自分勝手なこの思いは愛なのだろうか

新巻へもん

どうして?

 酷い話だ。

 こんな昔話がある。

 竜宮城の乙姫様が病気になって治すには猿の生き胆が必要となった。

 竜宮城を見学させると騙して猿を連れてくるのに成功するが、クラゲがそのことをうっかりバラしてしまう。

 猿は嘘をついて逃げ出し、クラゲは罰として骨を抜かれ、それ以降はぷかぷかと漂うようになったそうだ。

 初デートで水族館に行ったときに、クラゲが展示されている水槽の前でサユリはそんな話をしてくれた。

 俺は水槽の青さに染まる白い横顔をこっそり見ていて、生返事をする。

 サユリは俺の方を向いてきゅっと笑った。

「ねえ、聞いてる?」

「ああ。うん。うっかりミスへの罰にしちゃ重いよな」

「そうだよね。猿は代わりに死んじゃうわけだし。ひょっとすると何も知らない猿に同情したのかもしれないね」

「他人を犠牲にしてまで生き延びさせようってのも凄いよな」

「そうだよね。それで、結局、乙姫様の病気はどうなったのかなあ?」

 今思えば、サユリは自分の病気のことを薄々知っていたのかもしれない。

 高校に入学して一目ぼれした俺が土下座をせんばかりに懇願しても、最初はサユリは首を縦に振らなかった。

 最後は俺のしつこさに根負けするような形であったけれど、付き合うことにOKの返事をもらえた日は人生最良の日だ。

 一緒に花火を見に行ったり、図書館で横並びで勉強をしたりなど、幸せな日々は続いた。

 そんな青春の楽しい時間はある日突然終わりを告げる。

 サユリが意識を失い病院に搬送された。

 慌てて病院に駆けつける。

 元々白い顔を増々白くさせてサユリはベッドに横になっていた。

「ダイチくん。ごめんね。やっぱり私長くは生きられないみたい」

 俺は思わず大きな声を出す。

「そんなこと言うなよ。すぐに良くなるって」

「あのね。私、筋肉が弱くなっていく病気なの。筋萎縮性側索硬化症って言うんだって。治療法が無いんだってさ。だんだん動けなくなっていって、最後は心臓が止まっちゃうの」

 サユリは透明な笑みを浮かべた。

「だからね。ダイチくん。今日でお別れをしよう。私、どんどん体が弱っていって細くやつれた姿を見られたくないの」

「いやだ」

 俺が拒絶すると困った顔になる。

 そこで面会時間は終わりとなった。

「また来る。俺は諦めない」

 その言葉を残して病室を出る。

 家に帰って病気のことを調べて絶望した。

 人は筋肉がきちんと機能するから生きていける。

 一般的に認識されているもの以外では血管だって平滑筋という筋肉で動いているし、心臓を動かしているのも心筋だった。

 それらが機能しなくなる病気。平均余命は2年。

 俺ははじめて猿の生き胆を欲した気持ちが理解できた。

 サユリを生かすことができるなら俺はためらいなく、他者を傷つけることができる。

 でも、現実には生き胆なんて便利なものはない。

 俺にできることはサユリに寄り添って最期まで一緒にいることと、奇跡を祈ることだけだった。

 

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