第105話:なんと運の悪い人
「僕は何もしてないよ?」
「いや、疑っているわけでは無いのじゃが……」
まず、帝都に凱旋したレミィたちを待っていたのは、衝撃的事件の情報だった。
元老院の応接室にて、意識不明の重体で発見された二人の貴族。
一人は北方に遠征していたはずの宮廷貴族、ノースエンド子爵ストルタース。
そしてもう一人は、元老院の重鎮フルルカである。
レミィは、この二人の行動についてアズリーから報告を受けていた。
なにやら帝国に反旗を翻すような企てを画策していたとのこと。
そのような輩を目の前にしては……。
──
そう思ったのも事実だが、本人がやっていないというのだから、違うのだろう。
「時間を止めて箱の中身を入れ替えただけで、運命を選んだのは自分の意思だからね」
そう思い直した直後に、耳を疑うような言葉が聞こえてきた。
「はや? 今、時間を止めたと言ったのかえ?」
「うん……ほんの一瞬だけだよ」
何食わぬ顔で、しれっと恐ろしいことを口にする。
その後、何があったのか……流石にレミィも詳しく聞くべきかどうかを逡巡する。
──なんとなく、嫌な予感しかせんのじゃが……。
と、望むと望まざるに関わらず、アズリーは続きを語り始めた。
「そのあと、何か魔法を唱えようとしてたけど……部屋にあった
「魔法暴走とな?」
「うん、魔法が制御できなくなって、自分に返ってくる感じかな?」
淡々と語るその様子は、どこか楽しそうにすら見える。
彼にとっては、宮廷貴族も元老院の重鎮も、そこらの有象無象と大差ないのだろう。
何れにせよ、呪詛を手にした二人は、運命に抗うことができなかったようだ。
「本当に……“運が悪かった”よね……」
アズリーは、口にした言葉とはあまりにかけ離れた清々しい笑みで、そう呟いた。
「いや、魔法暴走など……そう簡単には起きんぞ」
レミィの私室にて、一堂に会する臣下たち。
先の、魔法暴走に関する話題が出たところでブルードが食いついてきた。
「だいたい、元老院に置いてあるような
酒が入っていないにも関わらず、ブルードは珍しく饒舌に語り始める。
そこにアズリーが一言、補足を入れた。
「でも同室に居た、もう一人の貴族は、一級品ばかりという感じでもなかったよ?」
「なんだ
「ほら、北方の指揮をしていた、あの人だって聞いたから……ブルさんも見たよね?」
その鋭い指摘を、アズリーはさらりと受け流す。
話の矛先が自分の方に向かない様に、すぐさまブルードに投げ返した。
「何? あの趣味の悪い貴族か?」
「そうそう……たぶん……その人」
ブルードの言い回しは極めて抽象的で、特定の誰かを指すものではなかった。
だが、アズリーは気にした様子もなく、そこに適当な返事を返す。
「……なるほど……それなら、わからなくもない……」
僅かな沈黙を挟んで、ブルードは何かに納得したような様子で引き下がった。
「はやぁ……そうなのかえ?」
落ち着きを取り戻した技師に向かって、改めてレミィが問いかける。
と、その口から、思いもよらぬ相手の名前が出てきた。
「東側の……ミーシャン製の粗悪品を大量に手にしていたからな……」
帝国の東に位置するミーシャン連邦。
そこは、神聖帝国グリスガルドと並ぶ、大国の一つである。
南北をエルフの森とドワーフの山に塞がれており、大陸のほとんどの国と国交がない。
神秘の国などと揶揄されるのも、それが理由の一つだ。
ただ東方エル・アスールの一部商人とは、僅かに取引があるという話も聞いている。
ここ数百年、目立った動きもなく表舞台に出てくるようなことはなかったのだが……。
「粗悪品ですか……でもミーシャン製の物なんて、そんなに数は入ってこないんじゃ?」
ふと、会話の内容が気になったのか、エトスもそこに参加する。
「国の最高指導者が代わってな、積極的に外交を推し進めているらしい……かなりの安価で、大量に入ってきている」
あまり外交になど興味のなさそうなブルードから、思わぬ情報が提供される。
半ば呆れた様な表情で、腕組みのまま吐き捨てる様に続ける。
