第7章
第106話:蛮族と南の島
先のブルトガルド紛争の沙汰は、一旦レミィの持ち帰りということで決着した。
そもそも、この紛争のきっかけは、帝国側の一部貴族が暴走したことに端を発する。
帝国も一枚岩ではない……。
今回は、それが露呈するきっかけとなった出来事だと言えるだろう。
もとより帝国貴族のほとんどの者が、ブルトガルドの建国……存在を認めていない。
その上で現皇帝陛下は、オークたちと話し合いを進める方向で調整していた。
反対派の貴族としては、これ以上ない攻めどころである。
──話し合いで通じる相手ではない、奴らは理性も品性もないオークなのだ!
そう印象付けるためにも、オークたちの方から攻め込んでもらう必要があった。
そこで今回のストルタースが取った愚策……相手方の軍師シニーとの裏取引である。
まぁ、そこに
いずれにせよ、これは一部貴族が独断で誘発させた紛争であると結論づけた。
その上で、ブルトガルドのオークたちにお咎めはなし。
対して、一部貴族を手引きしていた元老院の議員には厳しい処罰が
「……と、以上が今回の北の最前線……プレイトノーデンにおける紛争の顛末なのじゃ」
「バカな!? いや、それは暴論です!」
「異議あり! 報告は皇女殿下の一方的な判断に過ぎず、客観的な視野で判断できているとは到底思えませんな……故に……」
「我々元老院はそもそも……」
「フガフガフガ……」
レミィの報告が終わると、会議場内の各方面から異議が唱えられる。
予想していた展開ではあったが、なんともまとまりのない連中だ。
ただ反対するための反対意見であって、そこには明確な根拠も思想もない。
中身のない老人の戯言に付き合うのは疲れるだけである……。
──むー……めんどくさいのじゃ……。
「鎮まれ、皆の者……皇女殿下の
「はや?」
そこで一喝したのは元老院の重鎮……次期議長とも噂されるトルトラ卿であった。
長身痩躯に真っ白な長い髪と長い髭、70代とは思えぬほどのしっかりとした物腰。
その凛々しい老人は、会議場内の全員を鋭い眼光で睨みつける。
「トルトラ卿……いやしかし、まだ幼い皇女殿下が物見遊山で得られた情報など……」
「口を慎め……その幼い皇女殿下が、自ら危険な場所に足を運ばれて、その目で直に見てこられた報告ぞ? 口先だけで帝都から動こうともせん、我々元老院の言葉に、如何ほどの説得力があろうか?」
「いやいや、元老院は皇族の不足を補う機関であり……」
「ではヒブリス卿、ご自身で北方最前線の様子を見に行かれてはどうか?」
そして、ぐうの音も出ないほどの正論で真正面から殴りつける。
トルトラの静かな……しかし力強い言葉は、相手に反論の余地を与えない。
「いやいやしかし……私はその……この帝都を守る……」
「そうやって何もしない老人より……自ら行動する若者が、どれほど輝いていることか……少なくとも、此度の皇女殿下の行動に不足などあるように思えませんな」
トルトラは他の議員の言葉をバッサリと切って捨てる。
会議場内の誰もが、その圧に逆らうことはできなかった。
──ぬ……まさか擁護されるとは思っておらんかったのじゃ……。
リィラとフェリシアに学ぶこと二日間、その数48種。
面倒な輩が絡んできた時の返し方はしっかり用意してきたのだが、拍子抜けである。
「はは、そこまで仰るなら、例の件も皇女殿下に押し付け……いや、お願いすれば良いのでは?」
トルトラに向かって、一人の議員が薄ら笑いを浮かべながら意見する。
押し付けという単語が聞こえたような気もしたが、レミィは既に興味を失っていた。
「なんですと?」
トルトラは、威圧感たっぷりの表情で、ゆっくりとその議員を見やる。
「ト……トルトラ卿は、随分と皇女殿下を高く評価しておられるようですからな……であれば、あの蛮族共の問題もお任せすれば良いではないですか……」
「それは危険すぎる! あの島は、皇族の方が視察に行かれるような場所ではない」
「いやいやいや、良いではありませんか……」
なにやら話は別の方向に進んでいるように思えた。
会議場内に、肯定派否定派入り乱れての意見が飛び交う。
と、早々にこの場から立ち去り、お茶を楽しみたかったレミィは適当な返事をする。
「よかろう……その蛮族共の問題とやら……
そのレミィの言葉で、会議場内に突如として静寂が訪れる。
「……あぁ……皇女殿下……」
そして、トルトラの、ため息混じりの呆れた声だけが残された。
いつもの如く、予言書は光を放ち、開くべきページが自動的に開かれる。
「なるほど……蛮族共の問題とは、ここで繋がるのかえ……」
私室で寛いでいたレミィは、その予言書に記された内容を確認し、大きく頷く。
先の元老院での議論を経て、適当に安請け合いしてしまった新たな問題。
元老院の議員たちが“蛮族”と称していたのは、ルゼリアの南にある島……。
13年前、南海戦役の戦場となった、ローズイール島の先住民たちのことである。
「あの島国とは……これといった揉め事は無かったと記憶しておるのじゃが……」
