第97話:闘士と闘士の真剣勝負

 閃光の如く、見切れぬ刃……『──閃刃せんじん──』。

 ラーズの剛腕神速の抜刀に耐えうる刀身があって、初めて完成する技である。

 過去、堕徒ダートとの戦闘で使用して以降、抜くことが叶わなかったラーズの愛刀。

 希少さ故、手入れできる者がらず、腰に下げるだけの飾りとなっていたのだが……。


「稀代の名工が打ち直してくれたってぇ代物でねぇ……そこいらのナマクラじゃあ相手になんねぇのよ」


 今までは、自らの手刀が刃の代役を努めてきた。

 だが、真に刃を手にした今、その斬れ味は手刀と比べるべくもない。

 ラーズは不敵な笑みのまま、アジムの方へと拳を突きつける。


「まぁ、そういうわけだ……ちょいと、俺の拳に付き合えよ」

「……応……心得た……」


 その誘いに応えるように構えをとる。

 闘士と闘士、小細工なしの素手による決闘の……火蓋が切られた。





「全て狙いどおり、といったところかえ?」


 いつの間にか近くに来ていた戦場の支配者たる軍師に向かって、レミィが声をかける。


「さぁ、どうだろうねぇ……でもまぁ戦争も喧嘩も、何事も望む者同士でやりゃいい……そういう意味じゃ、あの銀髪の坊やが居てくれて助かったよ」


 リィラは、ゆっくりと煙管キセルを用意しながら、それに答えた。


「そもそも、豪胆族は……そこまで好戦的な連中でもなかったのさ……」


 フーッと、辺りに甘い香りの紫煙が薫る。


「うむ……まぁ、そういうオークがっても、おかしくはないのじゃ」


 至極、当たり前と言った様子で頷くレミィの方を見て、リィラは優しく微笑んだ。


「姫君は、本当に素直で……澄んだ目をしてるねぇ」

「はや? そうかえ?」


 今まで幾度となく、レミィは多くの者から、その容貌を褒め称されてきた。

 だが、改めてリィラにそう言われると、何処かくすぐったい。


「ああ、そうさ……目が曇った連中は……ことわりってものを見ようとしない……勝手な思い込みと決めつけで、相手を一方的に追い詰めるんだよ」


 ──あの……魔女狩りの時のようにねぇ……。


 リィラは何か思い詰めたような表情で、戦場の中央へと目を向ける。


「ぬー……そういう連中には、お仕置きが必要じゃのう」


 そんな魔女の言葉を受けてレミィが口にしたのは、なんとも緩いお仕置きという処遇。

 腕組みに、少し頬を膨らませながら頷く姿が妙に愛らしい。

 あまりに場違いなお仕置きという言葉とその仕草に、リィラはつい吹き出してしまう。


「プッ……ハーッハッハ、お仕置き? そうかい、お仕置きかい……いやぁ、姫君は本当に……器が大きい」

「そんなに笑われるようなことを言ったかのう?」

「いやいや、いいんだよ。姫君はそれでいい……」


 本人は、至って真面目に言ったつもりだったらしい。

 何を笑われているのか、理解できなかったレミィは憮然とした顔を向ける。

 それに応えるリィラの表情には、どこか翳りが見えた。


「さて……銀髪の坊やが、あのアジム相手にどこまでやってくれるのか、見せてもらおうかね」


 内心を悟られぬよう、リィラは煙管キセルを弄びつつ、話の方向をガラリと変える。

 レミィは、なにも気付かぬふりをしたまま、正直な感想を溢した。


「たぶん……想像しているほど派手な戦闘にはならんと思うのじゃ……」





 兵士たちが退いた後、開かれた戦場の中央で向かい合う二人の闘士。

 本来であれば、血気盛んなオークたちの歓声が周囲から聞こえていたのかもしれない。

 残念ながら此度は、そういったお祭りムードに欠けた、静かな立ち合いである。

 だが、この決闘は双方の未来を決定づける、重要な意味合いを持っていた


「もう、お互い名乗りはあげた……準備はいいかい?」

しかり……いざ!」


 静寂の中、互いにすり足で間合いを取って、様子を見る。

 そこで先に動いたのはアジムだった。

 武器を手にしていた時よりも深い間合いまで踏み込み、その剛拳を撃ちつける。

 素人には捉えられない、凄まじい速さ。

 そして素人でもわかる、凄まじい重さ。

 常人の2倍近くはあろうかというラーズの巨体が、少し後に押された。


