第103話:精神と煉気の力
──精神は肉体を凌駕する。
多くの闘士が、修行の最中で耳にする言葉である。
闘士とは、素手を含めた様々な武器を扱う、格闘全般の専門家を指す。
戦う者を総称し戦士と呼ぶが、中でもこの闘士と呼ばれる者たちは異彩を放つ存在だ。
鎧は薄く、武器も軽量の物を好み、機動力を重視する傾向が強い。
環境に左右されず、如何なる状況にも対応できるため、優秀な戦士として重宝される。
だが、彼らが特別視される最大の理由は、それとは別のところにあった。
「さぁて、アジムよぉ……そろそろ限界が近づいてきてるってぇなぁオメェさんにもわかるよな?」
「ガァ……グォアァ!」
その言葉に応えたのかどうなのか、今のアジムの状態からは判断が難しい。
だが、ラーズは構わず、そのまま話を続けた。
「武術真言なんてぇ古風なもん知ってんだからよぅ……こんな時、“闘士ならどうすべきか”ってぇのも……わかってるよなぁ?」
意味深な言葉を口にしたラーズは、そのまま流れるような動きの構えを解く。
そして独特の呼吸と共に腰を落とし、肩幅まで開いた足で地面を強く踏み締めた。
──
すると、アジムの猛攻で傷ついていたラーズの肉体が、目に見えて癒されていく。
内出血も裂傷も……全てが徐々に再生していくかのように傷口は塞がっていった。
これこそが、他の戦士たちとは一線を画す、闘士の固有能力……。
「煉気闘法だ……できねぇってこたぁねぇよなぁ?」
見た目には、ほぼ回復したラーズが、その姿勢のままでアジムを煽る。
「ガ……ガァ……グェン……」
およそ正気を保っているようには見えない。
だが、そこで聞こえたその声が……刹那、アジムの意識を取り戻させた。
「煉気闘法だろ! 体の弱かったあんたが一番鍛錬してた……あの技だよ!」
「……ダンれ……ん……煉……気……トう……」
いつの間にか近くまできていたジャミルの声が、戦場に響き渡る。
「そうだよ! できるようになったって、自慢してたじゃないか!?」
「いいじゃあねぇか! おふくろさんに、もう一回いいとこ見せてやれよ!」
母親の想いを載せた、その言葉に便乗する形で、ラーズも激励する。
「グ……ウゥゥ、我ハ……我こソ……が、ゴ……豪胆族『族長』!」
気合を込めた叫びと共に、アジムの全身の傷が徐々に塞がっていく。
そして回復と同時に、その拳はラーズの顔面めがけて放たれた。
交差する、二人の闘士の拳と拳。
ドスドスッと、周囲に肉と骨のぶつかる音が2回、続けて聞こえる。
刹那の沈黙。
周囲の誰もが決着を予感した次の瞬間、アジムが静かに言葉を発した。
「……このような形で……決闘を穢してしまった、我の拳を……受けてくれたことに感謝する……」
「へへっ、気にすんな……次ゃ、全力で遊ぼうぜ……」
先のアジムが放った一撃よりも速く、ラーズの拳は相手の顎を撃ち抜いていたようだ。
満足げな表情を浮かべ、誇り高きオークの族長は崩れるようにして倒れ伏す。
その肉体は、変異を起こす前の状態にまで戻りつつあった。
ラーズは勝鬨の声も上げず、目の前に倒れ伏したアジムを抱え上げる。
そして、部族の仲間たちがいる場所へと連れて行った。
「カ……
「だ、大丈夫ですか!?」
木の根元に横たえられたアジムのもとへ、次々とオークたちが駆け寄ってくる。
──オメェさんも、いい仲間に恵まれてやがんなぁ……。
「アジム! 生きてるね!? しっかりしな!」
そこに群がるオークたちを押し除け、母ジャミルが姿を見せた。
母親の視点からすれば、ラーズは我が子を打ちのめした憎き相手である。
だが、そういった負の感情は一切感じられなかった。
「あんた……名前は?」
ジャミルは、真っ直ぐに相手の目を見つめながら問いかける。
それに対し、ラーズはいつもの調子で答えを返した。
「ああ、俺かい? ラーズ・クリード……あの姫さんの専属騎士ってぇやつさ」
「そうか……あんたもあの子の臣下か……」
ジャミルは、視線だけでレミィの方を軽く見やる。
文句の一つでも言われるだろうと思っていたラーズは、そこに続く言葉に驚かされた。
「手を抜かずに、相手してやってくれて感謝するよ……この子も喜んでるはずさ」
この親にして、この子あり……どちらもなんと清々しい戦士たちだろうか……。
──久しぶりに、悪くねぇ戦いだったな……。
と、ラーズは心からの敬意として、アジムを称賛する。
「こいつは……こっから、もっと
「いいけど……それに、どういう意味があるのさ……?」
「なぁに……こいつにゃあ、わかるはずさ……」
あらゆる戦士が頂点を目指し集う、傭兵大国ルゼリアの大闘技場。
その舞台には、国の象徴たる鳳凰のレリーフが刻まれている。
“鳳凰の前で会おう”
これは、
「やれやれ、これで……この馬鹿馬鹿しい紛争も決着かねぇ?」
途中から完全に驚き役になってしまっていたが、しっかりと状況は見ていたようだ。
味方と信じていた軍師シニーの反乱とその正体。
そして、族長アジムの事実上の敗北。
それらを目の当たりにしたオークたちに、もはや反抗の意思は感じられなかった。
帝国兵士たちの方にも、遺恨が残されているようには見えない。
むしろ、両軍の兵士たちは、互いに紛争の終結を喜んでいるように見受けられた。
「うむ、幸いにして、大きな怪我人も……あの
眼下に広がる、穏やかな景色を眺めながら、レミィは満足げに頷く。
だが、レミィの懸念は、これで終わりではなかった。
──まぁ、一応……こっちは解決なのじゃ……。
心の中でそう呟くと、ポーチから予言書を取り出す。
すると、その動きに合わせたかのように光が放たれ、頁が捲られていく。
まるで、そうなることがわかっていたかのように。
■39、この紛争に裏があると訝しんだ君は……
A:技術に長けた”鍵”に調査を命じた。 →7へ行け
B:魔術に長けた”光”に調査を命じた。 →77へ行け
「ふむ……おおよそ、予想どおりといったところかのう……」
レミィは、ここを訪れた時の、最初の出来事を思い起こす。
この地を任されていた指揮官、ストルタースという男。
聞けば、子爵位ではあるが領地は持っておらず、官職に就いているだけだという。
いわゆる宮廷貴族と呼ばれる者で、権力的に弱い立場というわけではない。
そんな彼が、どうしてこのような辺境の戦地に配属されたのだろうか?
そして、その裏に大きな権力が動いているとしか思えない、本陣のとある“設備”。
軍事的にも政治的にも、重要な意味を持つ拠点にしかあるはずのないもの。
それは、あの白の塔でも目にした魔法陣、
──まぁ……だいたい予想はついておるのじゃが……。
いずれにせよ違和感の拭えないこの状況で、レミィは臣下に密命を下していた。
この
ストルタースは、誰からどのような命を受けて、この地に着任したのか。
そして、レミィから帝都への帰還を命じられた後、突如姿を消した彼の行方は。
これらの情報を得るため、レミィは改めて予言書の記述に目を向ける。
と、選択の先を確認することもなく、一言呟いた。
「ぬー、事前に調査を命じてしまったからのう……今回は選ぶ余地がないのじゃ……」
その言葉に応えるかのように、予言書は自動的に選ばれた未来の頁を指し示した。
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