第109話:自愛と慈愛の違い
「竜の本能……といえば……」
「金貨いっぱい集めたいとかかな?」
エトスは、言葉を繰り返しながら、何かを思案し始める。
アイディスは、無邪気に自分の中にあった竜のイメージをそのまま口にした。
「まぁ、一つには……そういう蒐集癖的なものもあるのじゃが、そこはあまり気にせずとも良いのじゃ……」
寝床に金貨を敷き詰めているレミィからしてみれば、一概に否定できるものではない。
だが、今の話題はそういうことではないらしい。
「やっぱり、戦いたい……闘争への渇望とかでしょうか?」
エトスが持つ竜のイメージは、そっち系だったようだ。
確かに伝承を辿れば、あれこれ理由をつけて戦いを挑んでくる竜は数多く存在する。
なんなら縄張りに入り込んだというだけで襲いかかって来たという話も無くはない。
決して普段のレミィを見て、好戦的と連想したわけではない……だろう……たぶん。
「それも竜の側面として、あると言えばあるのじゃが……」
そんなエトスの答えに対し、レミィは正解とも不正解とも告げずに続けた。
「竜には……知識と芸術を愛し他の生命体との交流に興じる穏健派と、力と財を欲し他の生命体との抗争に明け暮れる過激派……そして、自由と平穏を求め他の生命体との関わりを絶つ中立派と、大きく分けて三つの派閥があるのじゃ」
唐突に馬車の中で、竜についての講義が始まった。
これには御者席のブルードも興味津々と言った様子だ。
「まぁ、基本的に中立派の竜は、人の方から接触しようとせん限り、何もしてくることはない……が、穏健派と過激派の竜は、そうでもないのじゃ……」
「積極的に関わってくる……ってことですか?」
エトスが挟んできた疑問を受け、レミィは大きく頷く。
「うむ……どちらも、先ほど言っておったように戦いを挑んできたり……何かと無理難題を押し付けてきたりと、向こうから関わってくることの方が多いかもしれんのう」
「できれば……そういう竜とは……」
「会いたくないなぁ……」
エトスとアイディスは示し合わせたかのように顔を見合わせ、言葉を重ねる。
「でも、穏健派と過激派……真逆の思想の竜が取る行動が、どうして同じなのですか?」
そこで、ここまでずっと傍で黙っていたフェリシアが口を開いた。
レミィは、その質問が来るだろうとわかっていたかのように、澱みなく答えを返す。
「行動自体は同じに見えるが……本質的な部分が大きく違うのじゃ」
「本質的な部分……」
「理由が違うってこと?」
今ひとつ、まだ理解できていないといった様子で、エトスとアイディスは首を傾げた。
「うむ……過激派の竜が取る行動の本質は“自愛”……まぁ、言い換えるなら自己顕示欲じゃな」
「自己顕示欲!?」
「うわぁ……なんか器が
思いもよらぬ言葉に驚きと煽りが同時に吐き出される。
実際に、過激派の竜が聞いていれば、激昂したであろう。
「うむ……彼奴らが戦いを挑むのは、破壊と略奪のため……自分が圧倒的強者であることを相手に知らしめるのが目的じゃからのう」
レミィは呆れたような言い回しで、肩をすくめる。
その行動に対して、明らかに理解も容認もできていないと言った様子だ。
「まぁ、人間でもそういう人いるしね……いいカッコしたい人!」
「なんで俺の方見るんだよ、アイディス!」
なんだかんだと仲の良いコンビの二人が、じゃれあい始める。
それを温かい目で見守りつつ、フェリシアは改めてレミィに問いかけた。
「では、レミィ様……穏健派の竜が戦いを挑む、その本質は?」
「ぬー、言うなれば“慈愛”……ちょっと行き過ぎた……庇護欲なのじゃ」
「ふぅー……我身既鋼、我心既空、青龍降臨……よし、いくぜぇ」
「うん! ──Magicae armis──」
呼吸を整え、ラーズは静かに武術真言を口にする。
あの豪胆族のアジムも使っていた闘士固有の戦技だ。
そこに合わせるように、虹色の瞳を輝かせたアズリーも何かの魔法を唱えた。
「あら、武術真言に古代魔法……懐かしいわ……」
竜の女神は、その様子を愛おしそうに見つめる。
「身体強化と、魔法の方は……魔力の鎧を纏ったのかしら……ね」
そして、冷静にその状況を分析し、自然体のままに二人を待ち受ける。
相変わらず、構えていないにも関わらず、隙があるようには見えない。
「出し惜しみは無しだ! ──
「──Malleus──」
目にも止まらぬ速さで叩き込まれる無数の拳。
それと同時に魔力で形成された巨大な鉄槌が振り下ろされる。
実に珍しい、
対する竜の女神は、微笑んだまま、その攻撃を真正面から受け止める。
「ルゼリアの闘士……なら、師は“南の
「ちょいと、
「なるほど……白の塔の魔導士さん……は、相当基礎を叩き込まれているわ……ね」
「モーリス様は、厳しい方だったからね」
竜の女神は、その何百という拳を片手で捌きながら、逆手で魔法の勢いを逸らす。
その上で、合間に相手の流派や技量を測り、話す余裕すら見せた。
「って……当たらねぇか? んなら……もっとアゲてくしかねぇな」
「この状態で……同時詠唱やってみるしかないね……」
手を抜いているつもりはない。
だが、二人の攻撃は竜の女神には届いていない。
「さぁ……出し惜しみは無し……ですよ」
女神は直立不動で、挑発するかのように手招きのジェスチャーをする。
もちろん、そんなことで逆上するほど二人は愚かではない。
むしろ、その期待に応えなければと奮起したのではないだろうか?
