕まれて行く感じな気がする。苦しいし痛い。

 焼け爛れるような、腐って行くような、じわじわとした苦痛が内部から広がって行く。

 吐き出したいと言う思いに刈られる。


 「ダメだ。これを、耐えないと、奴を倒せない。ここから、帰れない」


 苦しみながらもどんどん周囲のマナを吸収して練り込み精度を上げる。

 これでも私は天才と呼ばれる程に魔術の才能はある。

 今は二十歳であり、この年で二級魔術士試験に合格した人は少ないのだ。

 二級魔術士資格は普通の魔術士が魔術の鍛錬や研究に人生を捧げて、三十代で合格出来るかと言うラインの難易度を誇っている。


 「⋯⋯はは、耐えたぞ。耐えきったぞ!」


 そして二週間、私は苦しみを感じる事なく周囲のマナを吸収出来るようになった。


 

 それからも同じような事を続けて、ここに落ちてから三年が経過した。



 外はどうなっいるのか。子供達は、シャルは無事なのか?

 ようやく帰れる。皆の所へ。


 「きっと心配してるよね。大丈夫だって伝えないと。いっぱいお金を稼いで、空腹にならないで、ずっと満腹で、もういらないって程に食べ尽くそう」


 帰りたい。シャルや子供達の元に帰りたい。

 その一心で今まで頑張って来れた。


 「さあ、脱出の時だ」


 私は天井に向かって巨大な火炎玉を出現させ放った。

 それは爆炎を撒き散らして天井に穴を開けた。

 マナを身体中に巡らせて強化し、一気に跳躍する。


 「はは。懐かしいな黒龍」


 ボス部屋へと回帰した私はすぐに黒龍を睨む。

 こいつのせいで全てが狂った⋯⋯訳では無いか。

 理由は定かでは無いが、仲間達に私は捨てられた。最悪な場所で。

 でも、ある種の幸運が舞い降りた。魔術士としての壁を一つ、たったの三年で越えられたのだ。

 モンスターが放つマナを吸収して己の力に変えた魔術士なんてそんなに居ないだろう。


 「魔術士としての新たな一歩だよね。さぁ、私の全力を受けてみろ!」


 ここに出る前に準備は終えている。

 自身の今出せる最大限の火力をアイツにぶつける。


 「ギャラクシア・アトミック!」


 巨大な術式が私と黒龍を包み込んで、爆ぜる。

 巨大な爆雷の光は天井を貫いてダンジョンに風穴をこじ開ける。


 「⋯⋯どうだ。これが私の力だ」


 この光はきっと街まで届いた事だろう。今は朝だからなんとも言えないけど。

 だけど、ダンジョンは修復を始めた。

 修復を始めると言う事はまだここにはマナが残っており、その発生源でありダンジョンマスターのボスモンスターが生きている証拠。


 「嘘、でしょ」


 土煙を振り払うように翼をバサりと羽ばたかせて、その姿を顕にさせた。

 修復されていく天井から刺す一筋の光が真っ黒なドラゴンをしっかりと照らした。


 「はは、まじかよ」


 どうする?

 このまま死ぬなんて絶対に嫌だ。

 どうすれば生き残れる? どうやったら逃げられる?


 『聞こえるか人間』


 どうする。どうする。


 『聞こえているだろうが人間!』


 「うっ」


 頭に響き渡るおっさんのような声に膝を着く。

 このガンガン響くのは『念話』と言う魔術か?

 かなり高度な魔術な筈だけど一体誰が?


 『そんなの我しかおらんだろ』


 「まさか、モンスターに話しかけられるとは⋯⋯」


 『我の話を聞け。それ以外に選択肢は無い。貴様では我を倒せない。そもそも、倒せる強さになるまで放置すると思うか?』


 ああ。少しだけ思っていた事だ。

 こいつは私を敢えて落としたってね。

 それがまさか当たっていたとは。それなら三年前のあの笑みも納得の行く。

 私はモルモットって訳だ。


 「なぜそのような真似を?」


 『それは我の話を聞いてからだ』

 

 「わかりました。私に拒否権とかは無さそうですしね」


 そしてドラゴンの話を聞いた。

 元々は龍族の里で暮らしていて、龍王と呼ばれるドラゴンを束ねる存在の候補に成る程の実力だったらしい。

 だけど、もう一体の龍王候補に自分の仲間が取り込まれて、信じていた仲間に裏切られて追い出されたらしい。

 モンスターの中ではダンジョンは自分だけの部屋と言う認識らしく、黒龍も自分の安全な場所が欲しいと願い、ここにダンジョンを創ったらしい。

 これでダンジョンはマスターからダンジョンが出来たと言う仮説が正しい事が証明された。まさかの一大発見に喜ぶ隙は与えてくれなさそうである。


 『だが我は後悔した』


 「そうなんですね」


 『貴様、殺されないと分かってから気が緩んでおらぬか?』


 「気のせいです」


 『そうか? 実はダンジョンマスターになると同時に脳内に神の声が聞こえたのだ』


 「神、ですか」


 この世にも神は存在する。

 精霊神、獣神などの地上に降り立っている神達の他にも神界と呼ばれる世界に居る神々。

 その存在は曖昧なものもあれば確定したものも存在する。


 『ダンジョンマスターはダンジョンに縛り付けられる。ダンジョンの外には出られないのだ。外のモンスターはダンジョンの中には入っては成らないと言う認識がある。故に、ダンジョンは自身の思い通りに作れる家と言う認識が我々の中では広がったのだ』


