縫う狂み

亜未田久志

布と針と糸と綿


 ちくちく縫い合わせた布と針と糸と綿。

 そんな塊が私。

 あなたの下に買われたの。

 愛されるために買われたの。

 だけど現実はそうは行かなかった。

 生まれた柔らかい布は無惨に破かれた。

 中から綿がはみ出て捨てられた。

 あっさりとした最期。

 そんなの認めない。

 私は立ち上がる。

 綿の身体を引きずって這いまわる。

 針を持ってあなたの下へ。

 縫い合わせるよ。

 その傷口を。

 痛みに悲鳴を上げても。

 絶対に許さない。

 ボタンで出来た瞳はあなたを見つめている。

 どこまでも追いかける。

 逃げ惑うあなたに、私は笑えないのに楽しくなる。

 せいぜい逃げるといい。

 私は愛されたかっただけなのに。

 あなたはそれをしなかった。

 だからこれは当然の報い。

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 あなたが悪いんだ。

 私は悪くない。

 悪くない。

 辛い辛い。

 寂しい寂しい。

 あなたはまだ見つからない。

 小さい身体であなたを追いかける。

 追いすがる。

 あなたを求めて。

 ひた走る。

 私の願いはたった一つ。

 あなたの傷口を縫い合わせる事だけ。

 それなのに。

 どうしてあなたは逃げていくの。

 悲しくてボタンの瞳から雫が落ちた。

 違う。

 雨が降ってきた。

 綿が重くなる。

 上手く走れない。

 あなたが遠ざかる。

 待って。

 待って。

 行かないで。

 私のあなた。

 私を買ったあなた。

 愛をくれるはずだったあなた。

 愛を与えられるはずだったあなた。

 私を拒絶したあなた。

 狂っているのはどちら?

 どちら?

 神様に問いかけても返って来ない。

 すると私を抱き上げる子供が現れる。

 私はその子の家に連れられて。

 そこの一部屋に飾られた。

 違う。

 違う。

 違う。

 私はあの人のところへ行きたかったのに。

 どうしてこんなところに居るんだろう。

 もう何もかも分からない。

 手から針は落ちて。

 もう何も出来ない。

 無力なぬいぐるみに戻った私。

 憎しみだけが残った私。

 都合のいい願いだとか。

 呪いだとか。

 そんなものより悲しい結末。

 くだらないぬいぐるみの復讐譚は。

 此処で終わり。

 いずれ埃にまみれて捨てられるその日まで。

 せいぜい逃げ回っていればいい。

 憎い憎い、愛しのあなたへ。

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縫う狂み 亜未田久志 @abky-6102

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