第104話:元老院と運命の選択

 陽も傾き、辺りが闇に包まれ始めた……帝都のとある場所。


「あの……小娘が……わたくしのような有能ゆーのうなる指揮官を罷免して、只で済むと思わぬことです!」


 皇帝の居城に隣接する形で聳え立つ、円筒形の大きな建物……大会議場。

 元老院に籍を置く議員のみが出入りを許されたその場所に近づく、一人の男がいた。

 レミィから直々に帝都への帰還を命じられ、姿を消したストルタースである。


「誰だ!? と……おや? ノースエンド卿、こんな時間に如何なされましたか?」


 こんな時間の訪問者に、正門前の衛兵は警戒体制をとる。

 だが、そこに現れた人物が見知った者だとわかると、すぐさま態度は軟化した。


「叔父上に……元老院の重鎮じゅーちんたるフルルカ様に面会を!」


 辺りは既に夜の訪れを告げようとしている。

 余程の緊急事態でもなければ、面会が叶うような時間ではない。

 ましてや、相手が元老院の議員ともなれば……。


「いや……流石に、それは……」

「いーから、さっさとここをとーせ! わたくしを誰だと思っているのです!? 北方ほっぽー最前線の全権を任された有能ゆーのうなる指揮官にして、元老院在籍議員フルルカ様の甥! ノースエンド子爵ストルタースですぞ!?」


 融通の効かない対応に業を煮やしたストルタースは、大声で捲し立てる。

 衛兵たちは、宮廷貴族を相手に強く出ることもできず、困り果てていた。


「何事ですか……騒々しい……」


 ギィーと軋む音をたて、両開きの大扉がわずかに開かれる。

 その向こうに現れたのは、薄い髪に短い髭を蓄えた、一人の老人だった


「おお! 叔父上! お久しぶりでございます! 是非とも……是非ともお伝えしたいことがございまして、参上さんじょー仕りました!」


 ストルタースが叔父と呼んだ、おそらく人間であろうその男……。

 身に纏うのは、元老院の議員であることを示す、白に金の刺繍が施されたローブ。

 外見的な年齢は60代といったところだろうか。

 睨みつけたような三白眼の鋭い目に、硬く結ばれた口が、気難しさを物語っている。


「やはり貴方ですか……どうも聞き覚えのある声だと思って来てみれば……」

「叔父上! 聞いてください! あの北方ほっぽーの最前線にて、この有能ゆーのうなるわたくしめが……」


 顔を見た途端、ストルタースは周囲の状況も顧みず、大声で話し始めようとする。

 そんな甥の行動を、叔父は手の動きだけで制止した。


「バカなのですか……全く……入りなさい……」

「は!? も、申し訳ございませんフルルカ様……」


 フルルカと呼ばれた老人は、無言のまま周囲に目配せする。

 何事かを察した衛兵たちは、そのまま我関せずとばかりに直立不動の姿勢に戻った。


「ああ……どうも……お勤めご苦労……であるぞ」


 先程までの威勢はどこへやら、ストルタースも小さくなって控えめに足を踏み入れる。

 そして二人はそのまま、大会議場の奥へと消えていった。





「それで、何があったのですか……こんな時間に……」


 個室に迎え入れたフルルカは、魔導具マジックアイテムを起動し、火を灯す。

 さすが、元老院施設内の一室といったところだろうか。

 控えの部屋とはいえ、実に豪華な作りである。


「ええ……ああ……はっ! ああ、それです! あの北方ほっぽーの最前線にて、この有能ゆーのうなるわたくしめが……」


 促されたストルタースは、興奮気味に早口で話し始めた。

 だが、フルルカは何も言わずに手を前に出し、それを制する。

 と、無言で奥のソファに深く腰をかけ、改めて醜態を晒す甥の方を見やった。


「要点は何ですか……手短に、簡潔に……」


 そして静かに、ゆっくりと、威圧感をもたせた声でそう告げる。

 蛇に睨まれた蛙のように、萎縮したストルタースは小さな声で答えた。


「こ、皇女こーじょ殿下に指揮官の地位を剥奪され……北方ほっぽーの戦場から帰還を命じられました……」

「そうですか……で?」


 そのあまりに冷淡な反応に、ストルタースは唖然とする。

 なんの感情も感じられない目で、ただ聞き返されるのみ……。


「いえ……ですから、その……」

「つまり計画は実行できなかった、ということですか……まったく、本当に使えない……」


 呆れたような様子でソファから立ち上がると、書棚から一冊の大きな本を取り出す。

 豪華な装丁はなされているが、これといってなんの変哲もない本だ。


「いいですか……それを開けてみなさい……」


 フルルカは、その本を目の前のテーブルの上にそっと置く。

 いまいち意図はわかっていないが、ストルタースはそれに従うしかなかった。

「この……本を?」


 硬い表紙に指をかけ、中を開こうとしたところで、違和感を抱く。


 ──これは、表紙ではなく……蓋? 中の……これは?