「数に物を言わせただけの、雑な粗悪品ばかりだ……まぁ、あの貴族も“運が悪かった”な」
どこかで聞いたような言葉を耳にしたところで、レミィは思わず吹き出してしまった。
「なんだい……あんたたち、いつもこんな感じで、姫君の部屋に入り浸ってるのかい?」
寛いでいた臣下たちの耳に、
北の最前線、ブルトガルドでの紛争における最大の功労者。
式典で各方面からの有難いお言葉と賛辞を受け、疲れ果てたリィラである。
──皇帝陛下が、直々に感謝の言葉を伝えたいとのことで……。
というのは、表向きの話。
実際はレミィが、臣下として招き入れたいと望んだのがそのきっかけである。
「おお、リィラ女史……それで、どうだったのじゃ?」
「どうもこうもないよ……親子揃って、年寄りに無理難題を吹っ掛けてくれたもんだ……」
「ぬー……では、臣下になるという話は……」
レミィは、そこで一瞬不安そうな表情を見せた。
口を閉ざしたままのリィラは、胸元から
そして紫煙を燻らせながら、ニヤリと口角を上げ、話を続けた。
「引き受けたよ……一応、姫君の教育係って名目でねぇ」
その反応に安心したレミィは、一転して満面の笑みでそれに応える。
「うむ! これからは
その日の夜、レミィは寝室で、この数ヶ月の出来事を振り返っていた。
──貴女の住む世界は厄災に見舞われ10年後に滅亡します。
当初は、荒唐無稽な世迷言……何の根拠もない妄言とも思っていた。
だが、いざ実際の現場に足を運んでみれば、各地で暗躍する邪教徒の影。
誰も動いていなければ、本当に滅亡への道を歩んでいたのかもしれない。
そこは予言書のおかげもあって、最悪の事態を回避することができていた。
「ここまでは、なんとか耐え切ったのう……」
最初に予言書を手にした時から、レミィにはずっと懸念していることがあった。
それは選択肢の内容を実行できる“人材が必ずしも存在するとは限らない”ということ。
ただ未来を選んで、そこで終わりというわけではないのだ。
選択肢のとおりに動けるだけの、臨機応変な対応力を持つ必要がある。
そこで、考え抜いた末に辿り着いた一つの答え。
それは自分の力で、優秀な人材の確保を進めることだった。
「足りないものは、補っていくしかないのじゃ……」
今、不足していると思ったものは全て、臣下を頼ることにした。
そして、ようやく最後のピース、
「まぁ、こちらの体制は、一旦整った……と言ってもいいかのう」
天蓋付きのベッドに横たわったまま、予言書を掲げて独り言ちる。
と、待ってましたとばかりに、そこで光が放たれた。
「……此奴、実は声が聞こえておるのではないのかえ?」
いつもの如く、開くべきページが自動的に開かれていく。
『
「恩寵……これじゃのう……」
おそらく、誰かのことを指しているであろう、この表現。
メモに書き出してみたところ、なんとなく誰のことを指しているのかは解析できた。
「“希望”がアズリー、“勇気”はアイディスじゃったのう……で、おそらく“信仰”がラーズで、“節制”はブルード……今回の“知恵”は言うに及ばずリィラ女史じゃな」
そして、該当者を特定していなかった残りの恩寵について、レミィは仮説を立てる。
「祝福……可能性となると、やはり“正義”はエトスが濃厚かのう? そうなれば、自動的に“慈愛”はフェリシアなのじゃ」
あまり正義という重い言葉がエトスに繋がらず、どうしても確信を持てなかった。
とはいえ、この詩的表現がどこまでその者の本質を表しているかは定かではない。
「……まぁ、あのラーズが“信仰”じゃからのう……」
何れにせよ、この記述が出てきたということは、今回の騒動は解決ということだろう。
まだ滅亡につながる大元の問題は解決していない。
それは、予言書の記述を見れば、なんとなくの想像がつく。
だが、ひとまずレミィは今回の疲れを癒すためにゆっくりと休むことにした。
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