「……ブルードのおっさん、力借りるぜぇ」
「──Duo struere──」
改めて間合いをとったラーズは、滅多に触れない、その腰に携えた刀に手をやった。
傍で、アズリーも珍しく動作要素を挟んで印を組む。
「──
「──Captis──Hasta──」
独特の構えから繰り出される、高速の抜刀術……ラーズ必殺の一撃。
そして同時詠唱から放たれた、アズリーの二つの魔法。
古代文字の刻まれた光の帯と魔力で形成された槍が、竜の女神を拘束し穿たんとする。
回避不可能の二重……三重の攻撃。
「これは……なかなか良い攻撃……ね」
かつて、あの
光の帯に両手両足が封じられた状態で、なおも竜の女神は笑みを浮かべながら呟く。
刹那、二人の垣間見た光景は、有り得ないという言葉以外では表現できなかった。
本来、抜刀の後、すぐさま鞘に収められるはずの刀身。
そして、敵を穿ち、地を差し貫くはずの槍が、各々左右の指に挟まれ静止している。
拘束していたはずの魔法からも、難なく抜け出していた。
「そんな……あの一瞬で!?」
「へへっ……これも止めんのかよ……」
驚き、呆れ、尊敬……さまざまな感情の入り混じった感想を二人は口にする。
各々の道を極めし達人が、即興とはいえ最高の水準で連携した完璧な攻撃だった。
それが、あっさりと防がれてしまったのだ……。
竜の女神は、そのまま人差し指と親指で挟んでいた、刃と穂先を押しやり距離を取る。
と、満足げな表情で、二人の方を見やった。
「ここまでできるのなら……もっと高みを目指してもらっても、良さそう……ね」
「庇護欲……ですか?」
「うむ……その言葉が一番しっくりくる……かのう?」
フェリシアは少し首を傾げながら問い返す。
と、レミィも自分で言いながら自信なさげに首を傾げた。
「庇護欲って、弱い者を守ろうとする……ってことですよね?」
エトスは、少し腑に落ちないといった様子で、確認するように問う。
「うむ、言葉の意味そのままなのじゃ」
「それでなんで、戦いを挑むんです? 素直に守ってあげればいいじゃないですか?」
エトスから至極当たり前の疑問が返ってくる。
だが、この質問もまた予想できていたのだろう。
レミィは少し困ったような表情で、その矛盾した行動の理由を語り始めた。
「穏健派の竜たちは……素直に加護を与えたり、力を授けたいと思っておるのじゃが……少々、やり過ぎる傾向があってのう……他の神々に制約を課せられてしまったのじゃ」
「はぁ……はい……はい?」
つい流れで納得しそうになったところを慌てて聞き返す。
レミィはそれを気にした様子もなく、淡々と続けた。
「結果、相手に相応の試練を与え……それを見事乗り越えた者にのみ、加護を与え、力を授けることにする……という、ちょっとまわりくどい手順が必要になった……というわけなのじゃ……」
と、ジト目のレミィが、肩をすくめて話を締めくくる。
「面倒くさいじゃろ?」
「めんどくさーい」
「神々が制約……ですか……なるほど……」
ここで、ようやくアイディスもエトスも一応の納得ができたようだ。
「それなら確かに、同じ“戦いを挑んでくる”のでも、全然意味が違ってきますね♪」
フェリシアも、なるほどといった様子で頷いている。
「でも、そんな試練なら、一回やってみたいかなー……なんてったって竜の加護がもらえちゃうんだもん」
何気ない、アイディスの無邪気な一言。
直後、馬車の中に微妙な沈黙が訪れる。
「あれ? ボクなんか変なこと言った?」
そんなアイディスに向き直り、レミィはジト目のままに一言呟いた。
「
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