第135話:役割と技術の継承

 レミィの一言に、再び、部屋の空気は一瞬で凍りついた。

 皆の視線が一点に集中する。


「で……殿下?」

「ぬ? どうしたのじゃ?」


 その発言の真意を問うために、エトスが恐る恐る声をかけた。

 言葉どおりの意味ではないと、わかっていても気にはなる……。


「せっかく無事だったヒリュウさんに、死んでもらうっていうのは……その、もちろん……」

「はや……言い方が悪かったかのう、いや何も本当に死んでもらうというわけではないぞ……あくまで御庭番の飛龍として死を受け入れてもらう、ということなのじゃ」


 周囲の重たい空気に気付いたレミィは、慌てて言葉を選び直した。

 改めて告げられたその応えに、一同は胸を撫でおろす。

 いつになくシリアスな物言いだったことが、誤解を招いたのかもしれない。


 ──ぬー……考え事をしながら、話すものではないのう……。


 飛龍には死んだままでいてもらう……。

 そう判断したのは、予言書に記されていた内容と辻褄を合わせるため……ではない。

 レミィには、どうしても払拭できない違和感があったのだ。

 先の、トルトラからの依頼内容については、既に話を聞いていた。

 巨人族が相手となれば、裏方の御庭番が出張ることも、おかしな話ではない。

 だが……。


 ──今の時点で……どうして竜殺しの剣ドラゴンスレイヤーが必要なのじゃ?


 それだけが、どうしても引っかかる。


「そっスか……まぁ、皇女殿下が……そう仰るんなら、大人しく辞任するしかないっスかね……」


 と、そこにヒリュウが、思いのほか落ち込んだ様子で言葉を挟む。

 実際に命を捨てろと言っているわけではないと、伝えたはずなのだが……。


「庭師サマ、そんなに御庭番の仕事を続けたかったの?」

「あんなヤバい目にあった後だってのに……あんた、大した忠誠心だなぁ」


 空気を読む気などないアイディスは、そこにストレートな質問をぶつける。

 重ねてエトスは、その強い想いを称え、忠義ある者と称賛した。

 だが、それに応えるヒリュウは、らしくもない自虐的な言葉を口にする。


「何の身寄りもない平民の……おまけに、まともな教育も受けてない自分が、この仕事以外にできることがあるとは……思えないっスからね」


 御庭番として召し抱えられる者は、得手して訳ありの者が多い。

 中でも、特に選出されやすいのが、身寄りのない孤児である。

 そこには様々な理由が考えられるが、一番には……死して後、跡を残さないこと……。

 重要な機密情報を扱うこともあり、どこで敵に狙われるかもわからない。

 いや、誰が敵か味方かすらもわからない……。

 何かしら、つながりを持つ者が存在すること自体、リスクとなるのだ。

 そして、このヒリュウもまた、そんなつながりを持たぬ天涯孤独の身であった。


「まぁ、多少は植木職人の真似事もできるようになったっスから……なんとかなるっスかね」

「待たんか……貴様また、なにか誤解しておるのではないかえ?」


 そう言って、部屋を出ようと立ち上がるヒリュウを、レミィが引き留める。


「でも……自分は……」

「いや、何を勘違いしておるのかわからんが、庭師は続けてもらうのじゃ」


 何かを言いかけたヒリュウを遮り、レミィは真顔でそう続けた。


「庭師なら……もっと腕のいい職人を雇ったほうがいいっスよ。自分が自慢できるのは、ここで身につけた諜報活動の技術だけっス」


 尚もヒリュウは自嘲気味に、そう呟く。

 そこにレミィは、待ってましたとばかりに、間髪入れず言葉を返す。


「それじゃ……貴様には、その技術を次の御庭番に伝授してもらわねばのう」


 そう言って、不敵な笑みを浮かべつつ、指差す先に居た者は……。


「へ? なに? 皇女サマ……ボクなんかやっちゃった?」





「既に……当初の計画は、破綻しているのである」


 鬱蒼と生い茂る森の中、焚き火を囲む影が二つ……。

 朽ちかけた丸太に座す法衣姿の有角種ホーンドは、唐突に口をひらく。


「急に、どうしたってぇんでス?」


 突然、話を振られたもう一方の大男は、何事かと問い返した。

 だが、法衣姿の有角種ホーンドは、目を合わせることもなく、そのまま続ける。


「13年前の南海戦役にて……吾等われらは聖竜の力を大きく見誤っていたのである……」

「……そいつぁ……確かに“そうでしたねぇ”としか、答えられねぇ話でさぁネ」


 その神妙な物言いに対し、大男はあくまで飄々とした態度を崩すことなく同意する。


吾等われら真竜の神子、古徒イニシエートが総力を結集すれば、偽竜など恐るに足らずと息巻いて挑んだ……結果が、どうだ? その古徒イニシエート一柱ひとはしらは懐柔され、を含む残りの四柱も次々と、その圧倒的な力の前に捩じ伏せられ、撤退を余儀なくされたのである……」

「まぁ……アノ方に勝てる輩なんざぁ、そうそう居やしませんゼ」


 法衣姿の有角種ホーンドは、冷ややかに……だが強い口調でそう語る。

 そこに大男は、少し宥めるような調子で合いの手を入れた。


吾等われらは失敗から学びを得た。如何にして、あの強大なる怨敵の力を削ぐべきか……13年もの時を経て、綿密な計画を立て真竜ニルカーラ様の復活に備えてきたのである」

「へぇ、そいつぁ……ご苦労なこっテ」


 大男は肩をすくめ、茶化すように応える。

 それを気にした様子もなく、法衣姿の有角種ホーンドは、話し続けた。


「聖竜の力の根源たる信徒……その信仰の力を削ぎ落とすため、各所に吾等われらが真竜教の神殿を配し信徒を増やした。皇帝の暗殺、異種族との紛争、隣国との不和、従属国の離反、粗悪な魔導具マジックアイテムの流布、そして来るべき時の実働を担う新月の子……全て、聖竜イリスレイドの権威を失墜させるための計略であった……」


 淡々とした口調の中、その言葉の端々に僅かな失望が感じられる。


「なのに……それすらも破綻しちまったってぇ話ですかイ」

「如何にも……神の言葉に従ったにも関わらず、その悉くが失敗に終わった」


 しばし続いた沈黙の中、焚き火のパチパチという音だけが周囲に響く。


「だが、それも今となってはどうでも良いことである……」


 そこで法衣姿の有角種ホーンドは、おもむろに先の竜殺しの剣ドラゴンスレイヤーを取り出した。


の下には今、伝説の竜殺しの剣ドラゴンスレイヤー……そして最強の駒が揃っている……最早、回りくどい計略など不要である」


 そして、不敵な笑みを浮かべつつ、大男に向かってこう告げる。


無冠の闘士クラウレス……汝には期待しているのである」

「へいへい……せいぜい働かせてもらいますヨ」

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