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口喧嘩はほどほどに、とは伝えた。だが『雑談するな』とは言っていない。はず、なんだけど……
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
あれから数十分の間、誰一人として口を開かないという現象が起きた。ああ、どうすれば。このメンバーとは雑談出来る程の仲になりたかったのだけれど……
……そうか、私か。私が悪いのか。あの言い方が悪かったのか。ふむふむそれならこの空気を壊すのも私でなければならないのだろう。そうかそうか。……何か話題があれば良いのだけれども。しかしパッと思いつくわけもなく。
書類から目と手を離し、眉間に指を置いてグリグリと解す。良い案出ろ良い案出ろ……
そう暗示をかけると一つ話題を思いついた。あの話題にしてみましょう!
「……珈夜さん。」
「はい」
「さっき生徒会室に来る前、担任の先生から何故かお礼を頂いてしまったんです。何故でしょう?」
先程の疑問を解決するためにも、珈夜さんの知恵を貸していただけたら……なんて考えて質問する。
「……シスイ様、さすがにもう少し情報が欲しいです。お礼される心当たりは?」
「いえ。ただ担任の先生に資料運びを手伝ってと言われ、それを職員室に持っていった後に、何かしらのお礼としてこの飴玉を頂きました。」
両端を引っ張って開けるタイプの飴玉。確かこれは……最近流行っている蜂蜜の飴だったような、だなんて質問の本質とは違ったことを考えてしまう。先生の言動が理解できなくて……
「はぁ……生徒会長サマは完璧人間だなんて言われてるが、思った以上に阿保なんだな。」
紅蓮さんは呆れたように独り言つ。同室にいる私の耳はそれを捉え、首を傾げてしまう。だって阿保である自覚はないのだから。私はどちらかと言えばしっかり者でしょう! と、内心では胸を張る。
「普通に資料運びのお手伝いに対してのお礼だと思うよ~」
「……何故当たり前のことに対してお礼を?」
緑さんは『普通に』と言った。しかし私はそこが分からない。私の感覚で例えるなら、呼吸をしたらお礼、心臓を動かしているからお礼、資料運びでお礼?
でもそれはあり得ないでしょう。生きている上でそれらは当たり前なのだ。
「それが当たり前じゃないからだよ~」
「そうですよシスイ様! シスイ様は息をするように人助けをしていらっしゃいますが、それは普通ではないです! もっと誇るべきことです!」
「そうだな。なかなか出来るもんでもない。生徒会長サマは考え方が凝り固まっているようだ。」
緑さんはの~んびりと言い、珈夜さんはどこか誇らしげに同調し、紅蓮さんは頬杖をついて不敵な笑みを浮かべて指摘してくれた。
ふむ、私の認識が周りとズレているらしいことはなんとなく分かった。さすがに自分の考えをすぐに変えることは出来ないが。
「……ではこの飴玉は素直に食べてしまいましょう。」
それが良い、と皆さんに言われながら私は飴玉の封を開け、コロンと口の中に放り込んだ。
蜂蜜の優しい甘さが口に広がり、ホッと心に温かいものが宿った気がした。先程優しい先生に恵まれた優しさを噛み締めた時と同じものだと分かった。
これの正体はまだ分からない。
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