第137話:調査と証言の食い違い

「やれやれ……まったく、慣れないことはするもんじゃないねぇ……あー、腰が痛い……」


 部屋に通されたローブ姿の老婆リィラは、応接用のソファにゆっくりと腰を下ろした。


「何か、慣れないことをしておったのかえ?」

「すぐに、お茶をご用意いたしますね♪」

「アタシには渋ぅいのを頼むよ」


 レミィの問いかけには答えず、リィラはフェリシアに対して要望だけを伝える。

 そして、懐から煙管キセルを取り出そうとしたところでピタリと動きを止めた。


「おっと、ここでコイツは……姫君の部屋に香りが着いちまうね……」


 そう言って、そっと胸元に仕舞い込む。


「妙なところで気を遣うのう……」

「たかが香り一つ……その些細な変化が、あとで大きな影響を及ぼしたりすることも、あったりするんだよ」

「そういうものなのかえ?」

「そういうもんさ……」


 フェリシアが戻るまでの、しばしの静寂……。

 先に口を開いたのは、リィラだった。


「本当に美しい国だねぇ……姫君のご両親は、本当に立派な御方だよ……」


 窓の外を見つめながら、そう呟く。


「うむ……それは、わらわも異論ないのじゃ」

「本当に……誰もが羨むほど、ねぇ」

「はや? それは……」

「レミィ様、リィラ様、お待たせしました♪」


 意味深な物言いのリィラに、レミィは改めて確認しようとする。

 だが、ちょうどそのタイミングでフェリシアが部屋に戻ってきた。


「ああ、すまないねぇ……うん……この紅茶というより黒茶みたいなのが、アタシのだね?」

「はい♪ ご期待どおりの渋さかと!」


 機を逸したレミィは、ため息と共にリィラの方をじっと見つめる。

 その様子に何かを察したのか、ここでフェリシアが話に入ってきた。


「そういえばリィラ様……ブルード様の魔導具マジックアイテムを使って何か調べておられたんですよね?」


 そんな不意の追求にも、リィラに慌てた様子はなかった。

 ゆっくりとお茶を味わった上で、優雅に茶器を置く。


「やれやれ、そんなに急かさなくても、ちゃんと姫君には話すつもりだったさ……ただ、どこから話したものか……」


 そして、二人の方に向き直ると、なんとも苦々しい表情で語り始めた。


「まぁ、元老院の大半は、ただ無能なだけだから問題ないんだけどねぇ……」

「充分に問題なのじゃが……」


 以前から薄々感じていたことを改めて告げられ、反応に困る。

 そんなレミィを横目に、リィラはそのまま話を続けた。


「真面目に真竜教……邪教徒の件について考えてる連中も少数居てねぇ、大陸全土の問題として、隣国アストラム帝国に使者を送るって話が出てきたんだよ」


 アストラム帝国……大陸西方に広大な領土を有する、グリスガルドと並ぶ大国である。

 領土自体はグリスガルドの2倍ほどあるが、人が住める土地はそう広くない。

 自然環境の厳しい地域が多く、砂漠や凍土といった痩せた土地が大部分を占めている。

 北方ワルトヘイムの西側が国境にあたり、両国間での争いはここ数十年起きていない。

 現在は、一応の交流がある友好国と言えるだろう。


「ふむ……あの軍事帝国に救援要請するのも……まぁ、おかしな話ではないのう」

「そうだねぇ……ここまではおかしな話じゃないんだよ」


 そういってリィラは、普段煙管キセルがあるはずの右手で、自分の膝をぴしゃりと叩く。


「その使者としてね……先んじて御庭番を遣わせたって話になってるんだよ」

「はやぁ? それは……ヒリュウから聞いた話と食い違っておらんかえ?」

「そうさ……となると、誰かが嘘をついてるって話になるねぇ……」


 予想外の展開にレミィは、次の言葉に躊躇する。

 と、そこで頼れる腹心フェリシアが、再び話に入ってきた。


「リィラ様……その計画を立案された方と実行された方は、どなたかご存知ですか?」


 その的確な質問に、リィラは少し口角を上げつつ答える。


「ああ、どっちも次期議長と噂される……あのトルトラ卿って話だよ」





 季節を問わず、一年を通して雪に閉ざされた場所。

 北方ワルトヘイムのさらに北、オークたちがプルトガルドと称する最果ての地にて。


「どうであるか……竜殺しドラゴンスレイヤーの斬れ味は?」

「あぁ……よくわかんねぇな……有っても無くても変わんねぇヨ……」


 真っ白な雪の上に鮮血を撒き散らし、倒れ伏すのは銀の鱗を持った竜。

 そして、その亡骸を見下す様に立つのは法衣姿の有角種ホーンドと褐色の大男だった。


「なるほど……のイリスレイドを除けば、最強とも言われる北の賢竜ドゥクサーロンを相手にしても、その価値を見出せぬというか……やれ、達人というのは難儀な者であるな」

「まぁ、それなりの業物なんでしょうがねぇ……そこまでの値打ちってぇなぁ感じませんでしたヨ」


 そう言って大男は手にした剣を鞘に納め、無造作に投げ渡す。

 法衣姿の有角種ホーンドは眉ひとつ動かすことなく、それを受け取った。


「問題ないのである……何れにせよ、これで手駒は揃ったのである」

「巨人と竜と……俺と旦那を入れても、4箇所しか当たれませんゼ?」


 倒れ伏す竜の亡骸に触れつつ、法衣姿の有角種ホーンドは満足げに頷く。

 その様子を横目に、大男はふと気にかけていたことを問いかけた。


「心配無用……一人は、還る前にが繋ぎ止めておいたのである」


 そう言って不敵な笑みを浮かべ、指差した先に突如黒い水たまりが出現する。

 と、その粘質の液体は瞬く間に、人の姿へと変化していった。


「……アの……エルふ……必ず殺しテやるなノ」


 そして……徐々にエルフの少女の姿を形作る。


「物騒なこと言ってますが……大丈夫なんですかイ?」

「強い恨みは……そのまま強い原動力となるのである」

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