南海戦役において、ローズイールの民は帝国の敵対者ではなく協力者であった。
あの戦いは、両国間の海域に蔓延る、海賊たちを殲滅するのが目的だった。
多くの犠牲と引き換えに、なんとか海賊は駆逐され、海域の安全も確保された。
以後、良好な関係は続いており、これといった問題など心当たりもない。
「むー、前回……予言書に記されていた言い回しも気になるのじゃ……」
──太古の昔に袂を分かった南の島ローズイール。
先日目にした、予言書の一節にはそう記されていた。
太古の昔に何があったかまで、レミィは知る由もない。
いずれにせよ、現地に行ってみなければ、詳細まではわからないだろう。
「まぁ、行くべくして行くことになった……ということでよいのじゃ……が」
レミィは、自らを納得させるかのように独り言ちる。
そして……ここにきて一番の悩みどころは、これだ……。
■78、南の島からの申し出に君は……
A:光の剣と智を武器に、自ら現地へと向かった。 →10へ行け
B:影の盾と鍵を手に、自ら現地へと向かった。 →117へ行け
「選択肢の偏りが酷いのじゃ……」
おそらく“光の剣と智”は、アズリー、ラーズ、リィラを指しているのだろう。
そして“影の盾と鍵”は、アイディス、エトス、ブルードを指していると推測できる。
どうしても“光の剣と智”に戦力が偏りすぎているように見えた。
選択肢に記されていないフェリシアは、どちらでも同行できそうだが……。
そもそも、なぜ全員で行くことができないのか、その理由もわからない。
首を傾げつつ、レミィは選択肢のページに指を挟んでその先を確認する。
と、そこに記されていたのは、思っていた以上に危険な出来事だった。
──君が使命を果たさんと旅に出て、数日の後、闇の使徒が帝都に襲いかかる。
要は、レミィが不在の期間に何者かが帝都を襲撃するということだ。
この予言書にわざわざ記されている以上、相手は只者ではないだろう。
ここで帝都の守備を帝国兵士や騎士団のみに任せるというのも心許ない。
ならば選りすぐりの精鋭たる、レミィの臣下に任せるのが最良……。
「とすれば……
そう言いながらも、レミィは同行者の能力に不安を感じているわけではない。
ただ、専属騎士と称するラーズを置いていくことに違和感を抱いていただけである。
「あとは、これを聞いて、本人がどう答えるか……じゃのう」
ラーズの反応をいろいろと予想しながら、レミィは臣下たちの待つ庭の方へ向かった。
「そうですかい、承知しやしたよ」
「なんでそんなにあっさりなのじゃ!」
驚くほど簡単に受け入れたラーズを前に、レミィは頬を膨らませる。
「いや、姫さんが言ったんじゃあねぇですか……」
「もう少しこう……専属騎士としてじゃな……むー」
両手を前に握りしめ、レミィは激しく抗議する。
その地団駄で、周囲の地面は激しく揺れていた。
「僕は、
アズリーがフォローを入れるが、これは間違いなく本心だろう。
その言葉に、レミィも少し機嫌をなおす。
何れにせよラーズとアズリー、そしてリィラを置いていくことは決めていたのだ。
ただ、もう少し何か言葉があっても良いのでは……という想いが前に出てしまい……。
「闘士サマにぶーい」
「ラーズ様……ダメですよ?」
「アンタ、殿下に対してだけはポンコツだよな……」
「まあ、
「まったく……銀髪の坊やは……」
矢継ぎ早に打ち込まれる、ラーズへの非難。
流石の
「うへぇ……いやぁ、俺ぁそんな言われるミスしてたかい……そいつぁすまねぇ」
「まぁ! 今回は俺が専属騎士代理って事で! しっかりお役目果たさせてもらうぜっ!」
いつになく責められるラーズを前にして、ここぞとばかりにエトスがアピールする。
確かに、今回の構成を見れば、専属騎士の立ち位置はエトスが妥当だろう。
「そうじゃのう……エトス、頼りにしておるのじゃ」
「は……はいぃ! おー任せください殿下っ!」
レミィの言葉に対し、エトスはお手本のように綺麗な敬礼で応えた。
「ん? これは……」
「どうしたの? 技師サマ」
「いや、小僧の引いた
ブルードが手にしていたのは、以前エトスが引き当てた祝福の棒である。
明確な効果が現れるまで、ブルードが一旦預かっていたのだが……。
「なにこれ……光ってる?」
「ああ、そうだ……今、祝福があったらしい」
「え? じゃぁ専属騎士代理になれたのは、その祝福のおかげかな?」
「対する呪詛は12本あったはずだが……こんな細やかな祝福にしかならんか」
アイディスの言葉に、ブルードはやや納得がいかないといった様子である。
だが、二人は知らなかった……。
この祝福がレミィの「頼りにしておるのじゃ」だけのために消費されたということを。
そして、皆……エトス本人すら知らなかった……。
シニーの奥の手を含めた数々の危機に、祝福は一切関わっていなかったということを。
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