第97話:闘士と闘士の真剣勝負
閃光の如く、見切れぬ刃……『──
ラーズの剛腕神速の抜刀に耐えうる刀身があって、初めて完成する技である。
過去、
希少さ故、手入れできる者が
「稀代の名工が打ち直してくれたってぇ代物でねぇ……そこいらのナマクラじゃあ相手になんねぇのよ」
今までは、自らの手刀が刃の代役を努めてきた。
だが、真に刃を手にした今、その斬れ味は手刀と比べるべくもない。
ラーズは不敵な笑みのまま、アジムの方へと拳を突きつける。
「まぁ、そういうわけだ……ちょいと、俺の拳に付き合えよ」
「……応……心得た……」
その誘いに応えるように構えをとる。
闘士と闘士、小細工なしの素手による決闘の……火蓋が切られた。
「全て狙いどおり、といったところかえ?」
いつの間にか近くに来ていた戦場の支配者たる軍師に向かって、レミィが声をかける。
「さぁ、どうだろうねぇ……でもまぁ戦争も喧嘩も、何事も望む者同士でやりゃいい……そういう意味じゃ、あの銀髪の坊やが居てくれて助かったよ」
リィラは、ゆっくりと
「そもそも、豪胆族は……そこまで好戦的な連中でもなかったのさ……」
フーッと、辺りに甘い香りの紫煙が薫る。
「うむ……まぁ、そういうオークが
至極、当たり前と言った様子で頷くレミィの方を見て、リィラは優しく微笑んだ。
「姫君は、本当に素直で……澄んだ目をしてるねぇ」
「はや? そうかえ?」
今まで幾度となく、レミィは多くの者から、その容貌を褒め称されてきた。
だが、改めてリィラにそう言われると、何処かくすぐったい。
「ああ、そうさ……目が曇った連中は……
──あの……魔女狩りの時のようにねぇ……。
リィラは何か思い詰めたような表情で、戦場の中央へと目を向ける。
「ぬー……そういう連中には、お仕置きが必要じゃのう」
そんな魔女の言葉を受けてレミィが口にしたのは、なんとも緩いお仕置きという処遇。
腕組みに、少し頬を膨らませながら頷く姿が妙に愛らしい。
あまりに場違いなお仕置きという言葉とその仕草に、リィラはつい吹き出してしまう。
「プッ……ハーッハッハ、お仕置き? そうかい、お仕置きかい……いやぁ、姫君は本当に……器が大きい」
「そんなに笑われるようなことを言ったかのう?」
「いやいや、いいんだよ。姫君はそれでいい……」
本人は、至って真面目に言ったつもりだったらしい。
何を笑われているのか、理解できなかったレミィは憮然とした顔を向ける。
それに応えるリィラの表情には、どこか翳りが見えた。
「さて……銀髪の坊やが、あのアジム相手にどこまでやってくれるのか、見せてもらおうかね」
内心を悟られぬよう、リィラは
レミィは、なにも気付かぬふりをしたまま、正直な感想を溢した。
「たぶん……想像しているほど派手な戦闘にはならんと思うのじゃ……」
兵士たちが退いた後、開かれた戦場の中央で向かい合う二人の闘士。
本来であれば、血気盛んなオークたちの歓声が周囲から聞こえていたのかもしれない。
残念ながら此度は、そういったお祭りムードに欠けた、静かな立ち合いである。
だが、この決闘は双方の未来を決定づける、重要な意味合いを持っていた
「もう、お互い名乗りはあげた……準備はいいかい?」
「
静寂の中、互いにすり足で間合いを取って、様子を見る。
そこで先に動いたのはアジムだった。
武器を手にしていた時よりも深い間合いまで踏み込み、その剛拳を撃ちつける。
素人には捉えられない、凄まじい速さ。
そして素人でもわかる、凄まじい重さ。
常人の2倍近くはあろうかというラーズの巨体が、少し後に押された。
「──
そこからさらに、捩じ込むように拳を突き出す。
実に、周囲の兵士たちが体に感じられるレベルで、2段階の衝撃が走った。
その威力は、目で見ただけでも想像に難くない。
──なんだ今の衝撃は!?──
──ラーズ様は……大丈夫なのか?──
帝国兵士たちの中に動揺が広がる。
寒さで震えていたオークたちが、その様子を見て口角を上げた。
だが、その
「いいねぇ……しっかり煉られた技じゃあねぇか」
──カ、
──なんだぁ、あのデケェの!?──
アジムの拳は、ラーズの腹部……
如何に腹筋を鍛えようとも少なからずダメージを被る、いわゆる急所である。
ましてや名のある技を受けて無事で済むような場所ではない。
にもかかわらず、このラーズという男は笑みすら浮かべながら、そこに立っている。
「……あの銀髪の坊や……どこかイカれちまってるのかい?」
「むー、まぁ否定はできんのじゃ……、なにせ避けようとしとらんからのう……」
その状況を見ていたリィラは、素直な気持ちを声に出して問う。
呆れた様子のレミィからも、これといったフォローはない。
「……否! まだまだ!」
必殺の一撃に耐えられたことに驚きつつも、アジムはすぐさま態勢を立て直す。
続け様に技を放つために、改めて距離を取ろうとする。
だが、一流の闘士……ましてや
「おいおい……次は、俺の番だぜ」
牽制で繰り出したアジムの蹴りを、肘と膝で挟み取るように受け止める。
防御と攻撃を兼ねた、ラーズの技……だろうか?
「ガッ!?」
たまらずアジムは痛みに声をあげる。
「……な、なんやねん、あれ!? あの大男……何もんやねん!?」
シニーは、アジムの凄さを誰よりも知っていた。
このオークたちの集落に潜り込んだ時から、ずっとその強さを目の当たりにしてきた。
部族の未来という重責を背負わされながら、黙々とその使命を果たし続ける、その姿。
自分より優れた体躯のオークたちにも退かず、圧倒的な力で捩じ伏せる……。
所詮オークの
「アジムは、ほんまもんや! ほんまもんの闘士やったんちゃうんか!? それがこんな……」
想像していたものとは全く違った、その瞬刻のやり取りに呆然とする。
それは、友の危機を憂いたものではない。
──こんな役立たずやったんかい!
自分勝手な相手への期待……それを裏切られたという失望から漏れた本音だった。
蹴りを防がれた後もアジムは攻撃の手を緩めず、攻め立てようと試みる。
足の痛みに堪え、しっかりと地面を踏みしめながら拳を繰り出す。
そこに合わせてラーズは身を翻し、相手の力を利用して攻撃に転じた。
「しっかり耐えろよ?」
──
回転から高速で振り抜かれる肘打ちが、アジムの顎を捉える。
「ゴフッ!」
下顎の牙が折れんばかりの力で、頭部が激しく揺さぶられた。
──
頭蓋の中で幾度も脳がぶつけられ、意識は彼方へと誘われそうになる。
並の相手であれば、ここで崩れ落ちていただろう。
だが、このハーフオークは自らを鼓舞し、
「ふむ……これは凄いのう」
「そうだねぇ……本当に、姫君の臣下は……」
「いや、そっちの話ではないのじゃ」
レミィが感嘆の言葉を口にすると、リィラはそこに同意するように応えた。
だが、すぐに誤解を訂正するように食い気味の言葉が返される。
「おや? じゃあどういう意味だい?」
その反応に、リィラは怪訝そうな表情で問い返した。
レミィは、少し複雑な表情でそれに答える。
「あのラーズの技をまともに受けて立っていた者など、
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