第136話:天職と転職の決意
当時、アイディスはエル・アスールの盗賊ギルドに籍を置いていた。
今となっては皇女殿下のお側付き筆頭騎士の従士、という立派な肩書きの役職である。
だが、本人は騎士になりたいわけでもなく、ましてやその才能があるわけでもない。
レミィの臣下として在るために、便宜上そうしていただけなのだ。
もし諜報活動を主体とする皇族直属御庭番の枠があるというなら、話は変わってくる。
「天職なのじゃ」
「え? ボク転職するの?」
アイディスは、わかりやすい八の字眉で困惑する。
案外、今の役割、今の立ち位置が気に入っているのかもしれない。
「んー……でも、ボクが居ないと、騎士サマ鎧着るのも大変だろうし……」
もじもじと、指を絡ませながら逡巡する。
と、そこで背中を押したのは、他でもないエトスだった。
「なぁに言ってんだ! 鎧なんて一人でもどうにかなるし……っていうか、もともと一人でやってたんだよ。今は、自分の得意な部分を伸ばして、少しでも殿下のお役に立てるように動くのが一番だろ?」
その言葉に、アイディスは当初抱いていた決意を思い出す。
──誰かの役に立ちたい!
ただそれだけの想いで、レミィの下に来ることを望んだのだ。
──あ……そっか……。
エトスの従士として仕え、レミィの役に立つこと、それも間違いではない。
だが、もっとこの国のため……全ての臣民のために自分の力を活かす……。
アイディスは、きっとそれが一番多くの人の幸せにつながるのだという思いに至る。
──それなら……。
「騎士サマは、従士のボクが居なくなっても寂しくない?」
心を決めたアイディスは、ここで少しだけ意地悪な質問をした。
引き止めてもらいたかったわけではない。
ただ、ちょっといつもの掛け合いを楽しみたかったのだ。
だが、そこに返された言葉は、アイディスの思っていたものとは少し違っていた。
「まぁ、寂しくないってことはないかな。お前との口喧嘩は嫌いじゃなかったし」
「ちょ!? な、何言ってんの騎士サマ?」
「でも、御庭番としてのお前の活躍……しっかり見守ってるからな!」
予想外の反応に慌てるアイディスに対し、エトスは手を差し出す。
そんなすっかり見送りの体制で完結しようとする二人の間に、レミィが割って入った。
「盛り上がっておるところ悪いのじゃが……
「え?」
「へ?」
二人は目を丸くして、レミィの方へと向き直る
「御庭番として働いてもらうのと同時に、
レミィは腕を組み、その小さい体をいっぱいに反らして、臣下に命じる。
本人的には威厳を示すポーズらしい。
「先ほどから、レミィ様は一言も解任するとは言っていませんよ♪」
続け様に、フェリシアがレミィの言葉を補足した。
「そ、そっか! じゃあボクがんばるよ! よろしくヒリュ……じゃない、お師匠サマ!」
ぱぁっと明るい笑顔になったアイディスは、深々とヒリュウに向かってお辞儀をする。
その傍のエトスも、どこかほっとしている表情に見えた。
「あー……師匠って……まぁ、いいっスよ……」
アイディスの期待に満ちた目に押し切られ、ヒリュウも渋々承諾する。
その上で、レミィに改めて確認をした。
「本気で言ってるんっスね? 危険な仕事っスよ? 西へ東へ、行ったり来たりも大変ですし……」
そんなヒリュウの問いかけに対し、レミィは自信たっぷりに応える。
「心配無用なのじゃ……彼奴にとって物理的な距離など……何の意味も持たんからのう」
ヒリュウの姿をした人形が、身代わりとして殺害された事件の二日後。
今後の具体的な方針が定まっていないレミィは、日がな一日皇女宮で過ごしていた。
たった二日とはいえ、直近半年間の活動と比べると、あまりに激しい落差である。
ある意味、予言書と出会う前のレミィからすれば通常運転ではあるのだが……。
──動くことに慣れてしまうと……何もせんのは返って苦痛じゃのう……。
予言書の導きがなくとも、できることはある。
だが不用意に動くことで、状況を悪化させる可能性もなくはない。
「なにか、気になることでもあるのですか?」
窓際でジト目のままに立ち尽くす
「うむ……巨人族の秘宝……
今まさに抱いている違和感の根源について、レミィは語り始めた。
元老院は、どういう意図があって御庭番に依頼をしたのか。
そもそも、なぜ今この段階で、
「竜を……邪竜を相手にするというのであれば、不思議なことではないと思うのですが……」
フェリシアのいうことも、もっともである。
相手は、聖竜イリスレイドと並ぶ神にも斉しい力を持った邪竜……神であり竜だ。
その対抗策となり得るのであれば、元老院がとった行動も不思議ではない。
だが……。
「伝承では……いや、事実として邪竜ニルカーラは、次元の奥底に封印されておる……その邪竜と、どうやって戦うというのじゃ?」
「えっ? と……それは、確かに……そうですね」
珍しく、フェリシアが言い負かされるような形でたじろいだ。
レミィはそこに、尚も続ける。
「あの変異体を見る限り、おそらく
「それは……まさか!?」
フェリシアの中に、えもいわれぬ不安が込み上げてきた。
互いに目を合わせたまま、静寂の時が流れる。
刹那、その沈黙を破って、扉をノックする音と共に聞き慣れた声が呼びかけてきた。
「姫君、お部屋においでかい?」
「ぬ? その声は……リィラ女史かえ?」
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