「──戴虐たいぎゃく──……ハッ! 」


 そこからさらに、捩じ込むように拳を突き出す。

 実に、周囲の兵士たちが体に感じられるレベルで、2段階の衝撃が走った。

 その威力は、目で見ただけでも想像に難くない。


 ──なんだ今の衝撃は!?──

 ──ラーズ様は……大丈夫なのか?──


 帝国兵士たちの中に動揺が広がる。

 寒さで震えていたオークたちが、その様子を見て口角を上げた。

 だが、そのざわめきは、すぐさまどよめきに塗り替えられていく。


「いいねぇ……しっかり煉られた技じゃあねぇか」


 ──カ、カシラの拳が……効いてねぇべか!?──

 ──なんだぁ、あのデケェの!?──


 アジムの拳は、ラーズの腹部……鳩尾みぞおちを的確に捉えていた。

 如何に腹筋を鍛えようとも少なからずダメージを被る、いわゆる急所である。

 ましてや名のある技を受けて無事で済むような場所ではない。

 にもかかわらず、このラーズという男は笑みすら浮かべながら、そこに立っている。


「……あの銀髪の坊や……どこかイカれちまってるのかい?」

「むー、まぁ否定はできんのじゃ……、なにせ避けようとしとらんからのう……」


 その状況を見ていたリィラは、素直な気持ちを声に出して問う。

 呆れた様子のレミィからも、これといったフォローはない。


「……否! まだまだ!」


 必殺の一撃に耐えられたことに驚きつつも、アジムはすぐさま態勢を立て直す。

 続け様に技を放つために、改めて距離を取ろうとする。

 だが、一流の闘士……ましてや煉闘士ヴァンデールがそれを許すはずもない。


「おいおい……次は、俺の番だぜ」


 牽制で繰り出したアジムの蹴りを、肘と膝で挟み取るように受け止める。

 防御と攻撃を兼ねた、ラーズの技……だろうか?


「ガッ!?」


 たまらずアジムは痛みに声をあげる。


「……な、なんやねん、あれ!? あの大男……何もんやねん!?」


 シニーは、アジムの凄さを誰よりも知っていた。

 このオークたちの集落に潜り込んだ時から、ずっとその強さを目の当たりにしてきた。

 部族の未来という重責を背負わされながら、黙々とその使命を果たし続ける、その姿。

 自分より優れた体躯のオークたちにも退かず、圧倒的な力で捩じ伏せる……。

 所詮オークの混血種ハーフと見下していたシニーも、そこは認めていた。


「アジムは、ほんまもんや! ほんまもんの闘士やったんちゃうんか!? それがこんな……」


 想像していたものとは全く違った、その瞬刻のやり取りに呆然とする。

 それは、友の危機を憂いたものではない。


 ──こんな役立たずやったんかい!


 自分勝手な相手への期待……それを裏切られたという失望から漏れた本音だった。





 蹴りを防がれた後もアジムは攻撃の手を緩めず、攻め立てようと試みる。

 足の痛みに堪え、しっかりと地面を踏みしめながら拳を繰り出す。

 そこに合わせてラーズは身を翻し、相手の力を利用して攻撃に転じた。


「しっかり耐えろよ?」


 ──閃鎚せんつい──


 回転から高速で振り抜かれる肘打ちが、アジムの顎を捉える。


「ゴフッ!」


 下顎の牙が折れんばかりの力で、頭部が激しく揺さぶられた。


 ──かっ! ここで気を……失うわけには!


 頭蓋の中で幾度も脳がぶつけられ、意識は彼方へと誘われそうになる。

 並の相手であれば、ここで崩れ落ちていただろう。

 だが、このハーフオークは自らを鼓舞し、すんでの所で耐え切った。


「ふむ……これは凄いのう」

「そうだねぇ……本当に、姫君の臣下は……」

「いや、そっちの話ではないのじゃ」


 レミィが感嘆の言葉を口にすると、リィラはそこに同意するように応えた。

 だが、すぐに誤解を訂正するように食い気味の言葉が返される。


「おや? じゃあどういう意味だい?」


 その反応に、リィラは怪訝そうな表情で問い返した。

 レミィは、少し複雑な表情でそれに答える。


「あのラーズの技をまともに受けて立っていた者など、堕徒ダート以外では初めて見たのじゃ」

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