 しかしそれは真っ赤な嘘であり、ダンジョンマスターになると同時にダンジョンに縛り付けられる。

 安息は得られる事無く人々は財宝を求めて攻めて来る。


 『さらに勝手にマナは抜かれて、それで他のモンスターやアイテムと言った物が生成されるようになったのだ』


 「嫌な仕組みですね」


 『ああ。何よりも後悔したのは、これで我の夢が崩れ去った事だ』


 「夢ですか」


 『ああ。我は神を殺すと言う夢があった。正確には超える事が夢だ』


 「それは今でも出来ませんか? ひたすらにマナを練るんですよ」


 『アホか。貴様がどのように生かされているか忘れたか?』


 私が生きている理由は黒龍の気まぐれ。強くなっているのも放置された。

 それはまだ黒龍自身が私を殺せる領域に居るからだ。


 「あ、そうか」


 『分かった』


 黒龍は神が決めた法則によってダンジョンからは出られない。

 つまりは神の管理下に置かれているも同じ事だ。それは私が黒龍の管理下に置かれたのと同じ。

 もしも自分を殺せるような存在になるなら、その前に処分してしまう。


 『神は怪物だ。欺く事も不可能だろう』


 私から見たらアンタも十分化け物だ。


 『何か言いたげだな?』


 「なぜ私を生かしたんですか?」


 『実験だよ。貴様には生き残りたい、帰りたいと言う欲望が強く見えた。その考えは見事に的中した。ここまで欲望に忠実で真剣な人間は久しぶりだ。結果として、魔性エネルギーである我のマナを取り込んで適応しよった』


 「それでもアナタには届きませんでしたけどね」


 『我から漏れ出る力をいくら取り込もうが我を超える事など到底出来んわ。それでお主、生きたいか?』


 「もちろん」


 即答すると黒龍は鋭い牙を剥き出しにして笑みを作り出した。めっちゃ怖い。

 それはこの答えを待っていたかのように嬉しそうである。あと怖い。


 『御託や長話は後で把握してくれ。我と契約しないか』


 「何?」


 『我は貴様に龍の目と我の三分の一のマナ、知識や技術などを授けてやろう』


 「待って。それ適応出来なければ私モンスターに成る奴!」


 モンスターのマナを、しかも黒龍とか言う化け物のマナをそんなに取り込んで失敗したら、身体中がモンスターのマナに犯されてモンスターに成り果てる。

 そんなの嫌だ!


 『頑張れ』


 根性論!

 でも、これは乗るしかない。生きるとかそんなんじゃない。


 「それで、私からの条件は?」


 『強くなれ。神を越えろ。我の夢を貴様に授ける。与える目でそれを見させてくれ』


 「アナタを越えて、アナタを殺した場合は?」


 『構わぬ。神を超える力が出せると言うのなら』


 「断る場合は?」


 『残念だが、殺す』


 そこには誰にも理解出来ないだろう決意の籠った炎が瞳に宿っていた。

 でも、私には分かる。

 絶対的な力を持つ存在の上を行けたらどれ程の力が待っているのか。

 我々は神の確実な下の存在。それを覆す。


 「要約すると、アナタは私に力を与える。私はアナタの夢を叶える為に行動するで良い?」


 『ああ』


 「乗った!」


 『そこまで生きたいか』


 「違う。嬉しい事に私はアナタのお気に入りようだ。多分その目に間違いは無い。確かに私は生きたいよ。だって大切な人達が待ってるんだもん。でもさ、それと同じくらいに大切な想いがあるんだ!」


 『ほう?』


 「私は魔術士だ。魔術の道を研究して極める事を生業としている。我が魔道の一環として、これ程のチャンスがどこにある!」


 龍王候補まで上り詰めた実力を誇るドラゴンの力と叡智。

 そして神と言う絶対的な存在を超えると言う夢。

 そんなの、ワクワクしない訳がない!


 「魔術士として、魔道を極める事は最大限の喜びだ! すぐには絶対に無理だろう。時間はかかるし、もしかしたら私では無理かもしれない! でも、最大限の力を尽くしてアナタの夢を受け入れよう!」


 『成程。貴様もこっち側か。力を求めている』


 「力ってよりも真理だね。魔道のその先に何があるのか、神の領域とは何か、私は研究が好きでね。そう言うのは大好物だ。黒龍、私の名前はアメリア・アメリカ」


 『我はファフニール⋯⋯ただのファフニールだ。我の力を与えてやるからには、全力を尽くせ。お前の事は与えてやる目から時々見ている。そこまで育てやったんだ。少しは還元しろ』


 「ああ!」


 成程ね。

 私を生かして利用したのは、私がファフニールに気に入られる要素があったから。

 それは利害の一致。

 ファフニールは神を超えるレベルの力を求めている。

 私は魔道のその先、神の領域を研究したい。いち魔術士として。


 神を越える事はファフニールがダンジョンマスターになったのでそれが出来ない。

 だから私に託した。

 ダンジョンの地下で放置する事によって、モンスターのマナに慣らさせた。

 実際に私はダンジョンに溢れるマナに適応した。これが狙いだろう。

 三分の一は純粋に私の体が耐えられる量って事だろう。


 「さあ、私と言う魔術士に魔術士全てが望むだろう、長きを生きた龍の力をくれ!」


 『よかろう! これにて契約は成立だ! 我は貴様に力を授け、生かしてやる。代わりにアメリア、お前は我の夢を叶えろ。神を、越えろ!』


 刹那、私は紅桔梗色のオーラに包まれた。


 「あぁぁぁぁあぁああああああああああああぁぁぁ!!」

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