 それは、本の形を模した、木の箱だった。

 本来、中身があるべきところはくり抜かれており、そこに何かが入っている。


「これは……いったい?」


 ストルタースは、その箱の中にある物を見て、呆然とする。

 そんな甥と目も合わせずに、自分のモノクルを磨きながらフルルカは答えた。


「驚きですか……それは、あのお方より賜った神器レガリアですよ…………まぁ、そうは見えないかもしれませんが……」


 確かに、その中身はストルタースの目にはありふれたものにしか見えなかった。


「これが……神器レガリア……」

「如何ですか……それさえあれば、未来を操ることができるのです……ええ、思うままに……」


 再び、ソファに腰をかけたフルルカは、遠い目で窓の外を見つめる。


「な……なるほど、これが未来を変えられる神器レガリア……叔父上、これを“何本”下賜いただけるのでしょうか?」


 ストルタースは、箱の中にあった金属の棒を一本、手にしながら問いかけた。

 その言葉に、フルルカは違和感を抱く。


「どういう意味ですか……“何本”とは!?」


 先程まで、目も合わせなかった甥の顔を見つめ、真顔で問い返す。


「あああ! もーし訳ございません! 一本で! 一本で充分にございます!」


 その剣幕に、ストルタース慌てて箱を閉じ、後ずさった。


「何ですか……その手にしている棒は……」

「へ?」


 怯えた様子の甥が持つ、その棒状の物を見て、フルルカは慌てて箱の中を検める。

 そこには、身に覚えのない金属棒が11本……綺麗に並べられていた。


「どういうことですか……これは……いったい……」


 フルルカは無造作に、その金属棒を箱の中から抜き取るように取り出す。


「あの……叔父上? これは、その、神器レガリアなのでは?」

「だ、誰ですか!? 神聖なる断章を、こんな安っぽい占い道具と差し替えた者は!」


 フルルカは、震える手でその金属棒を握りしめ、怒りを露わにした。

 先ほどまでの、物静かな印象はすっかり失われ、眉間には深いシワが刻まれている。

 まるでストルタースの声など聞こえていない。


「ふふふ……ここまで賢そうな人を演じていたのに……台無しだね」


 二人しかいないはずの室内に響く、別の誰かの声。


「だ、誰だ!? どこにいる!」

「そこっ……何者ですか!? ──顕現せよ、斬り裂く氷片、凍刃フロストナイフ──」


 さすがは、元老院にまで上り詰めた実力者といったところだろうか。

 ストルタースとは違い、フルルカは冷静だった。

 何もない部屋の一角に向けて、短い詠唱の攻撃魔法を放つ。

 と、本来であれば、壁に突き刺さるはずの氷片は、その直前に掻き消された。


「あ……見つかっちゃったか……仕方ないね」


 それと同時に姿を現したのは、眠ったように細い目のエルフの青年だった。





「ここが何処か、わかっているのですか? 名を名乗りなさい……下賤の者!」


 怒り心頭といった様子で、フルルカは語気を強めに言い放つ。

 一方で、傍に居たストルタースは、イマイチ状況が理解できていない。

 だが、そのエルフの顔には、少し見覚えがあった。


 ──こいつは……ま、まさか!? 皇女殿下の臣下に居た……あのエルフ!?


「いやぁ……二人とも、しっかり運命を握っちゃったね……大変だよ、それ」

「聞こえなかったのですか? 名を名乗れと言ったはず……」


 老人の質問には一切触れず、エルフの青年は呑気な物言いで話し始める。

 苛立ちも露わに、フルルカは改めて威圧感たっぷりに問いかけた。


「叔父上! こ、此奴は……」

「僕は、アズリー・ホープス……我が主人マイマスター、レミィエール・フィーダ・アズ・グリスガルド様が切り拓く未来の希望、そして君たちの絶望だよ」


 ストルタースが口を開くよりも早く、エルフの青年……アズリーは名乗りをあげた。

 フルルカは、一瞬驚いたような顔を見せる。

 だが、その表情は、すぐに怪しげな笑みへと変化していった。


「そうですか……これはこれは、わざわざ皇女殿下直属の臣下から、このような不祥事を起こしてくださるとは……願ったり叶ったり……」

「叔父上? それはどういう……」


 ストルタースは、皇女殿下直属の臣下が現れたことに危機感を抱いていた。

 どこまで聞かれていたのか、どこまで知っているのか……。


 ──自分は、国を裏切る行為に関わっている。


 そういう自覚はあった。

 故に、叔父フルルカの落ち着き払った対応が不気味にも見えたのだ。


「いいですか……この者は、神聖なる元老院に、何の権限もなく無許可で立ち入った……如何に皇女殿下のお抱え魔導師だとしても、これは帝国の法に背く行為です!」

「いや……確かにそうですが……」


 ──その帝国に背こうとしていた叔父が、それを言うのか……。


 そう感じたストルタースの方が、幾分かまともだったと言えるだろう。


「覚悟はいいですか……皇女殿下の失態の証として……そして、正しき世界の礎として、ここに果てなさい!」


 フルルカは、焦点の定まらぬ目で高圧的に言い放つ。

 そんな老人の言葉に、アズリーは、ただ笑顔で応えた。


「それが、君の最期の言葉かな? しっかりと、我が主人マイマスターに伝えておくよ」





 翌日……元老院の応接室にて、二人の男性が意識不明の状態で発見された。

 互いに、争ったような形跡はなく、外傷も見られない……。

 ただ、その手には呪詛の刻まれた金属の棒が握りしめられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る